「プロ野球90年」漫画家かわぐちかいじさんが振り返る「江夏の21球」 「自分がもし古葉監督だったら…」
47NEWS / 2024年9月1日 10時30分
発足から90年を迎えたプロ野球への思いを聞くインタビューシリーズ。「沈黙の艦隊」などのヒット作で知られる漫画家のかわぐちかいじさんは広島県出身で大の広島カープファン。プロ野球を舞台とした作品「バッテリー」では規格外の大型ルーキーの活躍を描き、日本シリーズ史上に残る名場面「江夏の21球」も漫画化した。(聞き手 共同通信=小林陽彦、児矢野雄介)
▽新時代感じさせた長嶋茂雄
巨人・長嶋茂雄の打撃フォーム=1963年7月
瀬戸内海の島で育った。子どもの頃の遊びと言えば、泳ぐことと野球と相撲ぐらい。近所の友達とチームをつくって野球をやっていた。10歳になった年に、長嶋茂雄のデビュー戦を駄菓子屋さんみたいな商店のテレビで見た。金田正一から4三振だったけど、オーラがすごかったんですよ。三振をしても、振りまくっていて見逃しはほとんどなかった。それを見てから長嶋ファンになった。
それまでのプロ野球の選手とはちょっと違う雰囲気。ユニホームの着こなしから違う。筋骨隆々で逆三角形の体形。動きが様になって、守備を見ていても楽しい。すげえ、全然違うなと。新しい時代をみんなが実感したんじゃないかな。
▽ミリ単位でラジオのダイヤルを…
1983年の春季キャンプを訪れた長嶋茂雄(右)と談笑する広島の山本浩二(左)と衣笠祥雄(中央)=宮崎県日南市
長嶋が引退してから、山本浩二や衣笠祥雄がスターになったカープに関心を持った。その頃は東京に出てきて漫画家になっていた。地元の広島にいるより、外に出ている方が過激になって、愛情の裏返しで辛辣にもなる。広島市民球場でやじを飛ばす観衆と同じような密着度だった。
巨人戦以外はテレビ中継がなかったので、ダイヤルをミリ単位で合わせて、地方のラジオ放送を追いかけ回した。チャンスの時に山本浩二が打席に入って、カウントが1―2とか2―2とか、大事なところになったらスーッと聞こえなくなっていく。こんな感じですよ。今のように、カープ戦が毎日テレビで見られる時代が来るとは思わなかった。
▽「21球」のドラマ
1979年の日本シリーズ第7戦、1点リードの9回にスクイズを外した広島・江夏豊=大阪球場
やっぱり一番印象に残っているのは、1979年の近鉄との日本シリーズ第7戦の「江夏の21球」ですかね。初めての日本一。ラジオをつけて仕事をしていたけど、1点リードの九回裏に走者がたまって無死満塁になると、もう仕事が手に付かない。スタッフに「ちょっと行ってくる」と言って、隣の部屋でテレビを立ったまま見た。いまだにあのテレビの画像は脳裏に焼き付いている。感動しましたね。江夏豊がスクイズを外したのも、ちゃんと覚えている。
山際淳司さんのノンフィクションを元に、江夏にもインタビューさせてもらって漫画化した。古葉竹識監督と江夏の心理の交錯が、あのドラマの中にはある。満塁になった時に、池谷公二郎と北別府学をブルペンで準備させた。公式戦ではそういうことは一度もなかった。抑えの江夏がマウンドに上がったら、もうブルペンでは誰も投げない。あとはおまえに任せるというベンチの意思表示で、江夏はそれを意気に感じていた。だからびっくりしますよね。「何でだ。自分を信頼していないのか」と。
広島ファンの間ではよく「おまえが古葉だったらどうする?」「江夏だったらどうする?」と話題になった。みんながそれぞれの立場になって議論するわけです。面白かったですよ。自分がもし古葉監督の立場だったらどうするか。それまで日本一になっていなかった。日本シリーズ第7戦。公式戦とは違って、もう後はない。俺は「日本一になるんだ」という古葉監督の意思表示だと感じた。延長戦になって江夏に打順が回れば代打を送る。当然、その裏を抑える投手を用意しなければならない。そうしないと日本一になれない。やっぱり、古葉さんがあそこでブルペンで準備させたのは正しいと思う。
江夏もね、それぐらいのことは分かるんですよ。これは公式戦の1試合じゃないというのは分かるんだけど、やっぱり「裏切られた」という気持ちがどこかにあって、そこで離反する。その後カープのユニホームを脱ぎますからね。その江夏の気持ちも分かる。
▽古葉監督のマネジメント
1979年の日本シリーズ第3戦でセーブを挙げ、古葉監督(中央)に迎えられる広島・江夏豊(右)=広島市民球場
組織としてチームを見ていくと、どういうリーダー論が一番ふさわしいかを考えますよね。それが出てきたのは、野村克也さんが監督になってヤクルトが強くなったあたりじゃないかな。監督の戦略がチームを強くもし、弱くもするというのが伝わってきた。野村さんはデータを土台にして、そこから先は自分の頭で考えるというやり方で、実際にそれでヤクルトが強くなった。
僕は近鉄の監督だった西本幸雄さんのファンでもあった。たたき上げの隊長みたいな感じ。「江夏の21球」では近鉄が勝っても良かったなという気持ちもどこかにあった。古葉さんは選手としての成績は一流ではないけど、「目利きの古葉」みたいな感じがある。目の付け所、選手への接し方によって、チームが相当力を発揮できた。ベンチでふんぞり返っているのではなくて、じーっと見ている感じ。神経の細やかさがあって、選手をマネジメントしている感じが伝わってきた。江夏のことも人一倍分かっていたと思う。それでも勝つための判断をした。度胸があるなと。
▽1対1の魅力
色紙を手にする漫画家のかわぐちかいじさん
超高校級のバッテリーがそれぞれ別の球団に進んで活躍する作品「バッテリー」は、江夏を参考にした。あれだけちゃんと自分の投球を解説できる人っていないんですよ。本当に頭がいいんだなという感じがした。言語化する能力の高さが、選手としての力を保証している。野村さんもそうだった。
「バッテリー」の主人公の海部は、1点でも失ったら引退するという設定。それぐらいエキセントリックな性格が投手には必要だというのを描きたかった。自分が一番という生意気さ、傲慢さが投手にとっての一番の武器だというのを、海部というキャラクターに託した感じ。まあ、江夏の影響もかなり大きいかな。
でもドジャースの山本由伸なんかを見ていると、昔の投手と違ってさわやかな感じがする。そんなに大きなフォームじゃないけど、すごく回転のいい球がいっている。自分が見てきた剛腕投手と違い、柳のようにしなやかで、気合を込めてたたきのめすというイメージではない。それが逆にすごく強さを感じさせる。彼に聞いてみたいね。江夏をどう思うかと。
一人の力で常識を変える大谷翔平には期待しますね。とにかく体がでかいという印象が強い。日本人は投手にしても打者にしても、細やかさがあるけど体格で負けている感じがあった。あれぐらいの筋力を手にすると、今度はその細やかさが生きてくるのかな。プロでは分業が当たり前だったけど、大谷を見て投げる、打つを両方やりたがる子どもが出てくる。野球の楽しみ方も変わるんじゃないかな。
野球は日本人の性格、感覚にフィットするんだろうな。投手と打者の勝負が、間を置いてきちんと見られる。あの止まった間は必要で、こちらも思い入れを劇的に高めていく。だからそこでの勝った、負けたが面白い。ピッチクロックなんてやめてほしい。サッカーは止まってくれないので、1対1の対決を通して伝わってくる選手像というのが分からないんですよね。若い人は「分かっていますよ。見えていますよ」っていうんだけど、自分とは見方が違うんだと思う。やっぱり、1対1の対決が見られる野球が面白いな。
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