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性犯罪歴確認「日本版DBS」は課題山積? 子どもの被害防ぐには、識者3人にインタビュー

47NEWS / 2024年8月31日 10時0分

 子どもの心に深い傷を残すとされる性暴力。近年、大手学習塾「四谷大塚」での元講師による盗撮事件や、ベビーシッターが起こした保育中の子どもへの強制わいせつ事件など、教育・保育者の逮捕も相次いでいる。そんな中で、6月に成立したのが「日本版DBS」の創設法だ。英国の制度を参考に、子どもと接する仕事に就く人の性犯罪歴を雇用主側が確認する仕組みで、2026年度にも始まる見通しだ。
 子どもの安全確保に期待が高まる一方で、日本版DBSが確認対象とするのは「前科」のみ。被害者側と示談したことによって起訴に至らなかったケースのほか、下着の窃盗やストーカー規制法違反は対象外となり、実効性に疑問の声が上がっている。また、雇用主側の度を超した就業制限や解雇も懸念されている。日本版DBSはどんな制度なのか。見えてきた課題を探った。(共同通信=今村未生、松本智恵、小川美沙)

 ▽優越的な地位背景とした性暴力


 性暴力はその後の人生に暗い影を落としかねない。内閣府は2022年、16~24歳を対象に、性暴力被害の実態に関するオンライン調査を実施した。被害経験があると答えた2040人に「最も深刻な被害に最初に遭った年齢」を尋ねると、16~18歳(高校生)が最多で32・7%。13~15歳(中学生)は24・0%、7~12歳(小学生)も15・7%に上っていた。
 加害者との関係について複数回答で聞くと、36・0%と最も多かったのは教職員や先輩、クラブ指導者など「学校・大学の関係者」だった。
 国は教員らによる優越的な地位を背景とした性暴力への対策を強化している。英国の制度「DBS」(Disclosure and Barring Service、前歴開示・前歴者就業制限機構)を参考に、日本版DBSの創設法「こども性暴力防止法」が6月に成立した。

 ▽確認対象は230万人

 学校や認可保育所などに、子どもと接する仕事に就く人の性犯罪歴確認を義務付けた。こども家庭庁の担当者によると、確認を義務付ける学校や保育所、幼稚園などで現在働く対象者は少なくとも約230万人だという。一方で、塾や放課後児童クラブなどは国の「認定制」だ。
 雇用主側はこども家庭庁を通じ法務省に性犯罪歴を照会。犯歴があれば、国は本人に通知する。既に働いている人に性犯罪歴があった場合、配置転換などの措置を取る。犯歴がなくても、子や親の相談を受けた雇用主側が「性加害の恐れがある」と判断すれば、同様の措置が必要だ。
 対象は有罪判決が確定した「前科」に限定。不同意性交罪などのほか、痴漢や盗撮など条例違反も含む。照会期間は拘禁刑(懲役刑と禁錮刑を2025年に一本化)で刑終了から20年、罰金刑は10年。このため最長20年就業が制限される。
 創設法を巡り採択された付帯決議は19項目に及び、早期のガイドラインの策定や、家庭教師など個人事業主に確認対象を拡大することなどを求めている。
 
 日本版DBSの在り方や課題について、性暴力問題に詳しい寺町東子弁護士、英国と日本の子ども若者政策を比較研究してきた日本大の末冨芳教授、治療に取り組む「性障害専門医療センター(SOMEC)」の福井裕輝代表理事に話を聞いた。

 ▽本来の立法目的離れている 寺町東子弁護士


寺町東子弁護士(本人提供)

 日本版DBS制度の導入で、子どもへの性暴力防止への一歩となると期待するが、課題は多い。制度創設の議論のきっかけは、2020年、ベビーシッター仲介サイトに登録した男2人が強制わいせつ容疑などで逮捕された事件だ。しかし、成立した創設法「こども性暴力防止法」は、性犯罪歴の確認を学校などに義務付けた一方、学習塾などを「認定制」とし、ベビーシッターや家庭教師など個人事業主が対象外だ。本来の立法目的から離れている。真に子どもを守る観点に立っているだろうか。
 認定を受けた事業者に性犯罪歴の有無を通知する仕組みも問題が大きい。犯歴は高度のプライバシー情報で、外に出してしまうと、更生を妨げ、再犯につながる悪循環に陥りかねない。事業者に犯歴を開示して管理させるのではなく、国の機関を設け、犯歴がないことなどを要件に、子どもに関わる仕事に就く人全員を登録する「ホワイトリスト方式」にすべきだ。これによって個人事業主も登録対象にできる。
 子どもに対する性犯罪は、ほかの性犯罪と比べ、発覚しにくく反復性が高いことが知られている。認知行動療法をベースとした再犯防止プログラムによって「引き金」を避けることが重要だ。子どもに関わる職から遠ざけることは、加害者の更生・再犯防止に資する。
 不起訴事件のうち、犯罪事実は十分認められるのに、被害者と示談が成立したなどの理由で起訴されない「起訴猶予」が漏れたことも見直しが必要だ。児童・生徒への性暴力で懲戒解雇となった人も対象に含めることを検討すべきだ。
 下着の窃盗罪や、人に体液をかけるといった器物損壊罪も確認対象外となり、反対の声が上がっている。創設法の付帯決議に盛り込まれたが、法改正に向けて課題を検討する上で、国はもっと性犯罪加害者の累犯性、余罪の状況などの調査・研究に力を入れるべきだ。加害者が再犯防止プログラムを継続的に受けられる仕組みも求められる。
   ×   ×
 てらまち・とうこ 弁護士、社会福祉士、保育士。一般社団法人Spring理事。

 ▽性暴力対策担う人材育成を 日本大の末冨芳教授


日本大の末冨芳教授(本人提供)

 これまでは教員が性暴力を起こして懲戒免職となった場合でも、文部科学省管轄外の塾などで働くことができた。日本版DBSの創設により、認定を受けた塾ならば再就職が制限され、再犯防止にもつながると期待している。ただ子どもの被害を防ぐには、性犯罪歴の確認だけでは不十分で、性暴力が起きた際の対応方法やそれを担う人材育成の仕組みを早急に整備する必要がある。
 同様の制度がある英国と日本の子ども若者政策を比較分析してきた。英国では、子どもに関わる仕事に就く人のDBSによる性犯罪歴のチェックはもちろん、学校やスポーツクラブなどには、子どものための「安全保護主任」が置かれて、性暴力が起きた際には調査や自治体の報告を行っている。主任については校内に分かりやすく明示され、相談しやすく、子どもたちの「守られる権利」が実現されると感じた。
 犯罪に至らないケースの情報共有も進み、教員がSNSで生徒に性的なメッセージを送るなどの事例も自治体に報告されている。日本版DBS創設法「こども性暴力防止法」は学校などに安全確保措置を義務付け、性加害の恐れがあるとみなされた教員は配置転換を求められるが、抑止力を高めるため、英国のように注意が必要な情報を自治体が集約し、一定の条件下で確認できるよう検討すべきではないか。
 日本版DBS創設のインパクトは大きい。教員志望の学生の間でも、「子どもへの性暴力はいかなる理由があっても許されない」という認識が広がってきたと感じる。教職課程でも性暴力防止法を必ず扱い、理念を浸透させ、性犯罪が起きた時の対応も学べるようにすることも大切だ。
 英国では子どもに関わる仕事に就く人の安全保護の知識を高めるため、オンライン研修や、業種ごとに対策を話し合うワークショップも盛んに開かれている。日本でも政府が研修を整備し、子どもに関わるすべての人が性暴力防止に向けて適切な対応ができる体制づくりを進めてほしい。
   ×   ×
 すえとみ・かおり 1974年、山口県生まれ。専門は教育行政学。

 ▽周回遅れの制度で効果なし 「性障害専門医療センター(SOMEC)」の福井裕輝代表理事


「性障害専門医療センター(SOMEC)」の福井裕輝代表理事

 日本は2012年に英国で確立したDBSを参考に周回遅れで制度を創設したが、ほとんど、もしくは全く効果がないだろう。まず制度上、初犯を防げないことが大きな問題。再犯の防止に関しても、雇用の際に性犯罪歴の確認が義務付けられている事業者があまりにも少ない。
 子どもと接する仕事は保育所や学校だけではなく、塾やスポーツクラブなど多様だ。仕事以外でも子どもと接する場はある。公園で犯行に及んだり、災害時にボランティアと称して被災地を訪れ、犯行の機会をうかがったりしたケースもある。
 米国では1990年代、インターネット上で、性犯罪を犯した人の氏名や現住所など個人情報の閲覧を可能にし、地域で監視する「ミーガン法」が制定された。ただ、監視や規制を強めても、抑止力にならないとの指摘は根強い。理屈で分かっていても、やめられないのが性犯罪だからだ。
 英国では80年代ごろから国費で治療する制度があるし、子どもと接触しない仕事に就けるよう職業訓練も行っている。日本はこうした前提となる仕組みを欠いている。
 専門医が足りない上に、治療に保険は適用されない。刑務所から出所後の住居と就労先の確保も課題だ。代表理事を務める「性障害専門医療センター」では、派遣会社に再犯リスクの低さを提示し、仕事を紹介してもらっている。こうした対応が再犯防止に直結する。
 拘禁刑終了から20年、罰金刑が10年という照会期間の長さにも疑問がある。英国では個々のリスク評価を行った上で年数を決める。10年、20年という長さは、更生して社会復帰を促すという意味合いではなく、事実上の「隔離」や「排除」だ。
 施行後、さまざまな課題が見えてくるだろう。対策を迫られた時にきちんと検討してほしい。議論のたたき台になるのであれば、制度を作った意味はあるかもしれない。
   ×   ×
 ふくい・ひろき 1969年米国生まれ。性加害者に再犯防止プログラムを実施する「性障害専門医療センター(SOMEC)」代表理事。

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