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柔道阿部詩選手に感じた「お家芸」のつらさ、伝えたかった「ありがとう」の思い 「キング」内村航平さんが見たパリ五輪、そして五輪の意義

47NEWS / 2024年8月29日 10時30分

パリ五輪について振り返る内村航平さん=2024年8月12日、パリ(共同)

 8月11日に閉幕したパリ五輪で、NHKのアスリートナビゲーターとして現地に入りました。2008年北京から2021年東京まで4大会連続で出場した五輪を取材するという新たな挑戦。最初はどこか人ごとに考えていましたが、いざ始まってみれば、勝負の奥深さや視聴者へどう伝えるのかという責任にどっぷりつかりました。私自身、1年延期となった東京五輪以降、考え続けてきた「五輪の意義とは」という問いにも答えが出せた、そんな17日間でした。(聞き手 共同通信=藤原慎也)

▽「しつこい」萱の姿勢がチームに伝染


パリ五輪体操男子団体総合で優勝し、日の丸を手に喜ぶ(左3人目から)杉野正尭、谷川航、萱和磨、岡慎之助、橋本大輝=2024年7月29日、パリ(共同)


 何と言っても体操男子です。団体総合で金メダルを奪還した日本はすごかった。5種目を終えてトップの中国に3・267点の大差をつけられながらの大逆転。最後の最後まで何が起こるか分からないというのは、どんなスポーツでも言われますが、体操は特にそれが起きやすいスポーツです。体操の面白さ、諦めないこと、助け合うことの大切さを5人が伝えてくれた。
 ミスをしないことに対して、日頃から貪欲にやってきたからこそ、あの勝ちが生まれたと思っています。しつこさの勝利です。特に萱和磨(セントラルスポーツ)はしつこい。「もうそれでいいじゃん」というところから、さらに突き詰める。私も毎年のように「おまえの練習は本当にしつこいな」と言ってきました。この姿勢がいい形でチームに伝染していった。本当にいいチームでした。

▽慎ちゃんの無双可能性と、勝ち続ける難しさを知った大輝

 まあ、それでも今回は「慎ちゃん」の五輪ですね。個人総合と鉄棒を合わせて3冠に輝いた岡慎之助(徳洲会)です。愛されキャラで、きっと誰からも好かれると思っています。浸透すればいいなという思いから、あえて私もテレビでずっと「慎ちゃん」と呼んで推していきました。


パリ五輪体操男子種目別鉄棒で優勝した岡慎之助=2024年8月5日、パリ(共同)

 1大会3冠は1972年ミュンヘン五輪の加藤沢男さん以来、52年ぶりの快挙です。現在の難しいルールの中で三つ取るのは本当にすごい。平行棒も『銅』。狙ったメダルを全て取るというのは僕もできなかった。嫉妬するほどにうらやましい。五輪に愛されてましたね。2年前の右膝前十字靱帯断裂を乗り越えた選手です。つらいことも嫌なことも全て受け入れてきたからこそ、ここで一気に開花したんだと思います。
 人気漫画「鬼滅の刃」の主役「竈門炭治郎」は戦いのさなかに成長します。まさに慎ちゃんがそれでした。初出場のわくわく感、ミスができない重圧、世界のトップに挑む闘争心。それらを全て力に変えて予選、団体総合、個人総合、種目別の決勝と戦いの中で進化していった印象です。
 柔軟性、瞬発力、着地の正確性、そして演技の美しさ。これだけ兼ね備えている選手はいない。伸びしろもかなりあり、今後無双できる可能性を十分秘めています。6種目でミスのない橋本大輝(セントラルスポーツ)にはまだ勝てていない。ここを乗り越えた時、五輪以上の慎ちゃんが見られると思いますが、橋本も黙っているわけがありません。
 橋本は5月に負った右手中指の靱帯損傷の影響が大きかった。私は試合で勝つのが一番強い選手じゃなく、けがしない選手が一番強いと思っている。五輪イヤーは特にです。本番だけが五輪じゃないという準備の大切さと、勝ち続ける難しさを知ったはずです。さらに強くなる慎ちゃんと大輝。二枚看板となった日本の体操界は間違いなく面白くなります。体操人気に火を付けてほしいし、皆さんにも注目してほしいです。

▽美しかったチャンピオンの動作


陸上女子やり投げ決勝の1投目に65メートル80をマークし、金メダルを獲得した北口榛花=2024年8月10日、パリ郊外(共同)

 体操だけでなく、強い選手が五輪でいかに普段通りにやることが難しいか、そしてそれができる選手の異常さを目の当たりにしました。めちゃくちゃ面白かったし、楽しかった。私にしか伝えられないものは何か―。それを大会前から考え、各選手の動作に着目することにしました。体操で学んだ動作解析の知識を通じて、選手の技、動きのすごさを表現することで、視聴者の方に選手が積み重ねてきた努力を想像してもらいたかった。
 柔道やレスリングでは組み手が大事と言われますが、単純に上半身の強さが左右するわけではありません。下半身の体重移動や体幹をどう生かしているか。私なりの分析を披露したつもりです。
 最終日に金メダルを獲得した陸上女子やり投げの北口榛花選手(JAL)は、1人だけ右に弧を描くような放物線でした。ゴルフに例えるなら、飛距離が出るとされるドロー系です。一方で、他の選手は左からのフェード系。北口選手は実に理にかなっているなと驚きました。勝負を決めた1投目は助走から全てが一つの線で描かれているようで本当に鮮やかでした。今回、日本、海外問わずいろんな金メダリストを見せていただきましたが、どの競技でもチャンピオンの動作は美しかったです。

▽「孤独な集団」の気持ちと、自分が伝えたかったこと


柔道女子52キロ級2回戦でウズベキスタン選手に敗れ、コーチに支えられながら引き揚げる阿部詩(右)=2024年7月28日、パリ(共同)

 今大会、私が最も感極まったのが、柔道でした。女子52キロ級の阿部詩選手(パーク24)の2回戦敗退と、混合団体の銀メダルです。連覇の難しさ、そして勝って当然と言われる日本発祥の『お家芸』のつらさを感じました。代表争いを勝ち抜いただけで誇りに思っていいはずですが、普段の大会では勝っても「おめでとう」と言われない孤独な集団です。
 心から称賛されるのは、五輪で金メダルを獲得した時だけ。選手は負けたら死ぬほど悔しいはずです。私も同じお家芸で戦ってきたから分かります。世界選手権で勝っても何も言われなくなった。勝って当然でしょ、という感じです。そこに至るまでの過程は生半可ではありません。でも「努力をこれだけしてきました」と自分では言いたくない。
 柔道の選手が「すみません」と言う姿を見て、自分は「ありがとう」「メダルおめでとう」という思いだったし、応援している人にもそう感じてほしかった。その気持ちを一番分かっている私が伝えないといけない、という思いでした。

 五輪は、人間が実社会で気持ちを強く持って生きるために必要なことを教えてくれるものだと感じました。困難を乗り越えていく力、負けても前を向いて次に立ち向かっていく気持ちの強さ、やり続ける辛抱強さ。それを、より分かりやすく表現して伝えてくれるのが五輪の意義なのだと思います。
 東京五輪では開催の是非を巡って国民の世論が二分され、五輪離れという言葉も出ました。でも今回のパリ五輪を見て、皆さん思いませんでしたか? やっぱり五輪っていいな、と―。(体操五輪金メダリスト)
   ×   ×
 うちむら・こうへい 五輪2大会と世界選手権の個人総合で2009年から前人未到の8年連続世界一。団体総合は2015年世界選手権と2016年リオデジャネイロ五輪で金メダルに輝いた。日体大、コナミスポーツを経て2016年から日本体操界初のプロ選手に転向。2022年に現役を退き、2023年から日本体操協会で理事と男子強化コーチを務める。35歳。長崎県出身。

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