「数年で死、手術もできない」難病進行、異常な息切れ 命をつなぐため肝臓移植へ…記者が知ってほしい「臓器をもらうとは」(前編)
47NEWS / 2024年9月5日 10時0分
余命は数年。症状が進みすぎ、唯一の救命手段である臓器移植も不可能―。記者として働き始めて5年目の2023年春、肝臓と肺の難病を患った27歳の私は、急激に症状を悪化させ、危険な状態に陥った。
それから半年。副作用に苦しみながら投薬治療でなんとか症状を抑え込み、移植手術は現実的な選択肢になった。だが、ドナーが見つからずに亡くなる患者も多くいる。「脳死移植」を待つか、「生体移植」を受けるか―。私たちは家族全員で話し合いを重ねた。
臓器をもらうとはどういうことか、イメージできる人は多くないのではないだろうか。誰もが臓器をあげる側にももらう側にもなりうる今、移植とは何かを知ってほしい。(共同通信=高木亜紗恵)
▽肝臓の異常
2018年末、大学4年だった私は何度か原因不明の強い腹痛に襲われ、東京都内の病院を受診した。精密検査の結果、腹痛との関係は分からないが、肝臓に流入するはずの血液がうまく入っていかない難病と判明。行き場を失った血液はあちこちに迂回し、食道の血管が発達してこぶ状になったり、脾臓が通常の4倍の大きさに腫れ上がったりしていた。
当時はボクシングジムに通っていたほどで、日常生活に不自由はなかった。だがこの状態を放置すると命に関わるといい、19年7月と11月、共同通信に就職して配属された三重県で、こぶを取る手術と脾臓を摘出する手術を受けた。まだ深刻な病気だとは思わず、就職後すぐに手術を受けなければならなかったことに、憤ってさえいた。
▽発症のサイン
だが、治療はこれで終わらなかった。体の中で何かえたいの知れないことが起こっている―。そう確信したきっかけは「異常な息切れ」だった。2021年1月、正月休みで帰省し、同期の記者2人と一緒に、東京都渋谷区の明治神宮へ出かけていた。境内をゆっくりと歩くと、急にマラソンをした後のような息切れがした。運動不足だろうかと考えたが、違和感は拭えなかった。
肺高血圧症患者に行われたアンケート=2023年8月
数日後、大学病院に駆け込んだ。心臓に管を通して調べたところ、診断は、指定難病の「肺動脈性肺高血圧症」。心臓から肺に血液を届ける「肺動脈」の血圧が異常に上がり、負担がかかった心臓が酸素を含んだ血液をうまく全身に送れず、息切れを起こしていた。進行するとやがて心機能が低下する。発症には肝臓の異常が関係しているとみられた。
すぐに肺動脈の血圧を下げる薬の服用がはじまった。症状は楽になり、また仕事漬けの生活に戻っていった。
▽勘違い
2021年4月、転勤に伴い、名古屋の大学病院に転院した。改めて病気の説明を受け、妊娠・出産が禁忌とされていることや、運動は控える必要があることを知った。このとき主治医がこぼした言葉が妙に耳に残っている。「昔はとても恐ろしい病気だったけど、今は良い薬がたくさんできているんだ」。直径5ミリの白い錠剤。これさえ飲んでいれば、他人と同じように生活でき、平均寿命を生きられる―。そう思い込んでいた。
その後は仕事の面白さを知り、気の赴くままに取材現場を駆けずり回った。当初は薬がよく効き、病気であることを忘れるほどだった。
ところが22年秋ごろから、朝方に異常な疲労感を覚えるように。取材に向かうため手配したタクシーを体調不良で断る日もあった。担当していた事件が大詰めを迎えると、薬を飲み忘れ、あっという間に症状は悪化。体が重く、常に息苦しさのある状態が続いた。
▽数年で死、手術もできない
そして2023年3月、転勤の可能性を踏まえて受けた検査で、思いもよらなかった言葉を伝えられる。
「すごく悪くなっている。困ったことになった」。検査着のまま横たわる私を前にした主治医の声はこわばっていた。
治療のかいなく病気が進行し、肺動脈は治療を始める前の状態に戻ってしまっていたのだ。
着替えを済ませた後、間もなくして個室に呼び出された私に、主治医は単刀直入に切り出した。「生命予後について話します」
続けて並べられた言葉は想像以上に厳しく、受け止めきれなかった。
「数年以内に心不全を起こして亡くなる可能性が高い」
「肝臓移植を考えなくてはいけない」
「ただし今の病状では手術ができない」
事実上の余命宣告だった。
肺高血圧症は肝臓の異常が原因とみられ、肝臓を取り換えれば進行が抑えられるという。ただ、すでに進行しすぎていると、逆に手術によって死亡する可能性が高い。私の場合は進行しすぎていた。
主治医は続けた。あらゆる薬を使い、肺の症状を抑えたいが、うまくいく保証はない―。仕事はどうすればいいかと尋ねると、「生きがいを奪うことはしたくないけれど、命のために休んで」。ただただ、うなずくしかなかった。
それから2週間ほどだろうか。時間や日付の感覚がわからなくなり、ふわふわと宙を漂っているような気分が続いた。生活の中で「将来」など未来を指す言葉が聞こえてくるたびに、胸が詰まり動けなくなった。症状を隠して仕事を続けてきたことを激しく後悔した。
プライベートでは結婚を控えていたが、このまま進めて良いのだろうかと迷いが生まれた。ところが夫は、私の揺れる気持ちを聞くと「絶対に結婚しよう」と言い切った。その一言に奮い立ち、できるかぎりの治療を受けようと誓った。
検査入院中の食事=2023年8月
治療はハイペースで進んだ。薬を追加し、心臓の負担を減らすのに役立つと聞いて、ジムに通って筋肉を付けた。
6月の検査で肺動脈の血圧は大きく下がり、あと一歩というところに。手術時の安全を考慮して、さらに副作用の強い吸入薬を導入した。
息苦しさがましになるかわり、強い頭痛がほとんど毎日続き、数日に一度は下痢を起こした。特に薬を吸った直後の症状は激しく、横になって時間が過ぎるのを待つしかなかった。
▽めったにない幸運
肺の血圧が下がったことで手術が現実的になり、8月、準備が本格的に始まった。家族が来やすいよう、私は東京大学医学部付属病院に転院した。
この時点ではまだ、脳死移植と生体移植のどちらを行うかが決まっていなかった。脳死移植はドナーが現れるまで数年待機するため、症状が悪化して亡くなる人もいる。一方、生体移植は、検査をクリアすればすぐに行えるが、健康な人の体にメスを入れなくてはならない。
誰かに臓器をいただくかもしれないという実感が徐々に湧き、憂鬱な気分が続いた。そんな中、家族を集めて手術説明が行われた。
生体肝移植ドナーの条件が書かれた文書
東大病院人工臓器・移植外科の赤松延久准教授によると、ドナーが手術によって死亡することはめったになく、切除された肝臓は、約1カ月で大きさや機能が元通りになる。ただし術後は痛みが伴い、約15センチの傷痕が残るほか、想定外の合併症も起こりうる。
一方、肝臓を受け取る側は、手術による死亡が十分にあり得るという。日本移植学会によると、生体肝移植の場合、術後の1年生存率は約86%。同席した移植コーディネーターも「手術によって命を縮めてしまう可能性がある」と繰り返した。
肝移植後の生存率が書かれた文書
そう聞いても手術を受けようという思いは揺らがなかった。毎日少しずつ、うまく呼吸ができなくなっていった絶望感。そんな思いはもうたくさんだった。そして何より、命の長さを決められた状態で生きていくことに、耐えられそうになかった。
結局、家族5人が提供を希望したが、高齢の両親はいったん保留、姉と兄、夫がドナー検査を受けることに。結果は3人とも適格、ドナー候補は3人になった。「めったにない」「とても幸せなこと」。医師らはしきりにこう言った。日本では推定で年間2千人近くの人が肝移植を受けられずに亡くなっている。家族の温かい気持ちに涙がにじんだ。
▽脳死移植か、生体移植か
手術数日前、病院の窓から見た景色
2023年10月、手術のための検査入院が始まり、連日のように胃カメラや大腸カメラを入れる大がかりな検査を受けた。このころ肺の状態は、薬の力でさらに良くなり、医師の間で私が脳死ドナーを待てるのではないかという議論が持ち上がっていた。
脳死移植を選べば健康な家族の体を守れる。でもそれは、悪化する症状に耐えながら、誰かが亡くなるのを待つことでもあった。思い切って家族が差しのべてくれた手をつかむのがいいのか。四六時中考えても、結論は出せなかった。
すべての検査が終わるころ、再び主治医の説明があった。「早めの移植を」、つまり生体移植を行うことが体にとって一番良いという結論だった。思い切って、家族の優しさに甘えることにした。
家族の間で話し合いが持たれ、兄自身の強い思いでドナーは兄に決まった。「これからの人生、妹をすぐ隣で支えていくのは自分ではなく夫だ。兄である自分ができるのは、今ここでドナーになることだけ」。
決まるべき事が決まり、移植を待つだけになった。父親のドナーになったという同室の20代女性は、「頑張ってください、絶対に」と言って、私を抱きしめてくれた。(つづく)
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