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4億円の赤字を全額負担…それでも経営者養成のプロが「音楽フェス」にこだわるわけ つてもノウハウもない「最後発」、ロッキン移転後の茨城で6万人を集めた戦略とは

47NEWS / 2024年9月11日 10時0分

昨年のラッキーフェスで開会宣言をする堀義人さん(左から2人目)=茨城県ひたちなか市

 今年7月、茨城県ひたちなか市で音楽フェス「LuckyFes(ラッキーフェス)」が開かれた。今年で3回目のイベントの仕掛け人は、地元ラジオ局オーナーの堀義人さん(62)。
 堀さんは、経営学修士(MBA)プログラムを展開する「グロービス経営大学院」の学長でもある。だがフェス立ち上げを決めたとき、音楽業界とは無縁で、実績もつてもなかった。
 周囲からは「不可能だ」といわれた挑戦。「損失が出たら全部僕がかぶる」―。実際、損失は億単位に上った。そうまでして、なぜ開催を続けるのか。背景には、2年前に国内最大級の音楽フェス「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル(ロッキン)」が茨城から千葉に移転したことへの危機感があった。「フェスの灯を消すわけにはいかない」(共同通信=奥林優貴)

▽大いなるロッキンの残照


取材に応じる堀義人さん=2024年7月、水戸市

 「大きなショックを受けた」。堀さんは、ロッキンの移転話を聞いた時のことをこう振り返る。堀さんがオーナーを務める、LuckyFM茨城放送(水戸市)は県内唯一の民放放送局で、2021年のロッキンに「共催」の立場で携わっていた。
 ロッキンは2000年から長年、国営ひたち海浜公園(ひたちなか市)を会場とし、19年には5日間で33万人超が訪れた。会場近くで宿泊施設を営む男性は言う。「ロッキンの時には、市外も含めて周辺の宿泊施設は軒並み満室。ファンにとってこの町は第二の故郷のような存在だろう」。茨城県民にとっては「夏の風物詩」のようなイベントになっていた。
 だが新型コロナウイルスの流行により20年から2年連続で中止に。21年の中止による周辺経済の損失は約11億円との試算もあった。感染対策の難しさや経営事情もあり、22年の年明けに、千葉市への移転が発表された。

▽「何とかできるのは・・・」はまった地元愛

 共催の立場でロッキンを支えていたLuckyFMのオーナーとして、堀さんは「何度も引き留めた。だが、相手の意思は固かった」と振り返る。
 茨城県出身の堀さんは民間企業を経て、1992年に人材育成やベンチャー企業への投資事業を行う「グロービス」(東京)を設立。2006年にはグロービス経営大学院を開学し、経営者養成に携わる。
 16年に地元のバスケットボールBリーグ1部「茨城ロボッツ」のオーナーに就任し、その後19年には「県の魅力発信を強化したい」とLuckyFMのオーナーになるなど、故郷への貢献にも熱心だ。
 堀さんはロッキンにも足を運び、影響力の大きさを感じていた。そこに飛び込んできた移転の知らせ。「つないできた茨城のフェスの灯を、ここで消すわけにはいかない」。何とかできるのはLuckyFMだけだ。地元愛がかっちりはまった。

▽音楽フェス、何から始めれば良い?


ラッキーフェスのステージ

 新たなフェスの開催発表は2022年1月、ロッキンの移転が正式発表された直後だった。だが、LuckyFMに大規模音楽フェスの開催実績はない。堀さん自身も音楽業界とは無縁で、何から始めればいいかも分からない状態だった。
 戸惑う会社の幹部を、堀さんは「損失が出たら全部僕がかぶる」と説得。連日、音楽業界の関係者に話を聞きに行き、全国のフェスにも足を運ぶようになった。
 それでも、業界からは厳しい声を浴びた。通常、大規模フェスは1年以上かけて計画を練る。だが、今回残された開催までの期間は約半年。フェスを手がける大手のイベント会社20社ほどに声をかけたが門前払いされた。「できるわけがない。もう一年待ったらどうだ」。当然の反応だった。

▽回り始めた歯車


2022年7月に初開催されたラッキーフェスの様子(LuckyFM茨城放送提供)

 そんな中、過去に音楽フェスを主催した経験がある番組パーソナリティーに掛け合い、運営に不可欠なイベント制作会社を紹介してもらった。
 加えて、ロッキンで仮設トイレや電気・水道工事といった会場設備のノウハウを持った地元企業や、出店経験のある飲食店も協力的だった。ロッキンで名物となった、生産量全国一の茨城県産メロンの種部分をくりぬいて容器にした「メロンまるごとクリームソーダ」を販売する居酒屋経営井坂紀元さん(52)もその1人。「ロッキンのように育ってくれれば。培った経験を生かしたい」と温かい視線で話す。


メロンまるごとクリームソーダ

 歯車はなんとか回り始め、発表から半年後の2022年7月に第1回「ラッキーフェス」が国営ひたち海浜公園で開かれた。来場者からは「この先もフェスを続けてほしい」「ロッキンとはまた違った楽しさがある」といった声が届いた。

▽「最後発」が狙うもの


2024年のラッキーフェスに出演した「新しい学校のリーダーズ」(LuckyFM茨城放送提供)

 堀さんは解説する。「僕らはフェスの最後発。邦楽ロック中心で、10~30代向けのロッキンなどのフェスと同じ客層を取りあっても勝てない。新規層や、普段はフェスに行かない層も含め、幅広く狙った」
 いかに他のフェスと違ったものを提供できるか。そこにこだわった。
 その意図が表れているのが出演アーティストだ。若者に人気のロックバンド「MAN WITH A MISSION」や、親世代にもファンが多い「ウルフルズ」、子どもの知名度が高い「新しい学校のリーダーズ」…。幅広い世代が楽しめるよう出演者を組んだ。ジャンルもアイドルやヒップホップやK―POPなど多様だ。


2024年のラッキーフェスに出演した「MAN WITH A MISSION」(LuckyFM茨城放送提供)

 今年の来場者の割合は、20代から50代までの各年代が2割台ずつ。また、開催後のアンケートでは、「ラッキーフェスが初めてのフェス経験だ」という回答が4割に上った。狙いに沿った客層を取り込めていることが数字でも表れている。


フェスを楽しむ観客

 家族向けコンテンツにも力を入れた。海浜公園内の遊園地エリアやアスレチックを期間中も使えるようにし、授乳やおむつ交換ができる専用ブースを備えたキッズエリアも設置した。水戸市の花火業者が毎晩、音楽に合わせて打ち上げる約千発の花火も魅力だ。


おむつ交換などができるキッズエリア

▽アーティストを撮ってSNS投稿、OKに

 音楽フェスでは珍しい手法もいくつか取り入れた。例えば、多くのスポンサーを集めたことだ。つながりのある地元企業にも呼びかけ、今年は約50社に上った。「スポンサーが多い音楽フェスはあまり見かけない。プロスポーツの世界では、空きスペースになるべく広告を入れるという発想があるんです」。集めた収入は小学生以下のチケット料金を無料にするなど、サービスに活用した。


ステージにカメラを向ける観客(LuckyFM茨城放送提供)

 さらに、昨年からアーティストの写真・動画撮影と、SNSへの投稿を原則OKとした(NGを希望したアーティストの出演前にはプラカードなどで呼びかけ)。海外の音楽フェスでは制限が緩いが、国内では運営側が演奏中の撮影を一律に禁止することが多いという。取り組みはSNS上で話題になり、拡散された動画や写真は宣伝にもなった。
 運営を指揮するイベント制作会社の矢澤英樹代表(53)は、「業界全体が既成概念に縛られている部分がある。堀さんの型破りな視点は、スタッフの意識改革にもつながっている」と話す。


フェスで打ち上げられた花火(LuckyFM茨城放送提供)

 来場者数も着実に増えている。1年目は2日間で約2万人だったが、3年目の今年は3日間で約6万人を動員した。その裏で、ロッキンに引けを取らない迫力のあるステージや、音響への設備投資にはコストがかかる。初年度は約7億円の費用がかかり、約4億円の赤字だった。
 「昨年は赤字が半減した。今年も赤字の見通しだが、来場者数や満足度は伸びているので、いずれは黒字化する」。これまで200を超えるスタートアップ(新興企業)への投資で培った経験則だ。毎年の赤字は堀さんが全額負担しているという。

▽ロッキンと手を携えて


テントでフェス飯を楽しむ観客

 国営ひたち海浜公園は、青空に映えるネモフィラや真っ赤なコキアが四季を彩ることで有名だ。それが、夏になると巨大なステージが現れ、たちまちイベント会場に様変わりする。今年7月の3連休、会場では芝生エリアで寝っ転がって音楽を聴く人や、テントを立ててフェス飯を楽しむ人の姿がみられた。
 「ラッキーフェスいけますかー!」。ステージでアーティストが呼びかけると、観客は右手で「L」のポーズを作り「ラッキー!」と歓声で応える。
 栃木県から初めて来たという高野詩人さん(19)は「普段聴かないジャンルにも触れられるのがこのフェスの良いところ。演者との距離も近い」と目を輝かせた。


ラッキーポーズをとる観客

 堀さんにとって仕事では縁もゆかりもなかった音楽業界だったが、今ではロッキンの生みの親である渋谷陽一さんなど、多くの「プロ」からもエールをもらえるようになった。
 千葉市に移転したロッキンは今年9月、開催25周年記念としてひたちなか市でも開催。ひたちなか市にとっては5年ぶりの帰還だ。
 ロッキン側は公式サイトでこうコメントした。「移転を発表した際、茨城のフェス文化の灯を消すな!を合言葉に立ち上がってくれたのがLuckyFesだった。一緒に茨城のフェスを盛り上げられたら素晴らしい」


取材に応じる堀義人さん=2024年7月、水戸市

 ラッキーフェスの名前は、「イバラッキー」(茨城)から名付けた。堀さんは語る。「フェスで茨城の知名度が世界でも上がれば、これほどの貢献はない」。今後はアジアを中心に海外アーティストの招へいも本格化させ、外国人の誘客に力を入れる。見据えるのは「アジア最大のテーマパーク型フェス」だ。

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