「曲を使わせて」。突然の依頼は意外な相手から。パリ五輪を選手と共に戦ったアーティストたち
47NEWS / 2024年9月14日 10時30分
福島県を拠点に、CMソングや映像音楽などの作品を手がけているアーティストのnovsemilong(ノブセミロング)さん(42)。2021年、ホームページの問い合わせフォームにある依頼が届いた。「曲を使いたい」という突然の依頼だった。
差出人に見覚えはない。ノブさんは迷惑メールのたぐいかと思い、返事をしなかった。すると再び同じ相手から連絡があった。ノブさんはその内容に驚いた。日本のトップアスリート、それもオリンピックに関する連絡だったからだ。
このときのやりとりが、ノブさんとパリ五輪をつなぐことになる。依頼の主はパリ五輪に挑むアーティスティックスイミングの日本代表だった。(共同通信=黒田隆太)
▽音楽担当、誰がやってたの?
曲を提供したnovsemilongさん
依頼のきっかけは、ノブさんが手がけた福島県の観光PR動画の音楽を、代表チームの主将吉田萌(29)が目に留めたことだった。吉田は「すごくいいので使わせてもらいたい」と中島貴子ヘッドコーチ(HC)(37)に相談していた。
ノブさんは「2度目の連絡では、中島HCの電話番号が記してあった。それで『ちゃんとした依頼だ』と分かった」と振りかえる。ただ、アーティスティックスイミングに触れたことはまったくなかった。「あまり重要性は分かってなくて、1回こっきりだと思って」。気軽に依頼を受けた。
チームとやりとりを始めたノブさんは、衝撃の事実を知ることになる、「以前は選手やコーチが音楽の編集を自らやっていたと聞いた。それって大変すぎるでしょ」
novsemilongさんの自宅にあるスタジオ
プロのアーティストと日本代表のやりとりは真剣勝負だった。例えば、チームのテクニカルルーティンで流れる「フラッシュ」という曲。中島HCから「雷をテーマに」と告げられ、自然への尊敬と畏怖をこめた曲を考えた。練習風景の動画が届き、振り付けのイメージも聞いて構想をふくらませた。
しかし、ルール変更や難易度の調整に合わせて、振り付けは何度も変わった。そのたびに曲をアレンジする必要が生じる。「振り付けと同じように曲も変えると、もはや音楽として崩壊する」と頭を抱えることもあった。何度もボツの宣告を受け、「もはや元の曲とは違う」というくらい変更を繰り返した。
▽「パパは五輪の曲を書いたんだ」
テクニカルルーティンで演技する日本
そんな日々を送る中で、選手の熱意には心を打たれるものがあった。練習やトレーニングをした後、夜遅くまで動画を編集して変更点を伝えてくれる。「競技を分からないなりに作曲しても、目立たない音をくみ取って振りにつなげてくれたこともある」と感心する。競技そのものにも魅了された。選手の動きを繰り返し見るうちに、「よくこんなに動けるな、こんな美しさがあるのか」と感じるようになった。
ノブさんの曲はパリの会場で日本チームの演技を盛り上げ、支えた。今は子どもたちに誇れる仕事に携われたことの喜びを感じている。「パパは五輪の曲を書いたんだと思ってくれる。選手やコーチが自分を見つけてくれなかったら、得られなかった感動です。唯一無二の仕事でした」
▽可能性は無限大
テクニカルルーティンで演技する日本チーム
アーティスティックスイミングは2018年4月にシンクロナイズドスイミングから名称が変わり、より芸術性が求められるようになった。パリ五輪からは音楽と同様に、振り付けにもプロが本格的に加わった。振付師のカオリアライブさん(47)。ミュージカルやファッションショーなど幅広く活躍している。中島HCから「作品が大好きなんです」とアプローチを受け、チームの一員になった。
カオリアライブさん
「一度会いたい。来てください」と言われ、プールを訪れた。そこでいきなりアドバイスを求められることに。「ただ話をするだけと思っていたからびっくりした」。それでも率直に感じたことを伝えると、「これからも練習を見てほしい」と頼まれ、2022年4月から強化スタッフになった。
最初は悩んだ。「今まではチームのOGが振り付けをしていたと知らされた。競技経験がない自分が、無理な振り付けを言っているんじゃないか」。中島HCにそう伝えると、「知らない人がつくる振り付けだからこそ、トライしてみたい」との答えが返ってきた。
フリールーティンでポーズを取る日本チーム
カオリアライブさんが担ったのは主にプールに入る前の陸上動作。選手を見ていて、足をついて床を押す「立位」のパワーが足りないとすぐに気付いた。いつも水中でのパフォーマンスしているからだ。独自に陸上のトレーニングプログラムを組んだ。選手はみるみる力をつけ、パリでは新たに取り入れた陸上のリフトも見事に決めてみせた。
日本代表は惜しくもメダルを逃した。しかし、カオリアライブさんは「表現力はすごく変わった。だけどまだまだできると思う。可能性は無限大」と語る。試行錯誤の日々を経て五輪を共に戦ったことは大きな喜びだった。「機会があればこの先も強化に関わりたい。もっともっと強い日本にしていきたい」と力を込めた。
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