「ドアを開けたら、くの字になって倒れていた」遺体の第一発見者はヘルパーだった…孤独死を支えきれない訪問介護、その深刻な〝綱渡り〟
47NEWS / 2024年9月18日 10時30分
ヘルパーの中崎順子さん(73)は夏のある朝、いつものように利用者宅を訪れた。この家に住む80代の女性の朝食を準備するためだ。ところが、ドアをノックしても応答がない。普段は扉越しに返事が聞こえるのに。鍵でドアを開けて中をのぞいた。すると、居間に敷いた布団の上で、女性が仰向けに倒れている。顔色が青白い。亡くなっている。
「まさか亡くなるなんて」
すぐに110番し、ケアマネージャーにも来てもらったが、遺体を目の当たりにした精神的なダメージは大きい。女性のためにもっと何かできたのではないかと自分を責める気持ちにもなった。これから警察官に事情を聴かれるはずだが、次の訪問先には間に合うのだろうか―。
訪問介護のヘルパーが、死亡した利用者の「第一発見者」になるケースは少なくない。独居の高齢者が多いためだ。利用者の生活を支えるため、それぞれが懸命に手を尽くしているものの、介護報酬は削減され、人手不足が深刻化。現場は「綱渡り」のような状況という。実際に何が起きているのか。(共同通信=山岡文子)
「この仕事をしていると、つらいこともあります」とうつむくヘルパーの中崎順子さん=2024年9月、埼玉県
▽「できることは何でもやりたい。でも…」
中崎さんが第一発見者となったこの女性には特に持病はなく、デイサービスに通っていた。ただ、認知症が進行して失禁を繰り返すようになり、ペットボトルのふたを開けることもできなくなった。
ケアマネは、遠方に住む息子にショートステイや施設の入所を提案しようとしたが、なかなか連絡が取れない。女性に日々接する中崎さんは、歯がゆさを感じていた。
「ヘルパーとして、できることは何でもやりたいんです。でも本人や家族の了承がないとできないこともたくさんあって…」
最後に訪問した日は暑かった。女性に「水分を取ってくださいね」と呼びかけると「うんうん、分かった」という返事。スポーツドリンクは味が気に入らなかったようで、手を付けていなかった。遺体を発見したのは、その2、3日後だ。
近くの交番から警察官が駆け付けた。この家の状況は交番でも把握していたとみられ、事情聴取は短時間で済んだ。中崎さんは次の訪問先へ。自転車をこぎながら「気持ちを切り替えよう」と自分に言い聞かせる。次の利用者宅に着き、「遅れてごめんね」となんとか笑顔を見せられたという。
女性の死因は老衰だった。息子はやはりすぐに連絡がつかず、遺体は警察署に数日間、安置されたと後で聞いた。中崎さんが以前の事業所に勤務していた7、8年前の話だ。現在は埼玉県志木市の「こころ訪問介護事業所」でヘルパーを続けている。
ヘルパーの中崎順子さん。自転車で訪問先を回る=2024年9月、埼玉県
▽「ただの仕事ではない」
千葉県市川市の「訪問介護事業所愛ネット」でヘルパー業務を統括する行田まなみさん(60)も、担当した約10年前の経験を鮮明に覚えているという。
「ドアを開けたらベッドの下でくの字になって倒れていました」
遺体は80代の女性。たばこを吸い、お酒を飲む人だった。119番すると「心臓マッサージをするのであおむけにしてください」との指示。だが、既に死後硬直が始まっていた。
女性が失禁していたことに気付いた行田さんは、救急隊の到着前に急いでおむつを替えた。「女性だったので。そうしてあげたかったんです」
私服の警察官からは2時間近く事情聴取された。厳しい表情で何度も同じことを質問され、怖さを感じたという。
千葉県市川市の「訪問介護事業所愛ネット」でヘルパー統括業務を担う行田まなみさん=2024年9月、千葉県
当時を振り返ってこう語る。
「亡くなった方は、もちろん他人です。でも短い時間でも人生に関わって生活を支援してきた人です。お付き合いが長くなればなるほど、信頼し合います。ただの仕事ではないんです。ヘルパーさんによって違うかもしれませんが、私は自分の親に接する気持ちで仕事をしています。だからつらかった」
ヘルパーは利用者の死に向き合う機会が少なくない。長年、担当してきた利用者が施設や病院で亡くなったという情報は訪問介護事業所に日常的に届く。在宅でみとりに立ち会うこともある。
「私たちは待ってくれている人の家へ行かなければならないんです。みとりを経験した社員も悲しんでいましたが、やめた人はいません」
訪問介護のイメージ写真(記事内容とは無関係です)
▽事業所の負担大きく
ヘルパーが遺体の「第一発見者」になると、訪問介護の態勢そのものも危うくなるという。首都圏で訪問介護事業所の代表を務めるAさんは、現状をこう説明する。
「訪問時に利用者さんが亡くなっているケースは間違いなく増えています。ヘルパーの負担も大きいですが、事業所の負担も大きいんです」
利用者が遺体で見つかると、事業者は現場に責任者を派遣する。動揺するヘルパーをひとりにできないためだ。警察の事情聴取を長時間、受けることもある。次に予定していた訪問先に間に合わないと判断すれば、代わりのヘルパーを手配しなければならない。しかも、亡くなった利用者に対応する時間は介護に当たらないため、報酬を申請できない。ただ働きになる。
▽報酬引き下げ、増える倒産
訪問介護は現在、危機的な状況に置かれている。国は2024年度の介護報酬改定で、訪問介護の基本料を引き下げた。これにより、特に離れた家やアパートを一軒ずつ訪問する事業所は深刻なダメージを受けている。
東京商工リサーチによると、1~8月の介護事業者の倒産は、介護保険法が施行された2000年以降、過去最多となる114件を記録。うち、訪問介護事業者の倒産は55件に上った。訪問介護が危機的な状況で、懸念されるのが誰にもみとられずに最期を迎える孤独死の増加だ。
1~6月に警察が取り扱った、自宅で死亡した1人暮らしの年代別人数(暫定値)警察庁調べ
▽「見守りの役割は担えない」
警察庁は全国の高齢者の孤独死は今年1~6月、2万8330人だったと発表した。自宅で亡くなった1人暮らしの高齢者3万7227人(暫定値)の76%が孤独死した計算になる。
訪問介護事業所代表のAさんによると、利用者の多くは倒れてすぐに亡くなるわけではない。自力で起き上がることができないまま、生存している人もいる。ただ、長くても1日以内に発見できなければ、夏は熱中症が命取りになり、冬は体が冷え、肺炎になる。死亡まで至らなくても、要介護度が重くなってしまう。
どうすれば孤独死を防げるのか。
「それは生存確認を目的にした『見守り』の徹底です」
最期まで一人暮らしを望む高齢者もいる一方で、経済的な理由から一人暮らししか選択肢がない人も少なくない。
「ヘルパーはどちらであっても支えます。でもヘルパーが足りない。だから見守りの役割は到底担えません」
その役割を担うのは、自治体だとAさんは考える。ICTを活用することで、一定の年齢に達した全高齢者の生存を1日1回確認できれば。「それができれば、孤独死はかなり防げるはずです」
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