究極の観光鉄道 夏の津軽を楽しむ
47NEWS / 2024年9月20日 11時0分
【汐留鉄道倶楽部】この夏、青森を旅行した。東京との往復は夜行高速バスで、青森、弘前、五所川原の三大「ねぶた」(または「ねぷた」)を一気に見るという、やや強行軍だったが、その合間に、以前から興味があった津軽鉄道を体験できた。
津軽には旅人を引き付ける多くの観光資源がある。リンゴ、日本酒、津軽三味線、太宰治、ねぶた、弘前城の桜、竜飛崎、十三湖、そして鉄道もその一つだ。
青森、弘前と回り、五所川原に向かう五能線の新型ディーゼル車内で、さっそく「呑(の)み鉄」を開始。岩木山はあいにく曇って見えなかったが、ボックスシートで「津軽じょんから」という地酒の小瓶を飲み干し、五所川原に着く頃にはいい気分になった。夕方の「立佞武多(たちねぷた)」まで時間があるため、いったん街中に出て、スーパーでホッケの串焼きを買い、津軽鉄道の津軽五所川原駅へと向かった。
この津軽鉄道、全区間は約20キロで、開業は1930(昭和5)年。津軽五所川原の駅舎は築約70年というかなり年季の入ったものだ。切符は懐かしい硬券で、記念に持ち帰ることもできるし、駅の窓口ではお土産として使用済みの硬券のセットやさまざまな「津鉄」グッズを売っている。終点、津軽中里までの往復切符(1740円)を買いホームに向かうと、オレンジ色と灰色のツートンカラーの旧型客車が待っていた。冬にはあの「ストーブ列車」で使われる車両だ。2両編成で、小さなディーゼル機関車がけん引する。
年季の入ったたたずまいの津軽五所川原駅。「風鈴列車」の看板が掲げられる
この時期なのでもちろんストーブは使われていない。代わりに車内にはいくつもの風鈴がつるされ、夏らしさを味わってもらおうという趣向のようだが、走り出すと「キンコンキンコン」というATS(自動列車停止装置)のチャイムのように聞こえた。ちなみに津軽鉄道では「タブレット(通票)閉塞(へいそく)」という昔ながらの列車安全システムが使われている。
乗客は座席が半分埋まる程度で、4人掛けボックスシートを独り占めできた。やがて、機関車の警笛が短く鳴ると、列車はゆっくりと動き出した。
スピードを上げるにつれ、前後左右にかなり揺れるし、何よりも線路の継ぎ目を越える「ガチャン、ガチャン」という音がけたたましい。途中の小さな駅はホームに雑草が生え、車内に目をやれば、シートはつぎはぎが目立ち、車体にもさびの浮きが目立つ。普段乗り慣れている都会の快適な鉄道とは全く別の乗り物だ。
「日本最北の私鉄」の案内板を掲げる津軽鉄道の終点、津軽中里駅
でも、大きく開いた窓から吹き込む風を受け、車窓に広がる津軽平野の田んぼを見ていると、そういうことはどうでもよくなる。地元の人には生活の足でも、旅人にとっては乗ること自体を楽しむ鉄道なのだ。すべてがレトロだが、こんなに楽しい鉄道があるだろうか。
観光列車と言えば、最近JRや大手私鉄各社は、豪華車両でフルコースの料理を食べられるような、富裕層向けの列車を盛んに運行している。だが、そこまで富裕でないわれわれは、窓を大きく開いて地元の焼き魚で冷酒を、あるいは冬のストーブ列車でスルメイカをあぶりながら熱燗(あつかん)を楽しむ、これで十分だし、これに勝る楽しみはない。
お土産用に販売されている使用済みの硬券セット
そんなことを考えているうちに、列車は終点、津軽中里駅に着いた。途中の金木駅は近くに太宰治の生家「斜陽館」や津軽三味線会館があり乗降客も多いが、津軽中里まで乗る人は少ない。閑散とした駅前から15分ほど街中を歩くと、ポツンと小さなすし屋があり、そこでおすしとラーメンのセットを味わい、最近できたという日帰り温泉に立ち寄った後、駅に戻るとディーゼルカー「走れメロス号」がエンジン音を響かせながら待っていた。こちらは冷房も効き快適だが、旅情を楽しむという点では旧型客車の方がいい。
五所川原の「立佞武多(たちねぷた)の館」に展示される巨大な立佞武多
津軽の魅力が詰まったこの鉄道だが、経営は苦しいようだ。津軽五所川原駅には、廃車となった古い車両が並んでおり、実に痛々しい。観光客誘致のため、ストーブ列車や風鈴列車だけでなく、津軽三味線や民謡のライブを楽しめる「津軽三味線列車」、あるいは春から秋に地元の魚や地酒を味わう「呑み鉄列車」など、豊富な観光資源を活用したイベント列車はどうだろうか。津軽五所川原駅に戻る頃には日も暮れて、高さが7階建てにもなるという巨大な立佞武多が街を練り歩くお祭りを楽しんだ。勇壮な祭りも終わり、夜行バスに乗り東京へと帰ったが、また津軽を味わいたい、という気持ちが強くなった。
☆共同通信・古畑康雄
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