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袴田さん58年訴えた「無罪」なるか(上) 9月26日判決、長年死刑におびえ拘禁反応今も

47NEWS / 2024年9月24日 10時30分

自宅で姉ひで子さん(右)と過ごす袴田巌さん=2024年7月、浜松市

 袴田巌さん、88歳。1966年に静岡県で一家4人が殺害された事件で犯人とされて裁判にかけられ、1980年に死刑が確定した。その後も無実を訴えながら長い時間を獄中で過ごし、2014年にようやく釈放された。
 その裁判をやり直す「再審」が、2023~24年にかけて静岡地方裁判所で行われた。判決は9月26日午後2時から言い渡される。
 事件から58年。死刑を執行される恐怖に脅えながら冤罪を訴え続けてきた。長い闘いに、終止符は打たれるのか。(共同通信=柳沢希望、大石亮太、柿沼亜里沙)

▽取り調べ、裁判…刑事司法の課題あらわ


袴田巌さんの再審第15回公判が開かれた静岡地裁の法廷。奥中央は国井恒志裁判長=2024年5月22日午前(代表撮影)


 袴田さんの再審公判で、弁護側は怒りをにじませた。「裁かれるべきは警察、検察、弁護人、裁判官。信じがたいほどひどい冤罪を生み出した司法制度だ」
 弁護士たちもその一翼を担っている、司法制度への激しい批判。その背景には、取り調べから再審に至るまでの長いプロセスのあちこちに潜む、刑事司法を巡る問題がある。袴田さんの歩みは、戦後の司法制度の暗部や矛盾の歴史でもあった。静岡地裁の再審判決が、これらの問題に踏み込むのかどうか、注目される。


 事件は1966年6月、みそ製造会社専務宅で発生した。逮捕された袴田さんは容疑を否認したが、苛烈な取り調べは長時間に及び、やがて「自白」に追い込まれた。録音テープには袴田さんをトイレに行かせず、取り調べを続ける様子が記録されている。「過去の出来事」(捜査関係者)との声もあるが、現在も問題のある取り調べはなくなっていない。
 袴田さんは1966年11月、静岡地裁の初公判で無罪を主張した。検察は公判が始まった当初、袴田さんがパジャマ姿で犯行に及んだとしていたが、事件から約1年2カ月後、みそ工場のみそタンクから見つかった血痕付きのズボンなど「5点の衣類」が犯行時の服装だったと説明を変えた。地裁はその説明を認め、死刑を言い渡した。
 二審・東京高裁の審理では、見つかったズボンは袴田さんがはけないサイズだということが分かったが、高裁も死刑判決を支持した。袴田さんはさらに最高裁に上告したが判断は変わらず、1980年、刑が確定した。


みそタンクから見つかった「5点の衣類」(支援者の山崎俊樹さん提供)

 袴田さんは翌1981年、裁判のやり直しを求めて再審請求した。弁護側は、無罪につながる証拠が捜査機関にあるとみて開示を求めた。だが、証拠開示についての定めは刑事訴訟法にない。検察は当然、弁護側の求めに応じなかった。
 だがその後、2008年に申し立てた第2次再審請求で状況が大きく変わる。検察は裁判所の勧告を受け、約600点を開示した。その中に、取り調べ時の録音テープや5点の衣類のカラー写真が含まれていたのだ。弁護団の小川秀世弁護士は「重大な証拠が隠されていた」と憤る。
 静岡地裁は2014年、開示された証拠などに基づいて実施した5点の衣類に関する弁護団の鑑定を支持して再審開始を認め、袴田さんは逮捕から48年ぶりに釈放された。


自宅で袴田巌さん(手前)の世話をする姉ひで子さん=2023年11月、浜松市(袴田さん支援クラブ提供)

 しかし検察は、再審開始決定に対して不服申し立てすることができる。実際に検察は即時抗告し、「再審を始めるかどうか」についてさらに争われることになった。
 結論が出たのは2023年3月。東京高裁が、5点の衣類について捜査機関側が捏造した可能性が極めて高いと指摘し、ようやく再審が開かれることが確定した。静岡地裁の再審開始決定から10年近く、最初の再審請求からは42年もたっていた。

▽みそ漬け衣類に残った赤み争点に、検察は再び死刑求刑

 再審公判は2023年10月から、静岡地裁で計15回開かれた。再審請求段階と同様、犯行着衣とされるみそ製造会社のタンクから見つかった「5点の衣類」に残る血痕の赤みが主な争点になった。検察は袴田さんの有罪を改めて主張し、死刑を求刑。それに対し、弁護側は「冤罪の経緯解明につながる審理を期待したが、検察は蒸し返しばかり」と非難した。


 長期間の拘束による影響で幻覚や妄想などが生じる「拘禁症状」が残る袴田さんの出廷は免除され、姉ひで子さん(91)が弁護団と共に法廷に座った。約30席の傍聴席を求め、毎回多くの人が地裁前に並んだ。事件は裁判員裁判の対象外だが、検察は市民から選ばれた裁判員に説明するのと同じように審理でスライドを多用した。
 「5点の衣類」は1年以上みそに漬かりながら、赤みが鮮明に残っていた。これをどうとらえるか。再審開始を確定させた2023年3月の東京高裁決定は、「赤みは残らない」とした弁護側鑑定の信用性を認め、捜査機関側が捏造した可能性を指摘した。
 これに対し検察側は再審公判で、専門家7人の「共同鑑定書」を新たに提出し「赤みが残る可能性が否定できない」と訴えた。
 今年3月には検察、弁護側の証人計5人が法廷に並び立ち、質問に答える〝対質尋問〟が実施された。その中では、検察側の専門家の1人が、事件当時の環境の再現は難しいとして、弁護側だけでなく、検察の実験方法に苦言を呈す場面もあった。


袴田巌さんの再審第15回公判で静岡地裁に向かう姉ひで子さん(左から3人目)と弁護団ら=2024年5月22日

 再審や再審請求は、無実証明につながる可能性があり、注目されることも多い。だが、その進め方は担当裁判官に委ねられているのが実情だ。そのため、袴田さんに限らず長びく事件は後を絶たず、手続き中に当事者が亡くなるケースもある。このような状況を変えようと2024年3月、再審に関する法整備を求める超党派の国会議員連盟が発足した。小川弁護士らは不適切な捜査や証拠捏造を断じるとともに、こうした法整備の動きを後押しする判決を期待する。

▽証拠捏造、見つけた支援者は


袴田巌さんの裁判に関する資料を読む藤原よし江さん=2023年10月、浜松市

 「裁判官は証拠を謙虚に、忠実に見て判断してほしい。おのずと巌さんは無罪になるはず」。袴田さんの支援者で、捜査機関による証拠捏造の可能性を見つけた藤原よし江さん(65)は判決を前にこう語る。
 昨年10月から静岡地裁で開かれた再審公判を3回傍聴した。袴田さんが犯人だとする検察の主張は破綻しており、判決で冤罪が晴れるとの思いを強くしている。
 藤原さんは2013年春、友人に誘われて支援を始めた。袴田さんの獄中書簡集に記された、長期拘束にめげず闘う言葉に心動かされ、活動にのめり込んだ。その一貫として1968年9月の一審静岡地裁判決以降全ての判決書などを入手。読み進めるうち、袴田さんが事件で負ったとされた右すねの「比較的新しい傷」に疑問を抱いた。
 逮捕当日の留置場などの記録に記載がないのに、約3週間後になって検査で最大3・5センチの傷が見つかった。傷が記録された日、袴田さんは厳しい取り調べを受け、犯人だと「自白」して「被害者に蹴られた」と供述していた。検察側は、袴田さんが事件当時身につけていたというズボンに付いた傷と、すねの傷が一致すると主張し、控訴審判決で袴田さんの有罪を裏付ける証拠と認定された。
 「絶対におかしい」。藤原さんは矛盾を弁護団に報告。再審開始を認めた2023年3月の東京高裁決定は、弁護側の指摘に基づき「傷は逮捕後に生じ、それに沿うよう自白やズボンの傷が作られたとの疑いを生じさせる」と結論付けた。
 藤原さんは傍聴した再審公判で、袴田さんが有罪だとする立証を続ける検察官の姿に「相反することを都合よく主張しているだけ」と感じた。
 袴田さんが2014年に釈放されて以降、散歩に付き添い、心の中で伝えている。「無罪だと分かっている。もう頑張らなくて大丈夫だよ」


日課の散歩で、買い物をする袴田巌さん=2024年7月、浜松市

 死刑事件で再審無罪となれば戦後5例目だ。袴田さんは再審公判中も、支援者と散歩するなど穏やかな暮らしを続けた。長年支えてきたひで子さんは、今年7月の取材に「巌は無罪だからね。助けにゃいかん」と語った。

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