「亡くなって初めて体が語った」小1女児の全身にはあざが広がっていた 届かなかった訴え「パンチされた」。虐待予兆、2度の保護も救えなかった命
47NEWS / 2024年9月23日 10時0分
愛知県犬山市のアパートで2024年5月、小学校に入学したばかりの島崎奈桜(しまざき・なお)さん=当時(7)=が内臓を損傷するほどの激しい暴行を受けて亡くなった。遺体には全身にあざがあった。
警察は7月、母親(33)と、同居する男(32)を逮捕した。男は奈桜さんを暴行し、母親は体調不良を訴える奈桜さんを放置して、死亡させたとされる。2人は8月に起訴され、今後、裁判が開かれる予定だ。
事件には予兆があった。児童相談所は1年半前から虐待の兆候を察知し、2度にわたり奈桜さんを一時保護していたのだ。そのとき奈桜さんは「(男に)パンチされた」と話していた。だが一時保護はいずれも2~3カ月で解除された。
悔しさをにじませる捜査幹部、対応について考え続ける児相職員―。取材で浮かび上がったのは、自らはっきり証言するのが難しい子どもの被害を見抜くことの困難さだ。(共同通信名古屋支社編集部)
※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。
▽保護しても、得られなかった虐待の証拠
自宅アパートの玄関先に置かれた島崎奈桜さんの名前が書かれた傘=2024年7月、愛知県犬山市
奈桜さんが児童相談所に初めて保護されたのは2022年12月。母親の実家がある岐阜県本巣市から犬山市に転入した約3カ月後のことだった。この時期にはすでに、内縁関係にあった男が2人の住むアパートに頻繁に出入りしていたとみられる。通院時に医師があざを見つけ、児相に通告した。
奈桜さんが児相の聞き取りに「(男に)パンチされた」と話したため、児相は母親と男を別々に聴取。2人は互いの関係を「育児の手伝いをしてもらっている」「手伝いをしている」と説明したうえで、暴行を明確に否定したという。
その前月に、奈桜さんは救急搬送されていた。男と入浴をしている最中に溺れたためで、一時は呼吸が停止する状態だった。男は「振り向くとお湯の中に沈んでいたので、すぐに助け出した」と説明していた。
2022年12月の一時保護について、児相は、母親の安全管理が不十分であざができたと結論づけて、男が奈桜さんに会わないことを前提に翌2023年3月に保護を解除した。
しかし、わずか19日後に「左あごに小さなあざ」と保育園から通告があり、再び保護。ほかに耳のやけども確認されたが、母親は「(奈桜さんが)ドライヤーを当て続けてやけどした」と説明した。その後、警察、検察、児相の三者が協力して行う聞き取り「司法面接」を実施したが、その際も具体的な虐待の証言は得られなかった。児相は6月、再び母親の不十分な安全管理が原因だったと判断し、2度目の解除となった。
児相が保護した期間は2022年12月~2023年3月と2023年4月~6月だった。
通っていた小学校の校長によると、奈桜さんはほぼ欠席せずに登校していたという。
奈桜さんを知る上級生の中には「右頬にあざがあるときがあった」と気付いていた児童もいた。ただこの児童も「怖くて」言い出すことはできなかったという。
▽把握できていなかった実態
事件を受けて行われた児童相談所などの記者会見=2024年7月、愛知県庁
児童相談所は2024年7月、2人の逮捕を受けて記者会見を開いた。「相談支援を行っていながらこのような事案が発生し、事態を重く受け止めている」と謝罪した。その上で、保護を解除した主な理由を説明した。
・複数回の聞き取りでも、母子を引き離したままにしておくべき根拠が出てこなかった。
・奈桜さんが「家に帰りたい」と何度も主張し、時に泣き叫びながら児相職員に抵抗した。
・母親からのけがの報告を関係機関と確認したが、矛盾はなかった。
児相は2度目の解除後には母親と8度、面談を実施した。そして、けがをした場合は転倒といったケースでも逐一電話で報告し、経緯を説明するよう指導した。
実際に母親は指導に従い、児相に報告していた。後に児相は保育園や医療機関と照らし合わせて確認をしたが、傷の状態は説明と矛盾しなかったという。
一方、児相が把握できていない実態があったことも明らかになった。男は奈桜さんと接触しないと約束していたのに、引き続き3人で生活していたのだ。児相は住民票の登録が異なっていたことや、当初本人たちが同居を否定していたことなどを挙げて釈明した。男と面談できたのも最初の保護後の1度だけだったとした。
担当者によると、保護が通算で5カ月にも及ぶケースはまれだという。期間が示すように、児相内でこの件は「最重要度に近いもの」として扱っていた。それでも、事件は起きてしまった。
担当者はこう話した。「奈桜さんを守るのにあの対応(保護解除)以外の何かがあったのか。考え続けている」
西沢哲さん
社会福祉法人「子どもの虐待防止センター」理事で山梨県立大の西沢哲特任教授は、今回の児相の対応を「重大な出来事が軽く評価され、見過ごされた可能性が高い」と指摘する。
西沢さんは、子どもが本当のことを話さなかったり、医師が虐待の兆候を見落としたりする可能性があることを考慮する重要性を主張。これらの可能性を踏まえていれば最悪のケースを防げていたかもしれないとする。「別のストーリーも考えて調査をするのが児相の使命。母子の証言をうのみにしていたとすれば、素人判断だと言わざるを得ない」
▽スマホに残されていた画像
奈桜さんが死亡したわずか3日前にも母子は児相と面談し、手をつないで帰る姿を確認されていた。それから間もなくして、奈桜さんは男から激しい暴行を受けたとみられる。母親と実家に帰省中に意識不明となり、命を落とした。119番したのは母親だった。
遺体の全身に広がるあざを確認した医師が岐阜県警に通報した。情報共有を受けた愛知県警は「要保護児童」の死に、真っ先に母親と男の関与を疑い、裏付けを進めて逮捕した。
ある捜査関係者は「7歳の子どもが内臓を損傷するというのはめずらしい所見で、腹部に人為的な強い力が加えられたことは明白だった」と振り返る。
愛知県警が押収した母親のスマートフォンには、あざのある奈桜さんの画像が複数残されており、それらの撮影時期は異なっていた。また、事件前に男とLINE(ライン)で交わした、あざに関するやりとりもあった。暴行が繰り返されていると推測させるのに十分な内容だった。
逮捕翌月の2024年8月、名古屋地検は2人を起訴した。起訴状によると、男は5月25日、自宅で奈桜さんの腹部を拳で複数回殴って外傷性十二指腸裂傷を負わせ、母親は腹痛を訴え嘔吐を繰り返していた奈桜さんを放置し、死亡させたとしている。
捜査関係者によると、男は警察の捜査段階で容疑を認め、しつけのつもりで行為に及んだとの趣旨の供述をしていたという。
▽事件化の壁
捜査当局が子どもの被害を推察できても、証言がないと事件化が難しい場合も少なくない。
警察、検察、児相で協力して行う司法面接ではまず、暗示や誘導をせずに、うそは言わない、分からないことは「分からない」と言う、といったことを理解してもらうよう徹底する。
その理由について、ある捜査幹部はこう解説する。「司法面接では、最初は『これは何?』『あれは何色?』というような『イエス・ノー』じゃない質問をして、自分の言葉で話せるようになってから進める。言わせたのではなく、自分から話すものほど説得力がある」
ただ今回、別の幹部はこうも話した。「我慢強い子は、口止めされて言えないこともある。今回、亡くなって初めて体が語った」
そして、奈桜さんの胸中を推し量った。「一緒に過ごしていると楽しい、良い家族のときもきっとあったはず。離れたくない気持ちが強く、申告をしなかったのだと思う」
第三者委員会の第1回会合=2024年8月、名古屋市
関係機関が予兆を把握しながらも、悲しい事件を防ぐことはできなかった。愛知県は、弁護士や医師らで構成する第三者委員会を設置。対応に問題がなかったかどうか、検証を急いでいる。
(取材=岸本靖子、小田原知生、諏訪圭亮、星野遼太郎、首藤瞬、中野湧大)
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