人生は自分で決め、自分で歩くもの」偶然の出会いを成長につなげたてきた元ラグビー女子日本代表の玉井希絵さん【働くって何?③】
47NEWS / 2024年10月1日 10時0分
女子ラグビー元日本代表の玉井希絵さん(31)は2023年、世界最高峰のラグビーリーグに挑戦するためイングランドに渡った。日本だと「30歳になったらそろそろ引退だよね」との声も聞こえ始める。だが、イングランドでは出産後や、ほかの職業につきながらプレーを続けられる環境があると聞き、自らその世界に飛び込んだ。
偶然の出会いを成長につなげてきた玉井さん。「とにかく一度はやってみる」という気持ちを大事にしてきた。選手生活の集大成となるイングランドでは引退後を見据え、他の選手のモデルとなるようなセカンドキャリア像も模索している。(共同通信=宮毛篤史)
▽高校はバスケ部、先生の一声が転機
玉井さんは三重県松阪市の出身。父は教員で高校野球の監督、母はヒップホップのダンサー、兄は高校球児というスポーツ一家で育った。
高校3年間はバスケットボール部だった。部活を引退し、関西学院大への推薦入学も決まって暇を持て余していたとき、廊下ですれ違ったラグビー部の先生から声をかけられた。「女子のトライアウトがあるから行ってみいひんか?」。将来有望な選手を育成するための選考会に誘われた。
ラグビーボールに触ったことすらなかったが返事した。「その日、空いてるから行きます」。会場は日本ラグビーの聖地・花園。周りはほとんどが経験者だったが、バスケ部を引退したばかりで「体力が一番ある時」だった。
持久力には自信があり、ボールを投げたり取ったりすることにはバスケの経験が生きた。結果は合格。参加者には、その後、日本代表のチームメートになる左高裕佳さんらがいた
▽ファミレスで面会、そのまま入部
選考会に合格した選手を集めた強化合宿が毎月開かれ、現役の日本代表選手と交流し刺激を受けた。教えは厳しかったが「このレベルの選手でも基礎を大事にするんだ、準備運動を大事にするんだということが分かって勉強になった」
大学入学後は、キャンパスライフに憧れてダンスとラグビーのサークルを掛け持ちした。ラグビーは男子チームのマネジャーで「人数が足りない時に入ることがあった」という程度。学校外で女子ラグビーチームに所属したが、練習は週に1回だった。
大学1年が終わろうとしていた時、故郷の三重で強化合宿が開かれた。地元高校の監督と父親が知り合いで、一緒に食事に行った。その監督にラグビーサークルに入っていると伝えると「せっかく関学におんのにもったいない。オレが連絡したるわ」と言われ、その夜のうちに関学の関係者に電話で紹介してくれた。
関学のラグビー部は創部100年近くの名門。翌週、部のヘッドコーチと大学近くにあるファミリーレストランで会った。入部を希望すると、「本気なら」と条件を出された。「やめとく、やらへんというのはもともと好きじゃない。やります」と応えた。
練習場でインタビューに応じる玉井さん=2024年6月、ロンドン(共同)
▽「男と仲良くなりたくて入ったん?」
その足で練習場に赴き、100人以上いる部員の前に出され「自己紹介」と短く言われた。あいさつすると、みんな知らなかったようでざわついた。マネジャーを除くと、女子部員は玉井さんだけ。練習前の自由時間も独りぼっちで「声をかけてくれるかなと思ったけど全然ダメ。最初の1、2カ月は本当にやめたかった」と言う。
「どうしたらええんやろ」と友人にこぼしたところ「あんた男と仲良くなりたくて入ったん?」と言われて「がーんて頭を打たれた」。「ラグビーがうまくなりたくて入った。話しかけられるとか、どうでもええ」。気持ちを切り替え練習に向かった。姿勢の変化を周囲も見ていて自然と会話が増えた。
大学3年生の時に挫折を味わった。目標にしていた2014年フランスW杯の日本代表からぎりぎりで落選した。大学でヘッドコーチを務めていた元日本代表アンドリュー・マコーミックさんに相談したところ「頭を冷やしに、ニュージーランドに行ってみたら」と言われた。就職活動真っ盛りの時期だったが、大学4年生の5月から8月までニュージーランドで過ごした。
▽教師とラグビーの両立は「中途半端」
強豪国ニュージーランドではラグビーが日常に溶け込み、肌に合った。小学生の時から英語を習い、海外生活へのあこがれもあった。「日本に戻ったらお金をためて、またニュージーランドでラグビーをしながら生活しよう」。そう考えて日本で教員免許を取得し、地元・三重県の中学校で教えた。
同じころ、三重で社会人チーム「パールズ」が発足し、チームに入った。中学2年の担任を受け持ちつつ、週2~4回の練習。「1日24時間じゃ足りないぐらい頑張ったんですけど中途半端になった。どっちも成功しないと思い、教員2年目の1月に校長先生にやめますと伝えた」
校長は驚いた様子で「自分の娘やったら反対する」とあきれられた。周囲の反対も押し切り、自らの意思で退路を断った。
社会人チームのスポンサー企業に移り、毎日午前9時から午後2時まで働き、その後はラグビーに集中。恵まれた環境が整い、念願の日本代表に選ばれた。
アイルランドに初勝利し、喜ぶ日本代表。手前はうなだれるアイルランド代表=2022年8月、秩父宮
▽落ち葉拾いで転職を決意
その一方で、葛藤を抱えていた。代表の合宿で1、2カ月不在にすることもあり「会社もどういう仕事をさせたらいいのか難しかったと思う」と振り返る。資料をコピーしたりシュレッダーにかけたりといった単純作業が多かった。
ある時、やることがなく、上司に「何かできることがありますか?」と聞いた。「落ち葉がいっぱいやったから掃除して来て」と言われ、落ち葉を拾いながら考えた。「自分はこのままでいいのか。引退したら、その後のキャリアをどうするのか」
東京五輪に向けて人材サービスのパソナグループが女性アスリートのキャリア形成を支援していると知り、転職を決めた。「自分が競技を続けながら活動すれば、他のアスリートにもいい影響があるんじゃないか」と思った。
入社後、名古屋に配属された。「自分自身を広告塔としてメディアとの関係づくりをする」というミッションを与えられ、新聞社やテレビ局に売り込みをかけた。パソナ社員としてラグビーに打ち込む活動ぶりを記事や番組で取り上げてもらい、社会人としても成長した。
▽子どもを育てながらプレーできる!?
2022年、ニュージーランドで開催されたラグビーW杯への切符を手にした。本大会では1次リーグで敗退したものの、大会前の国際試合でアイルランドや南アフリカ代表に勝利するなど手応えを感じた。ただ、強豪のニュージーランド代表には95対12と大敗し、力の差も感じた。「世界のトップチームには歯が立たず、こんなに差があるんやなと思った」
そうした時、世界トップクラスのイングランド代表選手と話す機会があり、その競技環境を聞いて驚いた。
試合会場には観客が詰めかけてビジネスとして成り立ち、プロ選手もいる。医者をしながらプレーする選手がおり、子供を産み育てながら続けられる環境があると言われ、「何それ!」と衝撃を受けた。
日本と何が違うのかを知りたいと思い、2023年にロンドンの「イーリング・トレイルファインダーズ」に移籍した。「日本だと30歳になったら結婚のためにそろそろ引退だよね?みたいな雰囲気があって居心地の悪さを感じていた」ことも背中を押した。
ボールを持って対戦相手の先週とぶつかり合う玉井さん=2024年2月、ロンドン(玉井さん提供)
各国の代表クラスが集まるチームはレベルが高く、ベンチを温める時間も長い。ポジションも変更して「1年目は環境に慣れることで必死だった」。だが、そうした環境でもまれ、一回りたくましくなった。
2年目の今シーズンからは、日本の高校生に相当する「カレッジ」の女子寮に住み、コーチとして学生を指導する。「選手としてプレーするだけでなく、世界最高峰の育成プログラムと選手の意識を学び持ち帰りたい」と話した
× ×
玉井さんは偶然の出会いや恩師のアドバイスを受け入れて成長してきたが、周囲に言われるがまま流される人生を歩んで訳ではない。譲れない、譲りたくない局面では強い意志を貫き、新たな道を切り開いてきた。インタビューを一通り終えた後、自らの経験を基に若い人へのメッセージをお願いした。
「人生は自分で決めて自分で歩くもの。決めたことが並外れたことであっても、その先に誰も見たことがないような景色があると思って歩んできた。いろんな声や道があって迷うこともあると思うけど、自分にしかできない人生をつくっていってほしい」。その表情は晴れやかだった。
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