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卒業式前日に教員から性被害を受けた女性。「普通の学生生活を過ごしたかった」

47NEWS / 2024年10月3日 10時0分

自身の体験を話す石田郁子さん=2024年3月

 札幌市出身の写真家石田郁子さん(47)は、中学時代に慕っていた男性教員から受けた性被害の経験について、実名で取材を受けている。まだ恋愛経験や性の知識があまりなかった当時は「好きだから」と行為を正当化する教員を拒否できなかった。先生が悪いことをするはずがないと思っていた。
 石田さんは教員による性暴力をこう断罪する。「恋愛対象に見えたとしても、先生は子どもを守る立場で絶対に許されない。子どもにどんな残酷な影響を与えるか考えていない自分勝手な犯罪行為だ」
 今年6月、子どもに接する仕事に就く人の性犯罪歴を確認する制度「日本版DBS」の創設法が成立した。石田さんは「一発アウトというメッセージになった」と期待を寄せつつも、対象となる職種や犯罪をもっと広げてほしいと考える。自分と同じ思いをする人が、これ以上増えてほしくないと強く願う。(共同通信=稲本康平)

 ▽不意打ち

 それは中学校の卒業式の前日だった。美術教員の男性から「美術展のタダ券があるから」と誘われ、ついて行った。冗談を明るく返してくれ、面白い先生だという印象を持っていた。観覧後、車で連れて行かれたのは駅ではなく、相手の自宅。その時思ったのは「私がおなかが痛いと話していたので、休ませてくれるのかな」。先生は保護者のように安心できる存在だった。
 作ってもらった温かいうどんを食べ、一緒に画集を見終えて雑談をしていると、いきなり口が近づいてきた。最初はスローモーションのように感じた。何もしないと口がつく。とっさに手で押しのける。「冗談だと笑うんだろう」。最後まで信頼していたが、相手は「好きなんだ」と言って一方的にキスをしてきた。不意打ちだった。恐怖や嫌悪感を含め何も感じなかった。ただ、起きたことを受け止め切れなかったのか、過呼吸になった。
 卒業後、呼び方は名字から「郁子ちゃん」に変わり、休日も呼び出された。美術準備室の床に敷いた段ボールの上で、キスされ、胸を触られた。「愛している」と言われると、先生は悪いことをしようとしているわけではない気がする。性被害だと疑うことはなかった。


教員とドライブで湖を訪れた高校3年の石田さん(提供写真)

 高校生になって性的な行為はエスカレートしていった。シルバーや白の車で海水浴場や、山登りに連れて行かれ、その先でも被害を受けた。自分とって爽やかなイメージがあったものが、嫌な思い出として残った。
 「結局どれも、私がしたかったことじゃない。もう判断できない。それがどういうことかも分からない。でも愛していると言うから、せざるを得なかった」
 相手と会う前は「今日は何が起こるんだろう?」とどんよりした気持ちだった。おしゃれをしてとか、楽しみというのではない。「人間は嫌だって思い続けたら生きていけないから、私の場合はまひしたんです」。性被害は大学2年の19歳まで5年間続いた。

 ▽不調


石田さんのスケッチブックに描かれた加害男性のスケッチ

 親や友人に言えないことをしている自分に罪悪感を持ち続けてきた。性被害を受けた当時は、絵をたくさん描くことで、あえて学生らしい振る舞いをしていた。「自分の人生を壊されたと考えるとつらいから、そうは捉えない。でも被害がなかったら、楽しく普通の学生時代を過ごせたかもしれない。もっと生きやすかったかな」とやるせなさをにじませる。
 精神的な混乱で体調不良にさいなまれた。高校では休み時間も同級生らと話さず、被害のことを考えないよう勉強に没頭した。アトピーを発症し、胃腸の不調も続いた。
 大人になってからも人との距離感が分からなくなり、30代半ばごろまで、異性との接し方、恋愛や性的なことに対する自分の価値観で悩み続けた。「被害が自分の人生に長く、大きく影響してきたと思うと本当に悔しい」

 ▽訴え

 転機となったのは2015年5月に傍聴した裁判だ。養護施設に通う少女に、職員が性的行為をした事件だった。少女と被害当時の石田さんの年齢が同じで、施設職員も「恋愛だった」と弁解。自分が受けたのは性被害だったと認識した。
  「悪いことをした人が先生をしているのはおかしい」。その年の12月、教員を訪ねた。相手は、自分の行為が石田さんの人生に及ぼした影響について謝罪の言葉を口にしたが、こうも言った。「悪いことと分かっていたが後悔したくなかった」
 石田さんには到底、受け入れられなかった。「好きだからというのは、私にとって言い訳であって、当時の私の人格や意思を無視した行動は許せない」
 その後の民事訴訟で、再会時に石田さんが録音した音声が証拠となり、2020年12月の東京高裁判決は性的な行為があったと認定。相手は懲戒免職処分となった。
 裁判の後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、記憶のフラッシュバックに数年間苦しんだ。ずっと自分を否定し続けてきた。自傷行為に至ったこともある。「屈折してよくここまで戻って来られたというのが正直なところだ」


現在はカメラマンとして働く石田郁子さん=1月、東京都新宿区(柴田正晃さん撮影)

 相手の懲戒免職が決まってから症状は完全に治まった。現在はフリーのカメラマンとして、学生の行事やスポーツを撮影。各地に遠征した際に集めているご当地のキーホルダーの話では、笑顔があふれていた。前向きに日々を送っている。
 実名と顔を隠すことなく、被害を社会に訴えた石田さん。周囲から「なぜ今更」と冷たい言葉もかけられたが、被害を世に知らせたいと強く思った。
 石田さんは、教員と生徒という関係の中で性被害が起きた場合、弁護士ら外部人材による第三者委員会の調査が必須だと考える。「発覚しても教育委員会や学校が適切に対応せず、加害教員が教育現場に居続けている」

 ▽取り組み


石田郁子さん=2024年3月

 自身の被害を踏まえ、教員の性暴力を社会に問い続けてきた。2020年に2度アンケートを実施し、性暴力被害に遭った人の声を集めた。2023年には子どもへの性暴力防止に取り組む団体「Be Brave Japan」も設立した。
 今年6月に成立した日本版DBS創設法を巡っても、より厳しく取り締まるよう要望書を政府に提出した。
 制度では、学校や保育園、幼稚園などに、仕事に就く人の性犯罪歴の確認を義務づけ、学習塾やスポーツクラブなど民間事業者は国の「認定制」となっている。
 石田さんにとっては、評価できることと改善してほしい点がある。まず大きく評価できるのは、雇用主側に、今後採用する人だけでなく、現職についても犯歴の確認が義務づけられている点だ。一方で、懲戒免職や、示談によって不起訴となったケースなどが対象の犯歴に含まれていないことについては「このままでは中途半端な法律で終わってしまうので、さらに拡大してほしい」と話す。政府は施行から3年後に見直すとしており、大きく改正されることを期待している。
 より実効性が高まり、自分と同じような被害者が出ないことを心から祈っている。

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