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人口800人の村で暮らすトランスジェンダーのリアルライフ 「あんたはええ人じゃ」100歳の親友と家族、支え合い頼り合い

47NEWS / 2024年9月27日 10時0分

臼井崇来人さんが暮らす岡山県新庄村=2024年8月

 トランスジェンダーの臼井崇来人(うすい・たかきーと)さん(50)は妻の幸さん(46)と中学3年の息子と暮らす。サルナシ栽培など農業を営む岡山県新庄村は、人口約800人。中国山地が広がる鳥取との県境に位置する、空気が澄んだ緑豊かな村だ。


キウイと似たフルーツ「サルナシ」を紹介する崇来人さん=2023年7月(本人提供)

 崇来人さんは、生殖能力をなくす手術を受けていないため、性別変更を認められず、最高裁まで争った末に2019年、訴えを退けられた。LGBTQを巡る社会情勢の変化を受けて、最高裁は2023年、判断を変更した。2024年2月、女性から男性への性別変更を認められた崇来人さんを支えたリアルライフは…(共同通信=北野貴史)

▽「あんたはええ人じゃ」

 崇来人さんの村一番の親友は、2025年2月に100歳を迎える笹野清子さん。農作業の合間にお茶や散歩をする仲だ。人間関係やバッシングに悩んでいたある日、笹野さんから「あんたはええ人じゃ。お天道様は見てなさるでな」と声をかけられた。


笹野さんと話す崇来人さん=2024年5月

 「自分のことを理解してくれる人が1人でもいたらこんなに救われるのか」
 崇来人さんは痛感する。

 「人は年齢や性別じゃねぇけぇな。臼井さんとは心が通うとるわけ。とってもとっても大切な存在ですわ」
 笹野さんは思いをにじませた。

▽村との出合い

 崇来人さんは3歳のころから、心の性と社会に与えられる性に違いがあることを自覚。買ってもらう衣類やおもちゃは赤色や花柄といった「女の子らしい」ものが多く、児童館の劇では看護婦の役をあてがわれた。成長するにつれて性への違和感は増した一方、「社会に馴染むために、女子として生きなければ」という強迫観念も強まったという。
 大学生時代、地域の自然や文化に触れる体験型観光「エコツーリズム」を学びに中米コスタリカへ。1950年代、アメリカで徴兵を拒否したクエーカー教徒らが入植した町モンテベルデには、その信条から自然を保護しながら生活を営む伝統が残る。手つかずの森林に入ると鳥や虫の鳴き声が響き渡り。ガイドが常に野生のナマケモノの居場所を把握するほど人間と自然の距離が近かった。
 1999年に帰国後、偶然仕事で新庄村を訪れた。朝は野鳥の声で目覚め、夜はカエルの声とともに眠る生活。春になれば宿場町の「がいせん桜」並木が県内外の花見客で賑わい、秋には特産のもち米「ヒメノモチ」の黄色い稲穂が風に揺れる。「日本のモンテベルデ」「ここはエコツーリズムのメッカになる」。そう感じたという。
 直感を信じ、エコツーリズムのプログラムを企画するため、2010年に新庄村に移住した。


花見客で賑わうがいせん桜並木=2024年4月

▽「大正解」なカミングアウト

 「自分や他人に嘘をつきながらぎりぎりのラインで生きていた。これからは自分に誠実に生きたい」

 40歳の誕生日を迎えた2013年10月、自身のフェイスブックでトランスジェンダーであることを打ち明けた。
 フェイスブックでのカミングアウトは「清水の舞台から飛び降りたような感覚だった」という。温かい言葉をもらった一方で、新庄村の住民から「自分は認めない。あなたを男性だとは思えない」と言われたこともあった。「当時は性同一性障害のことを理解している人はほとんどいなかったと思う」と推察する。
 その翌年に、岡山市の自然食品販売会社で働いていた幸さんに仕事を通じて出会った。「声のトーンは高いけど、短髪でボーイッシュな人だと思っていた」。幸さんはホルモン治療を受ける前の崇来人さんの初対面の印象をそう語る。
 幸さんに直接カミングアウトしたのは対面2度目。別のマイノリティの知人らと話している中で打ち明けた。

 「体は女性型だけど、心は男性。だから男性として生きていきたいんだ」

 そう話した崇来人さんに全く悲観的な様子はなかったと幸さんは振り返る。幸さんはLGBTQについてほとんど知らなかったが「トランスの人に対する印象が根付いた。タイミングも方法も、大正解なカミングアウト」と受け止めた。
 崇来人さんも「自分のことを説明しないと、相手はどう扱えばいいのか分からないし、自分の望まない扱われ方をされてしまうこともある。渋っていると後々修復にエネルギーを使う」と説明する。

▽家族の存在

 崇来人さんが新庄村で「男性」として生きる大きな助けになったのは、家族の存在だ。2016年3月、パートナーとなった幸さんが、前夫との息子が小学校に進学するタイミングで新庄村へ移住。一軒家での3人暮らしが始まった。


息子と3人で夕飯を食べる臼井さん夫婦=2024年5月

 家では2人から「たかきーと」と呼ばれることが多い。旧名の「たかこ(takako)」と、スペイン語圏で男性の愛称として語尾に付けられる「イート(ito)」を組み合わせた「崇来人(takaquito)」が海外でのニックネームで、戸籍名にも選んだ。
 はじめは父親だと思われているのか気にかけていたという。しかし村人と家族について話すときは、家族からも、村人からも、次第に「お父さん」と呼ばれるようになった。それまでの「たかきーと」、「臼井さん」という中性的な呼称が男性的なものに変わり、うれしさを覚えた。


 2016年3月に戸籍上は女性のまま、婚姻届を提出した。続柄の欄は「長女男」とし「私は女性ではない」と主張する文書を添えたが、「女性同士の婚姻は不適法」として受理されなかった。「やっぱりな」とも思ったが、「指をくわえるより、悔いが残らないようにやれることはやろう」と決意した。
 崇来人さんは訴えの場を法廷に移し、家庭裁判所に性別変更を申し立てたが認められず、最高裁まで争うことに。社会を変えようとメディアで訴えるたびに、「手術なしで性同一性障害を名乗るな」などとネット上でバッシングや偏見による差別を受け、家族への風当たりも強まった。

▽リアルなフィードバック

 2019年、最高裁でも申し立ては退けられた。「もういいかな思ったこともある。ネット上は妄想の世界。相手のことを知らずに正当な意見は言えない。人間関係がより希薄な都会も、SNSと似たような偏見が生まれやすいのではないか」と崇来人さんは語る。
 新庄村では、良くも悪くも日常的にフィードバックがある。「おねえさん」、「おばちゃん」と呼ばれることはその一例。「悪気があって、女性的な扱いをする人はいない。でもそうされる度、心の中でため息が出る」とこぼす。
 その一方で、「この人はなぜそう言ったのか」と考える。相手の価値観、自分の態度、周りにいる人の属性などを振り返ることで、発言を受け入れられるという。「相手や自分の態度を変えたいと思うのではない。それぞれの現在地を確認することで、よりリアルな存在だと感じられる」と話した。
 2023年には性的少数者をめぐって理解増進法が施行され、戸籍上の性別の変更について、最高裁が性同一性障害特例法にある生殖能力をなくす手術を事実上求める規定を違憲、無効と判断した。
 最高裁の判断は大きく報道され、同様の裁判を過去に起こしていた崇来人さんにも再び注目が集まったが、村での生活は変わらなかった。
 滝川生夫さん(84)と美雪さん(83)夫婦は、「法律のことはよく分からんけど、テレビや新聞に出るってことはえらいことをしたんだなと感じた」と振り返る。崇来人さんは性同一性障害などについて説明したことはない。それでも滝川さんは崇来人さんに語りかける。

 「男だ女だいうこと関係なしの付き合いじゃから。自分の気持ちだけのことじゃけ、違和感も不具合もねえな」


滝川さん夫婦と談笑する崇来人さん=2024年5月

▽「新婚生活」

 崇来人さんは、2024年2月の性別変更を経て、翌3月に幸さんと入籍した。祝福は、一度も話したことのない村人からも寄せられた。戸籍上は女性として婚姻届を提出し、不受理となってから8年が過ぎていた。
 結婚から3カ月を前にしたある日、崇来人さんに「珍しいヘビを捕まえた」と知り合いから電話が入った。は虫類好きの幸さんとともに、現場に直行する。捕獲されたのはシロマダラ。夜行性で人目に触れることが少なく「幻のヘビ」とも称される。「かわいいし会えてうれしい」と幸さん。のどかな日常が垣間見えた。


シロマダラと幸さんの写真を撮る崇来人さん=2024年5月

 生活はほとんど変わらない。共働きの核家族。夫婦は登校する息子を見送った後、朝食をとり、それぞれの職場へ出かけていく。息子が家事を手伝い、夕食は3人揃って食べる。息子の進路に期待と不安が膨らむ日々だ。
 崇来人さんが「家族」を感じる瞬間は、毎日顔を合わせて小さな変化に気づいたとき、家事の分担など支え合っているとき。そして相続について考えるときだ。息子にどんな財産を残せるだろうか。親族の遺産をどのように受け継げばいいか。崇来人さんは「これでいつ死んでも大丈夫」と冗談交じりに話す。

 「自分も周りもありのままに受け止め合えて、毎日を朗らかにのびのびと過ごせたら幸せです」

 崇来人さんが40歳のカミングアウトの際にフェイスブックに記した言葉だ。
 あっという間だったような、すごい昔のような―。歩んだ道のりを振り返り、いま、当時の自分にこう語りかける。

 「自分に素直に生きること。自分がどう生きたいのかがはっきりすれば、理解と支援の輪が生まれ、次第に自分の周りから社会が変わっていく。君は間違っていない」


8年越しに婚姻届を受理された崇来人さんと幸さん=2024年3月

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