トランスジェンダーの「リアル」を伝える映画。「自分を隠して生きていた」と語る監督の軌跡
47NEWS / 2024年9月25日 11時0分
生まれた時に割り当てられた性別と性自認が異なるトランスジェンダー。当事者や周囲の人々を描く作品を集めた「トランスジェンダー映画祭2024秋」が、9月27~30日にオンラインで開かれる。上映作品の一つが、複数の当事者らが製作した「鏡をのぞけば~押された背中~」だ。
昨年6月以降、全国各地の学習会などで上映されてきた。交流サイト(SNS)でトランスジェンダーへの誹謗中傷が相次ぐ中で、「当事者のリアルな姿を伝えたい」と撮影された。
監督を務め、自身も出演した河上りささん(41)=兵庫県淡路市=は、「多様な性が当たり前の社会になってほしい」との願いを込めた。かつては「自分」を隠して生きていたという河上さん。製作までの軌跡を追った。(共同通信=小川美沙)
▽リアリティー
映画の一場面=「鏡をのぞけば~押された背中~」製作委員会提供
映画は30分の短編。舞台は、カフェに設けられた占いコーナーだ。ある客は占い師に「自分はトランス女性」だと打ち明ける―。リアリティーある作品で、周囲から理解されず、葛藤する当事者の苦悩を表現している。
今年6月、新潟市内のバーで開かれた上映会で、河上さんは参加者にこう呼びかけた。「実は(性的少数者は)身近にいることを忘れないでほしい」
▽誰よりも性別にとらわれていた
河上さんは大阪府で生まれ、物心ついた頃から性別に違和感があった。18歳で働き始めたショーパブで、先輩から「どんなに装ってもしょせん、女じゃない。自覚しなさい」と言われた。受け入れられず、性別適合手術を受け、過去の自分を隠して生きてきた。
約5年前、友達との口論が転機になった。河上さんは、トランス女性が適合手術を受けることも、男性を好きになることも「当然」と考えていた。友達は衝突しながらも根気強く向き合い、性の在り方は多様だと教えてくれた。「性別にとらわれていたのは誰よりも私自身だった」
気づきは行動につながった。さまざまな生き方をありのままに伝えたいと、各地の当事者らを訪ね、動画投稿サイト「ユーチューブ」で配信。いろんな人に出会い、語ることが「当たり前」になっていった。
▽相次ぐヘイト、当事者のリアルな姿を
冊子「トランスジェンダーのリアル」
2018年、お茶の水女子大がトランス女性の受け入れを発表して以降、トランスジェンダーへの攻撃的な言説が顕著になった。SNSには誤解や偏見に満ちたヘイトの投稿が続いた。背景には、当事者のリアルな姿や、実際の生活を知る機会が少ない現状があるとみられる。
こうした流れの中、2021年、河上さんを始め、当事者らが冊子「トランスジェンダーのリアル」を作成した。希望する自治体や学校に配布している。河上さんは、夫と犬2匹との淡路島での穏やかな暮らしを手記にしてつづった。
冊子の製作仲間と話すうちに持ち上がったのが、映画製作のアイデアだった。プロジェクトが始動したのは2022年6月のことだ。
▽言葉のやいば、心に深い傷
映画の一場面=「鏡をのぞけば~押された背中~」製作委員会提供
2023年6月、映画は東京都内で初上映された。ちょうど同じ頃、LGBTなど性的少数者への理解増進法が施行された。理解を広める施策が進むと期待したが、言葉のやいばを向ける人は後を絶たず、多くの当事者たちが心に深い傷を負っている。
性的少数者は偏見や差別によって孤立し、追い詰められてしまう人も少なくない。河上さんの知人にも、自ら命を絶った人が複数いる。
「これまでの社会は、『普通』とされる多くの人たちと同じように生活できる環境を、性的少数者に用意してこなかった。『いない者』にした」。だからこそ思う。「理解増進では足りない。差別禁止をはっきり打ち出すべきだ」
▽権利を与えるのではなく、返す
今年3月、河上さんはあるニュースに心を強く動かされた。タイの国会下院で「結婚平等法」が可決され、同性婚が認められる見通しとなった(その後、上院でも可決し、国王も承認)。記事に引用された下院・委員会委員長の言葉に、涙が止まらなくなった。
「この法律は、このコミュニティ(性的少数者)の人々に権利を与えるものではなく、権利を返すものだ」
抱えてきた葛藤がはっきりと言語化された。日本社会でも、「いない者」とされてきた人々にスポットライトを当て、権利を返していく動きが必要だ。
現在は2作目の映画を構想している。「映像作品などを通じて、当事者のことをもっと知ってほしい。その思いが広がり、社会の変化につながれば」
トランスジェンダー映画祭2024秋は9月27~30日、動画共有サイトVimeoで開催される。
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