督促状の入った封筒は届くたびに色が変わり、最後には真っ黒になった。選んだのは19歳での自己破産だった 成人年齢引き下げから2年、児童福祉関係者が「債務トラブルはますます増える」と断言する理由とは
47NEWS / 2024年10月9日 10時0分
中四国地方の児童福祉施設で暮らすケン(20)は1年前、自己破産した。自身の名義でクレジットカードを作り、重ねた借金は150万円を超えていた。きっかけとなったのは、2022年4月に実施された、成人年齢の18歳への引き下げ。当時18歳だったケンは「成人」としてすぐにカードを手に入れると、そこから様子が変わっていった。長年寄り添っている施設関係者はこんな言葉を口にした。「彼はこれから起きることの『先頭集団』を走っています」。各地の施設で今後、入居者の自己破産に立ち会う機会が増えるのは間違いない、とも話した。
10代、20代の若者から全国の消費者生活センターに寄せられる多重債務の相談が増えている。成人年齢の引き下げにより、18歳、19歳は保護者の同意なしに各種の契約が可能となった。知識の不足が原因でトラブルに巻き込まれるケースも目立つ。親元を離れて10代が暮らす福祉施設を訪ねると、家庭環境や発達特性も影響している実情が浮かんできた。打開策はないのだろうか。(共同通信=広川隆秀)
【おことわり】
自立援助ホームには家族からの虐待を逃れてきたといった、複雑な環境に置かれた人が生活しています。個人の特定を避けるため、施設関係者は全て仮名としています。また、プライバシー保護の観点から一部の画像は加工しています。
▽「試しに作った」はずのカードが生活を変えた
自立援助ホームで勤務する松岡さん(左)と加藤さん=2024年7月
3月中旬、中四国地方の郊外にある自立援助ホームを訪れた。自立援助ホームとは、虐待や貧困などの理由で家庭にいられなくなった若者らが自立に向けて共に暮らす施設だ。児童相談所の支援対象で一時的に受け入れた子どもを含め、当時は10~20代前半の男性5人前後が生活していた。
責任者を務めるのが、松岡ゆみさん(57)と加藤さきさん(47)。ケンが中学3年だった15歳から関わるようになった。
加藤さんたちがケンの異変に気付いたのは、彼が18歳になって数カ月たった2022年4月下旬のこと。ケン宛ての書留郵便がホームに届いた。大手金融機関が発行するクレジットカードだった。受け取った加藤さんが問いただすと、ケンからはこんな返答があった。「俺でも作れるかどうか、インターネットで作ってみた」
ケンはそこから、夜になっても戻らないことが増え、外出も目立って多くなった。自立援助ホームに帰ってきても食事を取らないことが頻繁になり、部屋にはタバコ10箱入りのカートンが一つ置かれていた。
定職に就いていないため、収入はないはず。不思議だった。
夏に入ると、カード会社から督促状が届き始めた。最初は白い封筒。次が黄色で、その後は赤。最後には真っ黒な封筒入りで届いた。松岡さんは当時の驚きを今でも覚えている。「黒い封筒なんて、初めて見ましたよ」
▽スマホを7台契約していた
成人年齢を18歳に引き下げる民法改正案に関連し開かれた連絡会議の初会合=2018年4月、法務省
自立援助ホームは社会経験を積みながら自立を目指す目的があり、入所者本人の意思を尊重するのが基本的なスタンスだ。特に加藤さんたちは社会生活を普通に送れるようになってほしいとの考えから、個人を拘束するような厳しい禁止事項は設けていない。
それでも、事態を重く見た加藤さんたちはケンを取り巻く状況に介入することにした。「お金の問題が大きかったはず。行き詰まってしまったんでしょうね」
ケンは2022年の9月末、自立援助ホームを飛び出した。彼は日記に、当時の心境を振り返ってこう書いている。「練炭も買って、どん詰まったら死んだらいいと準備していた。死のうと思っていたのに死ねなかった」
加藤さんたちは11月中旬、関東地方にいたケンを迎えに行った。友人の家などを転々としていた。その時には自身の名義で、新品のiPhone7台を契約していた。転売が目的だった。松岡さんが漏らす。「成人年齢の引き下げで、契約だけでなく、売ることもできるようになりました。これまでは大人の同伴が必要だったので気付くことはできたのですが、それも難しくなりました。新品を何台も買ったり、売ったりしに来る若者を見て、携帯電話会社の側は『おかしい』と思わないのでしょうか」
▽弁護士が示した2つの方法
12月、ケンは債務整理に向けて日本司法支援センター(法テラス)と契約した。弁護士からは2つの方法を提示された。借金の額を確定させて毎月一定額を返済する「任意整理」か、借金を全額免除する「自己破産」だった。ケンは松岡さんらと相談の上で自己破産を選択した。およそ5年間はクレジットカードを作れなかったり、官報に名前が載ったりするといったデメリットがあった。
それでも、収入がなく、任意整理を選ぶ余地はなかった。松岡さんはこう振り返る。「官報を見る人は少ない。それならカードが使えないことを逆手に取って、現金での生活を覚えさせる方がましだった」
最終的にケンには約150万円の借金があることが分かった。加藤さんたちはもっと高額になっていると想像していたが、契約からの期間が短く、利息もそこまで膨らんでいなかった。
破産手続きの終了を知らせる裁判所の書面
自立援助ホームは手続きに必要な書類の整理や家計簿の作成、弁護士との面会の付き添いなどのサポートを提供した。その甲斐もあってか、ケンの破産手続きは2023年9月末、比較的早期に完了した。まだ19歳だった。
▽過去10年で最多に
若者から全国の消費者生活センターに寄せられる多重債務の相談は増えている。国民生活センターによると、2023年度の相談件数は20代が3844件。10代からも175件あった。いずれも過去10年で最多だ。特に10代の増加傾向は顕著で、2013年度は65件、成人年齢引き下げ前の2021年度は90件だった。
相談内容はこんな調子だ。「インターネットで購入したクレジットカードで限度額まで買い物をし、払えなくなった」「娘が複数枚のクレジットカードを契約した。返済に困っている」。ケンの事例と大差はない。
▽本人の特性も影響
自立援助ホームで自己破産の事例が増えると加藤さんらが断言するのには理由がある。これまでの家庭環境や本人の発達特性が要因で、お金を正しく使う経験や計画的に考える習慣がついていなかったり、苦手だったりする入居者が多くいるからだ。
ケンは幼少期、注意欠陥多動性障害(ADHD)の診断を受けている。さらに、母親からは日常的に暴力を受けており、食事を食べさせてもらえないことが頻繁にあった。空腹をしのぐため、盗みに手を出してもいた。
松岡さんは自立援助ホームで働く前、少年院で勤務する法務教官だった。その時からケンのような複雑な家庭環境にあった多くの非行少年と接してきた。経験を踏まえてこんな見方を示す。「発達障害があったり、貧困家庭で育ったりしている場合、お金はある時に使い切ってしまわないと駄目だと考えてしまいがちです。小遣いのように、限られた範囲でやりくりした経験がない子どももいます」
松岡さんは続ける。「虐待を受けていると、今が楽しければ良いと考え、先を見通すことが難しい。『最悪、死ねばいいや。それで終わり』だと思っている人も少なくないんです」。加藤さんも同じ考えだ。「まずは本人が虐待といった過酷な経験から回復しないと。自身が抱える問題に向き合うのはそれからです」
取材の途中、別の入居者のユウ(22)が帰宅して、加藤さんと松岡さんに尋ねた。「なー、俺、自己破産終わったん?」。ユウもまた、消費者金融からの借金が膨らみ、自己破産手続きを進めていた一人だった。7月末、私(記者)がホームを再び訪れたときには既に手続きが完了していた。
▽「最悪の結末」を防ぐために
借金を個人だけの問題と捉え、自己責任で片付けることはたやすい。若者が債務トラブルに巻き込まれないためにできる対策はないのだろうか。日本弁護士連合会の消費者問題対策委員会で副委員長を務める小林孝志弁護士に聞いた。
―児童福祉関係者は、若い人の自己破産が増えるのは間違いないと断言しています。若者の自己破産は増えているのでしょうか。
「破産の手続きにも時間がかかるため、統計的にはまだ表れてきていません。ただ、借金できる年齢の幅が広がったわけなので、今後、若い人の自己破産の件数が増えていくのは間違いないです」
「若い人は知識も浅く、判断能力が乏しいです。一般社会の非常識を学ぶ機会が減ってしまうため、成人年齢の引き下げについては、私は今でも反対です」
―借金を抱えて行き詰まった場合、最悪のケースだと自ら命を絶ってしまうことも考えられます。
「私は20歳未満の破産者の案件を対応した経験はありませんが、過去の依頼者には自殺未遂をしてしまった人がいました。それ以降、私も借金苦の自殺者を食い止めるためにできることはないか考えてはいるのですが、とても難しい問題です」
「自殺をする人は、その直前に孤独を感じると言われています。孤独を解消することができれば、最悪の結末は防げるのではないのでしょうか。そのために、周囲が見てあげる、一人にしないといったことが大事なのではないでしょうか。また、弁護士にできることとしては、高いハードルを越えて相談に来た人を絶対に追い返さないことかなとも考えています」
―借金問題に巻き込まれてしまった場合に、本人にできることはありますか。
「都道府県の弁護士会や法テラス、消費生活センターなど公的な団体に相談するのが良いと思います。どのような借金問題でも必ず解決できます。額が大きくならないうちに、早めに相談してほしいです」
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