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飲食店で倒れた40代男性が、身元不明の遺体になってしまった理由とは 1年以上たっても「法的には生きたまま」、無人の空き家に近隣住民は困惑

47NEWS / 2024年10月10日 10時0分

男性の遺骨が納められた深草墓園=4月、京都市

 昨年6月、40代の男性が京都市内のファストフード店で突然倒れ、病院に運ばれて死亡した。スマートフォンや財布を身につけていたにもかかわらず、身元不明で引き取り手のいない遺体「行旅死亡人」として火葬されてしまった。
 死亡記事を載せた官報には「推定」として、名前も住所も記載されている。なぜ、身元不明の遺体とされてしまったのか?疑問を感じ、男性が住んでいたとされる住所地を訪れた。すると、法的には存命扱いのままで、空き家となった自宅へ郵便物が届き続けるなど、地元住民も困惑する不可解な状況が見えてきた。(共同通信=武田惇志)

 ▽驚く住民「え、亡くなった!?」


京都市営「深草墓園」で骨壺に付けられる納骨札=4月8日午後、京都市伏見区


 男性は昨年6月11日、京都市右京区内のファストフード店で倒れ、病院へ救急搬送された。約1週間後の6月19日午後、京都市東山区内の病院で死亡した。死因は脳出血だった。
 今年1月9日の官報によると、男性の本籍は不詳で、死亡時の推定年齢は46歳だった。体格は大柄。スマートフォン1台、時計1個、鍵4本、キャッシュカード1枚、ポイントカード16枚、診察券2枚、図書カード3枚、テレホンカード1枚、バスカード1枚、財布1個、現金5万1893円…。これだけ多くのものを身につけていた。
 官報には「身元不明のまま遺体は火葬し、遺骨は京都市深草墓園に納骨。心当たりの方は当(東山)区役所まで申し出てください」とある。
 官報に記された京都市西京区の男性の住居を1月下旬、訪ねた。古風な家々が立ち並ぶ閑静な地区の一角で、風光明媚な観光地として知られる嵐山もほど近い。
 自宅は木造瓦ぶきの2階建てで、門柱の色は黒くくすんでいた。登記簿によると、築40年が経過。庭には植木が置かれ、生活感が漂う。しかし、インターホンを押しても応答はなかった。
 誰か事情を知っている人はいないのだろうか。周囲で聞き込みを始めると、近くに住む女性がインターホン越しに応答してくれた。
「男性が身元不明で亡くなった経緯について調べているのですが」と記者が伝えると、女性は驚いた様子で、こう口走った。「え、亡くなった!?実は、本当に困っていまして…」

 ▽地元住民の困惑


使用料がゼロのガス料金請求書

 詳しく話を聞くと、地元住民らは半年間、男性が入院したままだと思っていたという。
 女性によると、男性は元々、自宅で両親と暮らしていた。父親は京都の有名な神社の神職だったという。20年ほど前に両親が相次いで他界した後、男性はこの家で1人暮らしを続けた。女性とはあいさつを交わす程度の間柄。だが近年は以前に増して言葉数が少なくなり、「影が薄くなったようだった」という。
 女性は続ける。「忘れもしない、去年の6月12日のことです。ふと、彼の庭を見ると、自転車が見当たらないことに気づいたんですわ。いつも、夕方には自転車で出かけはって、翌朝見てみると自転車が戻ってきてるんですけど、その日は見当たらなかった。ほんで、なんかあったんかなと、警察に言いに行こうかとも考えたんですけど、たった一日のことだからと思って、行かなかったんですわ」
 「そうしたら、病院のケースワーカーが訪ねて来られたんです。その人が言わはるに『前日に、男性が意識不明で倒れたんです。携帯も持っておられたし、家の住所が分かって訪ねて来たんですが。誰かご家族を知りませんか?』ってことでした」
 しかしその後、病院からは何の音沙汰もなかった。男性の家族や親戚が現れることもなかった。そうこうするうちに、男性宅の郵便受けが郵便物で溢れるようになってしまった。
 女性は駐在所の警察官や民生委員らと相談し、チラシや広告類を除いた上で、郵便物を預かるようになった。あくまで一時的な管理のつもりだったが、男性の消息について知る人は現れず、郵便物は増える一方。警察官に調べてもらえないか頼んだが、「事件性がないし、玄関も施錠されていてタッチできない」と言われた。
 男性の郵便物からは、水道・ガスなどの公共料金が引き落とされ続けていることが判明した。もちろん、それぞれの使用量はゼロ。「冬場に水道管が凍結したら困るので、止められないか」と水道局に問い合わせたが、「家族以外からの依頼は無理です」。行政の空き家相談にも話を持ちかけたが、「1年以上たって、瓦屋根が落ちないと対応は無理ですね」との答えだった。民生委員に頼んで病院に問い合わせたものの、詳しい状況を知ることはできなかったという。
 このように地元住民らは、記者が現れるまで半年近くの間、男性が亡くなったことを誰からも伝えられないまま、事態打開に向けて試行錯誤していた。

 ▽顔写真つきの身分証がなかった


男性の遺骨が納められた京都市営「深草墓園」=4月8日午後、京都市伏見区

 なぜ、こんなややこしい事態になったのか。地元の西京警察署に経緯を取材した。
 西京署によると、ファストフード店で男性が倒れた後、店側が119番した。救急搬送されると、病院が救急隊に身元について問い合わせた。救急隊は、所持品の診察券にカタカナで名前が書かれているのを発見。その後、西京区の住所も判明したため、病院側は管轄の西京署に電話して詳しい身元を問い合わせた。「昏睡状態になっているから、家族に連絡したい」との理由だった。西京署は正確な名前と生年月日などを調べ、病院側に返答した。1週間後に男性が亡くなると、関係する行政機関や病院の間で相談した上で、病院のある京都市東山区の区役所が引き取ることになったという。
 では、名前も住所も生年月日も判明した男性はなぜ、身元不明の行旅死亡人として火葬されることになったのか。東山区役所に取材すると、担当者は「運転免許証など、顔写真のある身分証明書がなかった」ことを理由に挙げた。亡くなった人物が生前、第三者の財布やスマートフォンを手に入れて所持していた可能性などを、完全には排除できないというわけだ。
 担当者はさらに「区役所が調べて連絡がついた親族はいましたが、“確認”が取れませんでした」とも説明。個人情報を理由に詳細は伏せられたが、何らかの事情から、親族らが関わり合いを持とうとしなかったのだと推測された。
 逆に言えば、こうした条件が重なると、1人暮らしの人が外出先で倒れて亡くなった場合、誰でも行旅死亡人になってしまう可能性があるということだろう。その点について尋ねると、担当者はこう語った。「外出されるときは身分証を持たれているほうがいいのかもしれません。それと、親族との付き合いはされたほうがいいのかもしれませんね」

 ▽「身元判明は死者の尊厳に関わる」が…

 数奇な経緯をたどり、男性は行旅死亡人となった。そのため、自宅周辺の住民に死亡の事実が伝えられることはなく、住居が親族らに相続されることもなかった。
 ただ、見知った間柄である地元住民らは男性の顔を覚えていた。近くに住む女性も「私らに写真でも見せてくれれば、本人確認できたのに。そうしたら身元不明にならずにすんだんやないだろうか」といぶかしむ。なぜ、本人確認は親族に任されるのだろうか?


葬送の歴史について語る国立歴史民俗博物館の山田慎也教授=7月、千葉県佐倉市

 葬送の歴史に詳しい国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の山田慎也教授によると、明治時代以降、葬送は「先祖祭祀」として家族が担うものと位置付けられてきた。第2次大戦後も、そうした制度設計が引き継がれたことが背景にあるという。
 山田教授は説明する。「戦後、1948年に成立した墓地埋葬法でも、引き取り手がない場合に、行政が例外的に関わるものとされました」
 だが2000年代以降、単身者の増加や家族関係の希薄化などを背景に、引き取り手のない死者が増加した。「現代は、葬送など死後の問題を家族・親族だけで担える時代ではなくなりました。血縁関係だけに頼らない形で、死後の手続きをどうするか、考えていく必要が出てきたのです」


 今回「身元不明」として手続きされた男性のケースに関して、山田教授はこう指摘する。「身元の判明は死者の尊厳に関わります。親族に問い合わせるだけでなく、地域住民に確認するなどの手間をかければ、判明した可能性があるように感じます。一方で、行政の抱える負担も軽くないというのが現状です。身寄りのない死者について、誰がどこまで関わるのか、社会として共有できる認識が求められます」
 突然、主人を亡くし、空き家となった男性の一軒家。死亡から1年以上が経過した今でも、郵便物は届き続けているという。京都市住宅政策課の空き家対策担当者は「法的に存命扱いであれば、その前提で改めて親族を調べるなどして、空き家状態の解決に向けて協力を求める必要がある」と話している。

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