「禁書」が広がるアメリカ、LGBTQ関連本を図書館から撤去 保守派「価値観の押しつけ」と主張、反対派は「多様性の尊重が重要」と批判
47NEWS / 2024年10月2日 10時30分
LGBTQ(性的少数者)を象徴する虹色の表紙に「THIS BOOK IS GAY(この本はゲイ)」というタイトルが書かれた本が2014年に出版された。LGBTQの作者が性に関するアドバイスや人々の体験談をつづった若者向けの1冊だ。イラストを多用し、親しみやすい文体で、自分の性自認に関する疑問を持つ子どもたちに「全ては不思議に思うことから始まるんだよ」と語りかける。
子どもにありのままの自分自身を受け入れてほしいという作者の思いとは裏腹に、全米のどこでもこの本を読めるわけではない。性的指向や性自認、人種差別がテーマとなっている本を公共図書館から撤去する「禁書」が広がっているためだ。(敬称略、共同通信ワシントン支局 比嘉杏里)
2022年3月、性的指向や性自認について授業で話すことを規制する州法に抗議する高校生=米フロリダ州タンパ(ロイター=共同)
▽教育現場で進む分断
背景にあるのは教育を巡る保守派とリベラル派の対立だ。保守派は学校が性の多様性を教えるのは「価値観の押し付けだ」「洗脳だ」と訴え、教育内容を決めるのは親の権利だと主張する。
一方、リベラル派は同性カップル家庭の子どもやトランスジェンダー当事者の存在を否定することにつながると反発している。亀裂は「文化戦争」と呼ばれ、教育現場でも分断が進んでいる。
▽学校で「ゲイ」と言ってはいけない
2022年3月、南部フロリダ州で、性的指向や性自認について授業で話すことを規制する州法「教育における親の権利法」が成立した。共和党の知事ロン・デサンティス(45)は「子どもたちは洗脳ではなく、教育のために学校に通うようになる」と誇った。
反対派はこの州法を「ゲイと言ってはいけない法」と呼ぶ。性自認や性に関する学校での指導を制限する内容で、対象とする子どもの世代は、当初、初等教育(幼稚園から小学校低学年程度)だったが、その後、高校まで引き上げられた。
保守派はこの法を根拠に「子どもにふさわしくない」と考える内容の本を学校の図書館から撤去するよう要求。特に「露骨な性描写」や「暴力的表現」があるという理由でLGBTQ関連の本が標的になった。
米南部フロリダ州のデサンティス知事=2024年1月、南部サウスカロライナ州(ロイター=共同)
▽フロリダ州は5107冊を禁書扱い
絵本も対象に含まれる。米国で初めて同性愛者を公言して公職に就いたハーベイ・ミルクの人生を描いた「レインボーフラッグ誕生物語」(邦題、日本では汐文社が刊行)、2羽の雄ペンギンがひなを育てる「タンタンタンゴはパパふたり」(邦題、ポット出版)も撤去された。
表現の自由を守るための活動に従事する非営利団体「ペン・アメリカ」の2024年の報告書によると、2021年7月から2023年12月にかけてフロリダ州は5107冊を禁書扱いにした。同州を含め11州が100冊以上を学校図書館などから撤去したという。
▽教育内容を決めるのは誰ですか
こうした禁書運動の中心となっているのは、全米に支部を持つ保守派団体「マムズ・フォー・リバティー(自由を求めるママたち)」だ。子どもはいつ性の多様性を学ぶのか、もしくは学ばなくてもよいのか。決めるのは「政府ではなく親だ」と強調する。
CNNテレビが2023年に同団体を特集した際、インタビューに答えたコロラド州支部代表の女性は、より多くの子どもをゲイやトランスジェンダーにするための陰謀があると話し「教師や労働組合、わたしたちの大統領までもがこうした動きを後押ししている」と根拠を示さずに主張。「家族を破壊し、伝統的な保守の価値観を壊し、人々の考えを変えようとしている」と危機感をあらわにした。
▽公立学校の目的は何か
反対する団体もある。ニューヨークに拠点を置く「ディフェンス・オブ・デモクラシー(民主主義の擁護)」の事務局長カレン・スボボーダ(53)は、米国の公立校の目的は「幅広い知識を持ち、批判的思考ができる市民を育て、統治システムに参加できるようにすることだ」と指摘する。
「教室で何を教えるか、選ぶ権利を持っているのは教育者であり、親ではない。公立学校は個々の家庭ではなく、公共に仕えている」と話す。図書館の司書や教師が親に攻撃される事例が相次ぎ、懸念を強めているという。
LGBTQに関連する本の撤去について「同性カップルの子どもに、あなたの家族はまっとうではないと言っているのと同じだ」と抗議する。「子どもが本の中に自分の姿を見つける機会を失う」と述べ、本来の自分を隠さなければ生きられないような社会にしてはならないと訴えた。
米フロリダ州で「禁書」の動きに反対の声を上げる女性=2023年7月(「民主主義の擁護」提供・共同)
▽教育とジェンダーは大統領選でも争点
教育とジェンダーは、11月投開票の大統領選でも重要な争点の一つになっている。前大統領ドナルド・トランプ(78)を候補とする共和党は、「過激なジェンダー思想」を子どもに押し付ける学校への連邦政府の資金拠出を削減すると党の綱領に明記した。
トランプ氏は8月下旬、マムズ・フォー・リバティーの会合に駆けつけ「子どもが学校に行き、数日後に性転換手術を受けて帰ってくる」と根拠なくまくし立てた。
米大統領選に向け、初のテレビ討論会で直接対決に臨んだ民主党候補ハリス副大統領(上)と共和党候補トランプ前大統領=2024年9月、米フィラデルフィア(ロイター=共同)
民主党候補の副大統領カマラ・ハリス(59)は7月25日、南部テキサス州で米教師連盟の全国大会に出席。禁書の動きを批判し、LGBTQの権利擁護を誓った。8月にイリノイ州シカゴで開かれた民主党大会では「オープンに自信を持って、自分が愛する人を愛する自由」の重要性を訴えた。
民主党の副大統領候補のミネソタ州知事、ウォルズ(60)は、保守派による禁書の動きに関し「2羽の雄ペンギンが愛し合っている絵本を読むことが、自分の子どもをゲイにすると考えている」と批判した。
米フロリダ州フォートローダーデールの図書館で虹色の旗を置く人=2024年6月(AP=共同)
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