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ホンモノ?ニセモノ?誰が決めるの? 贋作騒動「日本の作品、俺が描いた」と豪語する画家が投げかける問い

47NEWS / 2024年10月14日 10時0分

スイス・ルツェルンのアトリエで、贋作について話すベルトラッキ氏=8月(共同)

 日本で展示されていた西洋画に贋作が交じっていた疑いが浮上している。徳島と高知の美術館がそれぞれ約7千万円と2千万円で購入した所蔵品だ。真贋は調査中だが、これらを描いたと自称(自供?)するドイツ人男性がスイスに住むと聞きつけ、直接話を聞きたいと願い出た。事実ならゆゆしき事態だ。芸術愛好家として息巻いていると「じゃあ湖畔のアトリエで。客室もあるから泊まれるよ」と軽快な回答を受け取った。少々面食らいながらも、どんな人物なのか見極めにアトリエに向かった。現れたのは、つばのついた帽子に長髪、サイケな装いをした「キャラ濃いめ」の年配男性。美術界を震撼させた贋作騒動を巻き起こした張本人、ウォルフガング・ベルトラッキ氏(73)の口から語られたこととは―。(年齢は取材当時、共同通信ジュネーブ支局長 畠山卓也)

※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。

 ▽やりたい放題?


スイス・ルツェルンにあるベルトラッキ氏のアトリエ=8月(共同)

 アトリエがあるというスイス中部ルツェルンは、西部ジュネーブから電車で3時間強。中世の建築と眺めの良い湖で有名な観光地だ。中心部から車で20分ほどでアトリエに到着した。かつてゲストハウスとして使われていた建物のダンスホールを改築したものだ。
 迎えてくれたベルトラッキ氏は、10年以上前に世界の美術界を騒がせた絵画偽造事件の中心人物で、2011年に実刑判決を受けた。服役後は自分の名前で画家として活動。出版やドキュメンタリー映画への出演、講演なども行っている。
 その知名度を生かし、Tシャツの通信販売や、複製が困難なデジタル資産「非代替性トークン(NFT)」の発行なども手がけている。一言で言うなら〝やりたい放題〟だ。

 ▽30年以上も贋作と知らず


スイス・ルツェルンのアトリエを案内するベルトラッキ氏=8月(共同)

 日本での騒動の始まりは、2024年6月。徳島県立近代美術館が海外メディアのベルトラッキ氏に関する報道を確認したところ、贋作として紹介された中に、美術館が所蔵するフランスの画家ジャン・メッツァンジェ作とされる「自転車乗り」があったのだ。
 その報道はさらに、ドイツの画家ハインリヒ・カンペンドンク作とされる油彩画「少女と白鳥」も贋作だと指摘していた。その絵は以前、高知県立美術館から徳島県立近代美術館に貸し出されたことがあるものだった。
 この2枚について、ルツェルンのアトリエでベルトラッキ氏に改めて尋ねると、「自分の絵」だと堂々と答えた。そして「なぜ調査が必要なのか」と述べ、苦笑いした。描いた本人が自分の作品だと認めているのだから、調査するまでもないと言いたいのだろう。
 驚くべきことに、ベルトラッキ氏は、もう1枚別の贋作が日本にあると証言した。フランスの女性画家マリー・ローランサンが描いたとされる肖像画「アルフレッド・フレヒトハイムの肖像」だ。所有者とは既に連絡を取り、電話越しの男性は極めて流ちょうなフランス語を使っていたという。ベルトラッキ氏は「彼は驚いてはいたが、怒っていなかった。『大切に保管する』と言っていた」と振り返る。
 3枚を描いたのはいずれも1980年代後半から1990年代前半ごろだという。贋作が事実だとすれば、3枚の高価な絵がでっち上げられていたことが、30年以上も明るみに出ていなかったことになる。

 ▽「絵は傑作だ」


ベルトラッキ氏のアトリエにある作品。絵画中心だが、立体の造形もある=8月、スイス・ルツェルン(共同)

 日本の美術館や来館者をだましていた点について聞いた。するとベルトラッキ氏は「だましたとは思わない。絵は素晴らしく、傑作だからだ」とまたもや即答した。悪びれる様子はなく、むしろ胸を張るようだった。「画家の技法を偽ったのは申し訳ない」と話したが、絵の制作そのものに後悔はないと断言した。
 作品を偽ったカンペンドンクらは、ベルトラッキ氏が若い時から大好きな画家だったといい「私の(偽物の)絵によって、さらに価値が高まった」と主張した。実際、贋作の中で最も高額なものはカンペンドンク作と称した作品で、2006年に競売で280万ユーロ(現在のレートで約4億5千万円)もの値が付いた。
 ベルトラッキ氏自身の名前で描いた絵は現在、作品によってはそれに近い値段で売れ、安くても60万ユーロほどするという。
 率直な語り口からは、傲慢さは感じられなかった。制作の様子やアトリエにあった作品群を見ていると、独創的な世界観に引き込まれるようだった。


 ▽左利きの画家なら自分も左手で


ベルトラッキ氏のアトリエにある画材。贋作作りでは、画家の活動当時の画材をできるだけ調達したという=8月、スイス・ルツェルン(共同)

 ベルトラッキ氏の贋作については、その手の込みようが特筆される。まずは、手法を装う画家の著作や手記を読み込み、生活や制作環境といった周辺情報の「調査研究」に相当な時間を費やす。その後、実際の絵画を観察し「絵筆の動きを見る」。そうして画家と「同化」していくという。例えば、左利きの画家の場合は、自分も左手で描く。
 既にある作品はコピーせずに、画家が描きそうな絵や、タイトルだけ文献などで知られているが実物は未発見、という絵を独自に描き上げる。
 贋作を始めたのは1970年代から。17~20世紀の約120人の画家を装い、およそ300点の贋作を描いたという。
 販売は主に妻ヘレン氏らが担った。ユダヤ人の祖父がナチス・ドイツの迫害を逃れる際に隠していた美術品を相続したとの「架空の物語」をでっち上げ、巧みな話術で信じさせた。のみの市で購入した古いカメラや印画紙を用い、絵が映り込んだ写真を撮って説得力を持たせ、鑑定士の目もあざむいた。
 その後は競売大手に取引を一任した。「直接販売したことはない」ため、買い手が誰なのかは知らないという。ただ1980~90年代には、欧州各地で日本人が多くの美術品を買い付けていた。ベルトラッキ氏は、自身が把握している3点の他にも「日本にはまだ多くの作品があるはずだ」との見方を示した。

 ▽塗料のチタンが決め手に


スイス・ルツェルンのアトリエで、質問に答えるベルトラッキ氏=8月(共同)

 ベルトラッキ氏の贋作が初めて発覚したのは2008年にさかのぼる。280万ユーロで競り落とされた例のカンペンドンク作とされる絵が、分析調査にかけられたことが発端だった。結果、塗料から微量のチタンが検出された。
 絵は1914年作とされていたが、チタンが使われ始めたのは1920年代以降だ。これをきっかけにうそが芋づる式に暴かれ、ドイツの捜査当局がベルトラッキ氏や妻らを逮捕するに至った。
 ただ大半が時効で、14点についてのみ訴追された。計300点に及ぶとされる贋作もいまだ100点ほどしか回収されておらず、残りは所在不明だ。ベルトラッキ氏によると、17世紀の作品だと偽った絵画はまだ1点も見つかっていない。
 事件の公判では、裁判長がベルトラッキ氏の贋作計画を「極めて綿密に整理され、軍事的な精緻さと言える」と指摘した。

 ▽ただ楽しかった。そして全てを失った


作品について説明するベルトラッキ氏=8月、スイス・ルツェルン(共同)

 なぜ贋作に手を染めたのか?ベルトラッキ氏は、調査研究も含め「絵を描くのが楽しかったからだ」と語る。罪を追及されたとき「もし判決で絵を描くのを禁じられたら…」などと考え、恐れを抱いた。そこで初めて、自分がどれほど絵を描くことに依存していたかを自覚したという。
 ドイツ西部ヘクスターで教会の宗教画を修復する父の下に生まれたベルトラッキ氏は、幼い頃から父の仕事を手伝って育った。12歳のとき、ピカソの作品を模写した上で、独自の要素も描き加えた。そのとき既に、技量は父を追い抜いていた。
 青年期は酒や薬物におぼれ、しっかりとした美術の教育は受けていない。だが生い立ちの影響か、ベルトラッキ氏は、自身が絵筆の動きや細かな技法といった絵画の「本質」を捉えることにたけていたと振り返る。
 多くの鑑定士や美術館をだまし、美術界の信頼や権威を失墜させたベルトラッキ氏には、恨み言が今でも絶えず向けられる。だが本人は「既に償った。全てを失ったんだ。今は新たな人生を生きている」と意に介さない。ベルトラッキ氏からすれば、贋作を通じて巨額の利益を得た美術界全体が共犯者に見えるのかもしれない。

 ▽本物と「精巧な偽物」の違いは?


スイス・ルツェルンの観光名所として知られるカペル橋=6月(共同)

 興味深いことに、日本にあるローランサン作とされる肖像画については、所有者が「真作と考えている」と主張しており、ベルトラッキ氏の告白内容と真っ向から対立している。誰がどちらを本物だと認定するのか、そもそもそんなことが可能なのか。誰にも今後を見通せなくなっている。
 ドイツの哲学者ベンヤミンはかつて、芸術作品のオリジナルだけが持つ唯一性や真正性を「アウラ」という言葉で表現した。どんなに精巧に近づけても、決して到達できないのがアウラだ。
 ベルトラッキ氏はこれを「たわ言だ」と一蹴。「唯一の芸術作品などない」とあざ笑うように言ってのけた。
 現代では、生成AI(人工知能)が飛躍的に発展している。著作権の侵害や偽情報の拡散などが懸念されている中で、そもそも何が本物と偽物を分け隔てるのだろうか。
 気がつけば、夫妻へのインタビューは3時間以上に及んでいた。美術界を揺るがせ続けている絵画偽造事件の当事者の言葉は、私たちにより根源的な問いを投げかけているように思えた。

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