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「コンプライアンス」と言わない老人ホーム、そっちのほうが良心的? 入居者への訪問看護、「不正や過剰な報酬請求」指摘の一方で

47NEWS / 2024年10月17日 10時0分

「リュッケみいけ」で入居者の女性(左)と話す運営法人代表理事の梶原崇志さん=7月、堺市(撮影のためマスクを外しています)

 有料老人ホームの難病や末期がんの入居者を対象にした訪問看護について、診療報酬の不正や過剰な請求が相次いで指摘されている。精神障害がある人向けの訪問看護でも同様の問題がある。ただ、適正に運営している事業者も当然いる。「不正や過剰な請求をしなくても、経営は十分可能。全てが悪いとは見ないでほしい」。そう訴える経営者を訪ねると、他の会社がよく言う「コンプライアンス」(法令順守)という言葉が一度も出なかった。そのほうが良心的な経営をしているとは、一体どういうことなのか。(共同通信=市川亨)

 ▽複数人での訪問は1~2割だけ


難病や末期がんの人を対象にした「リュッケみいけ」=7月、堺市

 「このホームでは入居者の外出を自由にしています。何を食べてもいい。お酒もOKです。『安全』ばかりを重視すると、その人らしさを奪ってしまうので」


 大阪府堺市郊外にある有料老人ホーム「リュッケみいけ」。運営法人の代表理事、梶原崇志さん(42)がそう言ってホーム内を案内してくれた。
 建物は定員30人の木造2階建て。「入居者が好きなように暮らしてほしい」と「医療介護併設型シェアハウス」とうたう。住民向けにカフェを併設し、地域の子どもが訪れてくれるよう駄菓子屋コーナーもある。
 リュッケは難病や末期がんの人が対象で、みとりにも対応する。こうしたホームは「ホスピス型住宅」などと呼ばれ、高齢化や独居者の増加に伴い、各地で増えている。入居者向けに訪問看護と介護のステーションを併設し、医療と介護の報酬を得て運営する。
 訪問看護は難病などの患者の場合、毎日3回まで診療報酬が得られ、看護師らが複数人でケアしたり、早朝・夜間に訪問したりすると、報酬が加算される。
 「必要ないのに、報酬目当てに過剰な訪問をする」「虚偽の記録で不正に報酬を請求する」といった状況が複数の事業者で指摘されている。


 複数人での訪問については、運営会社が100%を目標にする例や、約90%に達しているケースが明らかになっているが、梶原さんは「そんな割合になることはまずあり得ない」と断言する。
 リュッケの入居者はパーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などで、他のホスピス型住宅とほぼ同じだ。「複数人での訪問が必要な人もいるが、1~2割。他の人は1人で十分です」と梶原さん。

 ▽「十把ひとからげにしないで」

 他のホームでは、入居者が眠っているのを看護師が1人で数十秒確認しただけで「複数人で約30分訪問」と偽って報酬を請求するケースが指摘されている。
 「それはもちろんダメだが、夜間に訪問しているからといって、報酬目当てだと見ないでほしい」。梶原さんはそうも話す。リュッケの入居者の場合、1日3回や夜間の訪問自体は必要な人が多いという。例えばパーキンソン病は症状が進むと、夜間に薬の効果が切れ、体を動かせなくなるといったことがあるからだ。
 リュッケの入居者1人当たりの訪問看護による収入額を聞くと、不正・過剰な報酬請求が指摘される会社に比べ3割ほど少ない。「大もうけはできないけど、ちゃんと利益は出ています」。梶原さんは苦笑交じりに話した。


「リュッケみいけ」の居室スペースを案内する梶原崇志さん=7月、堺市

 リュッケで働く看護師に話を聞くと、「ここでは『利益のためだ』と感じることはない」と、納得した様子を見せる。
 梶原さんはこう訴えた。「不正や過剰な訪問看護への対策として報酬を一律に下げられると、真面目に運営しているところまであおりを受ける。国は十把ひとからげにせず、対策を講じてほしい」

 ▽「社会的責任のほうを大事に」

 2時間ほど話を聞き、帰り際にあることに気付いた。梶原さんはホームの運営で心がけていることをいろいろ話してくれたが、「コンプライアンス」という言葉が全く出てこなかった。
 過剰な報酬請求が指摘される会社は「法令を順守している」と強調する。過剰かどうかは判断が分かれるため、「必要だ」と言い張れば、違法性を問うのは難しい。「コンプライアンス」は「法令に違反はしていない」という意味のようにも聞こえる。
 「コンプライアンス」という言葉を使わなかったことを梶原さんに指摘すると、こう言った。「それよりは社会的責任とか、『これはやっちゃいけない』という価値観をスタッフと共有することのほうを大事にしてますかね」

 ▽医療保険の訪問看護、費用が急増

 訪問看護は年齢や疾患などによって医療保険が適用される場合と、介護保険適用に分かれる。もともとは地域で患者宅を一軒一軒回る形が多かったが、近年は老人ホーム併設でホーム入居者だけを対象にする例や、精神科に特化した訪問看護ステーションが増えている。
 難病や末期がん、精神障害などの場合は医療保険が適用され、介護保険よりも高めの診療報酬が得られるため、事業者が次々と参入しているという事情がある。


 厚生労働省の統計を調べると、介護保険適用の訪問看護の費用は過去10年間で2.3倍。それに対し医療保険型は5.4倍と大幅に増えた。
 高齢化のほか、入院患者の早期在宅復帰を促す政策に伴い、利用者数が4倍近く増えたことが主な理由だ。ただ、1人当たりの費用も1.4倍に増え、押し上げ要因になっている。
 利益を目的にした一部の事業者による制度の乱用も費用増加の一因とみられ、財務省は医療財政の圧迫要因として問題視している。

 ▽精神科訪問看護の実態を調査、見直しへ


 精神科の訪問看護を巡っては、厚労省が見直しに向け動き出した。科学研究費を使って有識者らの研究班を7月に設置。実態を調査し、訪問看護ステーションの基準見直しや、次回2026年度の診療報酬改定に調査結果を生かす考えだ。
 過剰な訪問を是正する一方、利用者の状態に応じて適切な支援をしたり、対応が難しい利用者を他機関と連携して受け入れたりする場合は報酬面で評価する方向で検討されそうだ。具体的な内容は来年度、中央社会保険医療協議会(中医協)で議論する。
 実態調査は(1)利用者の状態変化に応じてどのように訪問看護をしているか可視化する(2)訪問看護の役割やプロセス、関係機関との連携態勢を整理する(3)高い頻度で訪問する必要がある対象者を明確化する―のが狙い。
 訪問看護ステーション10カ所前後を対象に、(1)独立型(2)医療機関併設型(3)地域連携型(4)全国展開型―と4タイプに分け、利用者計約500人のカルテを調べる。利用者の状態をどうアセスメント(評価)し、訪問回数を決めているか分析する。来年3月に報告書をまとめる予定だ。

 ▽利用者との対話が何より大事


訪問看護を利用する男性(手前)と話す三ツ井直子さん=9月、東京都内

 そもそも精神科の訪問看護とは、どんなことをするのか。
 対象となるのは精神、知的、発達障害がある人たち。自宅やグループホームを看護師らが訪ね、困り事の相談に乗って状態の悪化を防いだり、生活支援や服薬管理をしたりする。
 東京都内で1人暮らしする50代の永野光介さん(仮名)も利用者の1人。統合失調症があり、「『恐怖感に襲われた』とか『生活費に困っている』とか、いろんなことを相談している」と話す。
 利用先の訪問看護ステーション「シナモンロール」(練馬区)は精神科特化で、24時間電話対応する。「頻繁に電話してしまうんだけど、話を聞いてもらえると安心する」と永野さん。これまでに3回入院したが、約5年前に退院してからは地域で生活を続けられている。
 ステーションを運営する看護師の三ツ井直子さん(57)は、医療的なことだけでなく生活全般に目を配り、利用者との対話を何より大事にしている。「利用者さんが安心して自分の声を語ることができるよう、ゆっくり丁寧に話を聞く」と言う。

 ▽「締め付けるだけではなく、良質な事業者が増えるように」


厚生労働省=2023年12月

 精神科の訪問看護は原則、回数の上限が週3回で、1回の報酬額が「30分未満」と「以上」で分かれている。週3回、30分の訪問で件数をこなせば収入を最大化できるが、シナモンロールでは1回の訪問に1時間前後かけることが多い。一方、「回数を増やそうとは思っていない」ので、週3回訪問するケースはごくわずかだ。
 利用者に関わる他の福祉事業所や関係団体との連携も意識する。さまざまなつながりの中で、利用者の希望する暮らしを支援するためだ。
 三ツ井さんは、制度見直しに向けた厚労省の動きについてこう話した。
 「利益優先の事業者への対策として締め付けを厳しくするだけだと、事務負担が増え、全体が影響を受ける。良質な事業者が運営しやすくなり、増えていく方向にしてほしい」
 利用者とどう向き合うか、取材の中で三ツ井さんは真剣に思いを語ったが、やはり「コンプライアンス」という言葉は一度も使わなかった。使う必要がないのだと思った。

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