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「ほとんど成功しないから」。元厚労相が医大生時代、匿名の精子提供に応じた経緯とは 出自を知る権利をどこまで認めるべきか―。70年近くたっても割り切れない考え

47NEWS / 2024年11月6日 10時0分

インタビューに応じる元厚労相の坂口力氏=2024年6月

 子どもを授かるための不妊治療の一つに、夫以外の男性から提供を受けた精子で人工授精する「AID」という治療法がある。AIDによる出産は倫理的課題も多く、慶応大病院などの限られた病院以外は公表しておらず、水面下で行われてきた医療だったが、共同通信の取材で複数の大学病院が過去に実施していたことが分かった。
 証言者の1人は、元厚生労働相の坂口力氏(90)。三重県立大(現・三重大)の医学部生だった1950年代に「一度精子提供した。『ほとんど(妊娠に)成功しないから』と産婦人科から頼まれた」と、当時の経緯を思い出すように話し始めた。(共同通信=寺田佳代)

 ▽「遺伝上」の親


慶応大病院=東京都新宿区

 AIDはArtificial Insemination with Donor’s Semenの略称。無精子症などで不妊に悩む夫婦が、夫ではない第三者からの提供精子を利用し、人工授精して妊娠を目指す治療法を言う。1949年に慶応大で最初の赤ちゃんが誕生して以降、国内で1万人以上が生まれているとされる。現在多くは民間クリニックで行われており、施設ごとの実績は公表していない。


 2000年以降、AIDで生まれた子がある日突然何かのきっかけでその事実を知り、遺伝上の親が分からずアイデンティティーの喪失に苦しんでいる実態が知られるようになり、遺伝上の親を知る「出自を知る権利」の保障を求める声が強まっている。政党を超えた議員連盟が出自を知る権利を含めた生殖補助医療の法案の早期提出を目指して議論しているが、日本では第三者が関わる生殖医療のルールに関する法整備が現在もできていない。

 ▽医学雑誌に記録


厚生労働相時代の坂口力氏=2001年1月

 取材のきっかけは、過去の記録だった。2006年の医学雑誌に坂口氏が過去の精子提供の経験について発言した記録が残されていた。「提供はするけれども、そのことが役に立たないことを念じながら提供する。これは私の反省でございますけれども、いささか不謹慎な話であると思います」―。言及は少ないものの、提供に気乗りしていなかった様子が伝わってきた。提供者の実名証言は極めて珍しい。改めて取材を申し込み、6月に直接会って話を聞くことができた。坂口氏は当時の具体的な発言について覚えがないようだったが、医学雑誌のコピーを一読すると、精子提供した経緯を証言した。

 ▽成功は困る

 坂口氏によると、三重県立大医学部の5~6年生のころ産婦人科の先生から「精子を提供してほしい」と直接声をかけられた。「シャーレを一つ渡され、採精して提出した。その後連絡がなく、不成功に終わったと思っている」
 再度の依頼はなく、提供はこの一度きり。謝礼として2千円を提示されたが、受け取らなかったという。担当科はほかの学生にも募集していたと記憶している。この誘いが学生間で話題になり「将来、提供者と明かされて問題にならないか」と学生側が問うと「めったに成功することはない」と断言し「相手側に名前を明かすことは絶対にない。成功したときのみ報告する」と告げられた。坂口氏自身も「成功して後で問題になったら困るな」という気持ちはあった。提供した事実について口外することは禁じられた。

 ▽親から子の立場へ

 坂口氏は「『めったに成功しないから』という言葉は学生を安心させるだけでなく『だったら提供しようか』という気持ちにさせたことは事実」と振り返る。「後から提供者と明かされないか、自分だけでなく他の学生も思っていたと思う」と当時の心境を述べた。
 坂口氏は取材の中で、現在限られた施設で実施しているAIDについて「もし名前などが明かされることになれば、提供者は確実に減るだろう」と戸惑いも口にした。かつてAIDは親の立場から考えられていたが、子の立場から考えられるように視点が変わったと感じているという。「出自を知る権利を一体どこまで提供者に求めることができるのか、自分の中では考えが割り切れていない」と率直な気持ちを打ち明けた。「今まで子どもの立場で考えたことはなかった」

 ▽初の実名証言


 AIDを巡っては、過去の文献や関係者の証言から慶応大の他に、札幌医大、新潟大、三重県立大(現・三重大)、京都大、京都府立医大、大阪市立大(現・大阪公立大)、広島大の7大学病院が1950~1980年代に実施していたことが共同通信の取材で判明しており、三重県立大はこのうちの一つ。AID実施について三重大病院は取材に「回答を差し控える」としている。
 AIDの実態調査などに取り組んできた長沖暁子・元慶応大准教授(科学社会学)は「国内で実名での精子提供の証言は初の事例ではないか」とみる。「提供者への十分なインフォームドコンセントがないまま、医学部内の上下関係がある中で、断りにくい状況で行われていたのが実情だったのだろう」と指摘する。
 出自を知る権利が問題になったことによって、提供者側の理解も重要との認識が広まった。長沖さんは「過去の歴史の証言者として、他の提供者も当時の状況を説明してほしい」と話している。
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AIDに関する情報を共同通信・生殖医療取材班、science@kyodonews.jpまでお寄せください。

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