「振り向くと誰もいなかった」老舗メーカーの女性社長が気付いた根深いジェンダーギャップ ポストを用意するだけではだめ、段階を踏みながら進める女性の昇進
47NEWS / 2024年11月5日 10時0分
東京証券取引所で最上位のプライム市場に上場する企業1643社のうち、女性社長はわずか13人。そのうちの1人が大手総合電線メーカー、SWCCの長谷川隆代さんだ。新卒で入社したたたき上げで、同社で初めての女性かつ研究職出身の社長だ。長谷川さんは会社が大赤字を計上した危機的状況でトップに抜てきされ、矢継ぎ早に改革を実行。直近の純利益は就任前の2倍を超え、経営手腕を証明した。
だが「社長が女性なのだから、社内の要職にも女性がたくさんいるんですよね」と社外の人から言われ、振り向くと自分に続く女性が誰もいないことに気付いた。これまで女性の地位を向上させようと思って会社の中で生きてきたわけではない。なぜ女性が上のポジションにいないのか、何が制約になっているのか。長谷川さんが突き付けられたのは、ジェンダーギャップの根深い問題だった。(共同通信=越賀希英)
▽「女性は採用しない」と言える時代に入社
長谷川さんは1984年に昭和電線電纜(現SWCC)に入社した。東芝の電線部門を源流とし、日本の電線大手4社の一角を占める老舗メーカーだ。
「子どものころから実験や考察といった自由研究をするのが大好きだった」と話す長谷川さんは新潟市出身。新潟大大学院工学研究科で学んだ。当時、理系の女子学生は就職口がなく、公務員か学校の先生になるのが定番だったが、「もっと広い世界で仕事をしたい」とメーカーへの就職を目指した。
SWCCに入社したのは「大学院修了の技術者として採用すると言ってくれた唯一の会社だった」からだ。入社した1984年は男女雇用機会均等法が施行された1986年の2年前。女性が入社試験を受けられる企業はほとんどなく、募集があっても短大卒と同じ待遇だったり、職種は事務一般のみだったりという状況だった。「当時は男女が全く平等でなく『女性は採用しない』と会社が平気で言える時代だった」と振り返る。
インタビューに答えるSWCCの長谷川隆代社長=2024年9月、川崎市
▽研究続けた技術が製品に
入社後は研究室に配属され、2006年に子会社の取締役に就任するまで研究職一本で歩んできた。技術職で入社した同期の女性はほかに2人しかおらず、社内外から「なんで女の子なんかに担当させるんだ」と面と向かって言われたり、電話対応でも「男性に代わって」とむげにされたりすることは日常茶飯事だった。このような経験がバネとなり「実績を積んでいくしかない」と考えていたという。
1988年からは酸化物超電導の開発に携わり、1994年には課長級の研究室長に昇格した。SWCCが現在手がけている超電導ケーブルは送配電時の電力ロスを軽減できるのが特徴で、酸化物超電導の技術が活用されている。カーボンニュートラル実現に向けてさらなる技術開発への期待が寄せられ、事業を支える柱へと成長している。
顧客のプラントにケーブルが納入されて電気が通った時のことは、最もうれしかった思い出だという。既に現場から離れていたが「自分が関わってきた技術が製品になり、世の中に認められるうれしさはどのポジションになっても同じだ」と話す。
女性技術者は開発から離れることを嫌って経営に携わるポジションに上がることに迷う場合が多いというが、「上の立場になるといろいろな提案やサポートができるようになる。役割は変わるが技術から離れる必要は全くない」と強調する。
インタビューに答えるSWCCの長谷川隆代社長=2024年9月、川崎市
▽「何の役にも立っていなかった」取締役時代
長谷川さんは2013年に同社初の女性取締役になった。ただ取締役会では「自分の発言が経営に反映されているという感覚はほとんどなかった」という。当時の取締役会は上司と部下の関係がそのまま持ち上がっていた。子会社の社長たちも同じ年代で、同じような仕事をしてきた人たちばかり。
長谷川さんは「私は何の役にも立っていなかった」と話す。研究職という異色のキャリアから就いた長谷川さんの意見に耳を傾け、意思決定に生かそうという空気はそこになかった。
会社はバブル経済が崩壊して以降、収益率が低迷し、特別損失の計上を繰り返すなど業績は落ち込んでいた。2016年3月期には純損益が91億円の赤字に沈んだ。強い危機感を持った当時の社外取締役が革新的なことができる経営トップを求め、白羽の矢が立ったのが長谷川さんだった。海外企業との折衝経験があり、新規事業を手がけてきた実績も買われた。
▽会社を変えるため若返りを実行
2018年に社長に就任し、会社の抱える問題は「何も変わらないこと」と「決断に時間がかかること」だと考えた。社長になってすぐのころ、取り組みたい内容を役員に伝えたところ、できない理由を何枚ものリポート用紙にまとめて渡されたことがあった。「自分の改革を圧倒的に支持してくれる取締役会と執行役員会をつくりたい」との思いを強め、ガバナンス(企業統治)改革に手を付けた。経営の透明性の向上を目的に監査等委員会設置会社へと移行した。執行役員の若返りを図り、子会社の社長は勇退してもらった。
「社長がいくらやりたいという思いが強くても、取締役会や執行役員会がしっかり理解し、合意してくれないと社長一人ではどうにもならない。人を代えるのは社長に与えられた権利なので、社外取締役にも相談しながらどんどん進めた」
事業では子会社単位だったビジネスに事業単位のセグメント制を導入し、事業会社の社長よりも権限の強い責任者を置いた。「赤字でなければよい」との内向きな発想を転換させるため、投資家が投資判断の際に重視する経営指標を用いて、期待する利益水準を達成できなければ統廃合の対象とした。
これらの取り組みは実を結び、安定して黒字を出せるようになった。今後は電線というインフラ事業の枠を超え、データセンターの伝送ケーブルや電気自動車(EV)への技術の応用が成長分野になるとみる。長谷川さんは「30歳前後の社員と話していると、会社のつらかったことを知らずに『うちの会社ってスピード感があってどんどん伸びている会社ですよね』と言う。若い人たちがそう思ってくれているのはすごくうれしい」と語る。
▽チャンスに手を挙げない女性社員
2021年度には女性活躍推進プロジェクトを立ち上げ、ダイバーシティー(多様性)の推進に力を入れている。女性活躍とは何かという問いにも向き合った。「男性の中で自分のやりたいようにやってここまで来たので、女性の特別枠みたいなものにすごく抵抗があった。それが良いのか悪いのかという判断がつかなかった」
平等に常に機会を与える「平等感」と、圧倒的に不利な状況があれば底上げをする「公平感」という二つの考え方の中で、当初は男性も女性も機会は同じという点で平等でいいと考えていた。ただ「女性はライフイベントやマインドといった問題を抱えていて、上に上がっていくチャンスがあったのにもかかわらず手を挙げていない。そういうことがあるなら女性の進出や地位向上は別に考えなければいけないかもしれないなと思うようになった」と話す。
プロジェクトはメンバーの社員目線で施策をつくり上げている。これまでに部門長向けのジェンダーバイアス研修の実施や、女性のキャリア形成支援のプログラムをそろえた。
社内で理解を得た人が昇進していく機会をつくるため、階層別研修に女性を一定割合入れ、段階を踏みながら進めている。「トップダウンでポストを用意すれば早いが、女性だから役職を得たと思われてはいけない」と訴える。
▽今までの当たり前は当たり前ではない
会社の中で本流を歩んでこなかったという長谷川さんは「会社の経営状態が良くなってきて『社長の言っていることは間違いではなかったんだね』と社員が思ってくれたことで、会社がどんどん変わっていっている。女性や非主流の人たちが入って意見を交わすことで、今まで当たり前だと思っていたことが当たり前ではなく、違う目線があると気付いてくれた」と話す。
長谷川さんが社長のSWCCを含む非鉄金属の業界では、女性役員の比率が平均8%台と他業種に比べて低い。長谷川さんは「われわれのように企業向けに取引する業界でも、その先の社会はいろいろな価値観があふれている。綿々と続く会社の価値観を唱えるだけでは社会から評価されない」と力を込めた。
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