ロシアが核使用の敷居大幅に引き下げ、プーチン氏に幅広い決定権 ウクライナ戦況に合わせた異例の見直し、世論は支持、核威嚇依存体質強まる
47NEWS / 2024年11月17日 10時0分
ロシアが9月、核兵器使用の基準を定めた「核抑止力の国家政策指針」(核ドクトリン)改定案を公表した。核保有国の支援を受けた非核保有国から侵略を受けた場合も「共同攻撃」を受けたとして、核で反撃する可能性を示すなど、使用の敷居を大きく引き下げた。その狙いや背景などを探った。(共同通信=太田清)
▽無人機攻撃も対象
改定案は9月25日、ロシアの安全保障問題に関する最高意思決定機関、安全保障会議でプーチン大統領が発表。プーチン氏は、無人機(ドローン)や巡航ミサイルがロシア領内に大規模に発射されるとの確度の高い情報を入手した場合でも、核攻撃に踏み切る可能性があると表明。ウクライナによる無人機反撃強化などを念頭に置いた発言とみられる。
また、同盟国として隣国ベラルーシの名前を挙げ、同国が通常兵器で侵略された場合も核兵器で反撃できると規定した。
ロシアのペスコフ大統領報道官、7月24日撮影(タス=共同)
ペスコフ大統領報道官は9月29日、プーチン氏の発表を受け国営テレビで「(最終的な)改定案が準備されており、今後正式に決定される」と語った。
ロシア独立紙「ノーバヤ・ガゼータ」によると、安全保障会議には大統領のほか主要閣僚らが出席したが、なぜか前国防相のショイグ同会議書記、ゲラシモフ軍参謀総長という、核使用問題に最も深く関わったであろう2人は欠席した。
▽77%支持
こうした動きをロシア国民はどう見ているのか。
ロシアのニュースサイト「ノーボスチ・メール」は10月10、11の両日、サイト利用者7千人を対象に改定案に対する世論調査を実施。程度の違いはあれ改定案の動きを知っていると答えた回答者中、63%が完全に賛成とし、反対と言うより賛成とした14%と合わせて計77%が改定案を肯定的にとらえた。
改定案により核戦争の脅威がどうなるかについては回答が分かれ、脅威が高まると答えたのは36%、低くなるとしたのは46%だった。
▽タイミング
9月26日、米ホワイトハウスで会談するバイデン大統領(右)とウクライナのゼレンスキー大統領(AP=共同)
プーチン大統領の改定案公表の時期は、米ホワイトハウスでのバイデン大統領とゼレンスキー・ウクライナ大統領の首脳会談直前だった。会談では、米国製長射程兵器によるロシア領内攻撃を米国が認めるかどうかが焦点だったが、結局、会談でバイデン氏はこれを認めなかった。
米カーネギー国際平和財団ロシア・ユーラシアセンターのアレクサンドル・ガブエフ所長は10月3日の論文で、公表のタイミングは偶然ではなく、前述の首脳会談を前に、ロシアの警告を深刻に受け止めよとのシグナルを米国に送ることが目的だったと指摘。
西側が精密誘導ミサイル供与などで対ウクライナ支援を強化する中、クレムリンはロシアの抑止力を回復させるという困難な課題に直面しており、核ドクトリン変更はこうした面から西側をけん制する手段の一つであると語った。
▽プーチン氏の頭の中
5月5日、モスクワの赤の広場に運ばれたロシアの大陸間弾道ミサイル(ゲッティ=共同)
米CNNテレビによると、国連軍縮研究所のパーベル・ポドビッグ上席研究員(核軍縮・核安全保障問題担当)は、改定案は特に、何をロシアに対する攻撃と見なすかについて「わざと曖昧」にしていると指摘。
ハーバード大ケネディ行政大学院ベルファーセンターのマリアナ・ブジェリン上席研究員(核不拡散・核軍縮問題担当)も、何をレッドライン(越えてはならない一線)とするかはすべてプーチン氏の頭の中にあり、改定案は核使用基準について、プーチン氏ら指導部に幅広く解釈する権限を与える結果となったと述べた。
▽200回超言及
米ワシントンに本部のある戦略国際問題研究所のヘザー・ウィリアムズ上席研究員(ロシア安全保障・核問題担当)は9月27日の論文で、ウクライナ侵攻から2023年7月までの間、ロシアの指導者らが侵攻に関連して何らかの形で「核兵器」という言葉を使った回数は200回以上に上るなど、ロシアはこれまでも西側やウクライナに譲歩を迫るため核の威嚇を行使してきたと指摘。
その上で、核ドクトリン変更の動きは、ウクライナに対する西側の支援を阻止するために、ロシアがますます核の威嚇に依存するようになっていることを示したと語った。
▽ボタンに合わせた服
9月10日、ウクライナ軍の無人機攻撃で破壊されたモスクワの高層ビル。ボロビヨフ・モスクワ州知事の通信アプリ画像から(ゲッティ=共同)
改定案では、無人機による大規模攻撃や、核保有国の支援を受けた非核保有国の侵略も核使用の検討対象としているが、これは既にウクライナ戦争で生じている事態だ。ここから、何のための改定かとの疑問に対する答えも浮かび上がってくる。
ノーバヤ・ガゼータは9月27日の論評で、核使用の条件として、これまで敵の通常兵器による攻撃により「国家存続」が危機に陥った場合を挙げていたのに対し、今回の改定案で「国家主権への脅威」でも核使用を検討するとするなど、核使用の敷居を下げたのは明らかだとした。
その上で、ウクライナによる無人機を使った大規模攻撃は行われており、核使用の条件は既に満たされてロシアは核を使用しなければならないはずだと指摘。核ドクトリンは通常、どのような事態にも対応することを想定して作成されるが、今回の改定は核大国として初めて、実際の戦況に合わせて核ドクトリンを見直そうとする試みで、いわば「どこかで見つけたボタンに合わせ、洋服をあつらえる」ようなものだとやゆした。
― * ― * ―
核ドクトリンを巡る動き 2020年6月にプーチン氏が署名した現行のロシア核ドクトリンでは、核使用条件として
①ロシアや同盟国を攻撃する弾道ミサイル発射の確度の高い情報入手
②敵による核兵器や大量破壊兵器の使用
③ロシアの重要な国家・軍事施設への攻撃で核戦力による報復能力が損なわれる
④通常兵器による侵略で国家存続が危機に陥る―
場合を列挙。限定的な条件下での核の先制使用を認めていた。
核ドクトリン見直しを巡っては、プーチン氏は今年6月の国際会議で初めてその可能性を示唆。その後、実務担当のリャプコフ外務次官が見直しの可能性に触れ、ペスコフ大統領報道官は改定のプロセスを始めたと公式に認めていた。
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