相次ぐ米兵の性的暴行事件は、なぜ沖縄県に知らされなかったのか 「隠蔽」「形骸化」…指摘が浮き彫りにする、日米安保を取り巻く問題点
47NEWS / 2024年11月13日 10時0分
沖縄県で今年、3人の米兵が性的暴行事件で起訴された。しかし当初、これらの事件は警察からも外務省からも、沖縄県に伝えられていなかった。連絡するルートはあったが、機能していなかった。米軍関係者の性犯罪をあたかも“隠蔽”していたとも映る実態。自治体への情報提供体制が形骸化していることが、あらためて露わになった。
沖縄を含む南西諸島は、日米の対中国戦略の最前線だ。米兵による卑劣な犯罪や、過重な基地負担といった住民の不安・不満に、日米両政府が真剣に向き合わなければ、日米安全保障体制の足元はぐらつきかねない。(共同通信=吉岡駿、永井なずな)
▽少女誘拐
「『やめて』『ストップ』と言った」
「被害に遭って夜も眠れなくなり、外に出ることが怖くなった」
8月23日、那覇地裁。16歳未満の少女を誘拐し性的暴行を加えたとして、わいせつ目的誘拐と不同意性交の罪に問われた米空軍兵長ブレノン・ワシントン被告(25)の第2回公判が開かれた。少女本人が出廷し、被告と顔を合わせないよう設けられたパーティションの内側で、休憩を除き約5時間に渡って事件当日の経緯について証言した。
起訴状によると、ワシントン被告は昨年12月24日のクリスマスイブの夜、本島中部の公園で「寒いから車の中で話さない?」などと少女を誘い、車で連れ去ったとしている。
ワシントン被告は公判で「同意していた」と無罪を主張した。8月30日の被告人質問では、少女を18歳だと思ったと述べ「若い女性に関心はない。本当の年齢を知っていたら誘わなかった」と強調した。
米メディアや米軍の準機関紙「星条旗新聞」も事件について報道している。米軍関係者の1人は「被害者は子ども。性犯罪に厳しいとされる米国の感覚では到底許されない」と指摘する。
▽政府は把握も、県に知らせず
沖縄県警=9月
この誘拐暴行事件が明らかになったのは6月25日、地元メディアの報道によってだった。3日後の28日には別の地元メディアが、5月にも海兵隊員が不同意性交致傷容疑で逮捕された事件が起きていたと報じた。
いずれの事件も報道された時点で那覇地検が起訴しており、捜査は終結していたが、沖縄県警は「被害者のプライバシー保護」を理由に報道発表を控え、県への伝達もしていなかった。県警側から連絡を受けた外務省も、捜査当局の判断に準じ、沖縄県に知らせなかった。
沖縄県幹部は「米兵による二つの事件の報道は寝耳に水だった。基地と隣り合わせの県民にこそ情報が必要なのに、知らせなかった対応は不正義そのものだ」と憤った。県民の反発は一気に広がり、性暴力撲滅を訴えるフラワーデモや、県内自治体の首長らによる政府への対策要請といった抗議活動が連日行われた。
▽連絡体制見直し、新たな事件
上川外相(当時、左)に抗議文を読み上げる沖縄県の玉城デニー知事=7月
自治体に情報が入る仕組みは、実は存在している。日米両政府は1997年に、米側から防衛省などを介して自治体に通報する連絡経路について合意しているのだ。しかし、6月に発覚した2事件ではそれが機能せず、形骸化している実態が露呈した。
沖縄の激しい反発を受け、事態を重く見た政府は7月5日、捜査当局が米軍人を容疑者と認定した性犯罪事件について、非公表であっても例外なく県に伝えるよう運用を見直した。伝達のタイミングは「事件処理が終了した後」とした。沖縄県警も対応をあらためた。これまでは米兵の性的暴行事件について、逮捕などで報道発表する場合には沖縄県にも連絡していた。それを、報道発表していないケースでも、摘発や書類送検といったタイミングで県に通報することにしたのだ。
外務省関係者は「公表や県への連絡をしなかった理由として、プライバシーを持ち出すのはおかしな話で、政府内には速やかな改善が必要だとの判断があった」と内幕を明かす。
こうした中、再び米兵による性的暴行事件が明るみに出た。
9月5日午前、沖縄県警は成人女性に性的暴行を加えて負傷させたとして、不同意性交致傷の疑いで海兵隊の男を書類送検した。すぐさま午前のうちに、県へ事件について連絡した。20日には、那覇地検が海兵隊員を同罪で起訴し、防衛省沖縄防衛局が県に起訴を伝えた。
県警や政府は新運用に対する積極姿勢を示したが「被害者保護や捜査に支障がない範囲なら、立件を待たず連絡できたはず」(県議)との不満もくすぶる。
▽知る権利ないがしろ
米軍関係者の事件が公表されていなかったのは、沖縄県警だけに限らない。青森、東京、神奈川、山口、福岡、長崎の各都県でも近年、米兵らの性犯罪は報道発表されていなかったことが判明した。警察や国側から自治体への、事件に関する連絡がなかった事例も確認された。
専修大の山田健太教授(言論法)は公表についての考え方をこう説明する。「米軍関係者は日米地位協定上の身分を保障された権力者で、公益性や公共性の観点から事件事故の公表は必要だ。被害者のプライバシーに配慮することは前提だが、事件を周知することで、再発の抑止や背景にある構造的な問題を問うことにつながる」
また、まるで足並みをそろえたかのように警視庁、各県警が発表を控えていたことについて「人々の知る権利をないがしろにした運用だ。いつどのように始まったのか、政府の指示があったのか、検証が必要だ」と訴えた。
▽実効性問われる再発防止策
記者団の取材に応じる玉城デニー知事=7月
国土面積の約0・6%の沖縄には、国内の在日米軍専用施設の約7割が集中する。1989年から昨年までの35年間で、米軍構成員による不同意性交などの摘発件数は全国で88件。このうち沖縄県内が半数近い41件を占めている。1995年には小学生の女児が米兵3人に暴行される事件も発生した。
米兵による凶悪事件が起きるたびに、在日米軍は対策を打ち出す。だが沖縄では「ポーズだけ」との受け止めも強く、玉城知事は9月6日「綱紀が緩みきっている。米側は『個人の問題で組織に問題はなく、隊員の教育も進めている』と言うが、実効性があるのか」と疑念を示した。
6月に二つの性的暴行事件が発覚した後、米側は7月、主に三つの再発防止策を打ち出した。
(1)地域住民との協議の場「フォーラム」の設置
(2)県警との合同パトロール
(3)飲酒検査の強化
しかし、いずれも具体的な動きは見えてこない。
フォーラムは早ければ9月中にも準備会が開かれる見通しだったが、県担当者は「時期や議題の情報は入っていない」と話す。玉城知事は9月22日、記者団の取材に「悠長すぎるとしか県民は受け止めない。真剣に責任を持ってやろうとしているのか」と憤った。
同じような試みは過去にもあった。2000年に発足した「米軍人・軍属等による事件・事故防止のための協力ワーキングチーム」(CWT)だ。日米両政府や県、市町村などが構成員だが、開催は2017年が最後だ。これと、今回の「フォーラム」がどう違うのか、明確にはなっていない。
合同パトロールも問題が多い。事件などが起きた際に、米軍関係者の身柄は米側が拘束するとされているが、県警には「容認できない」(幹部)との見方が根強い。捜査関係者は「実現可能性はかなり低いだろう」と漏らす。
飲酒チェック強化については、米側は検問の様子を7月に公開したが、摘発件数などはつまびらかにしていない。
▽日米安保に影響も
沖縄国際大の野添文彬教授(日本外交史)は、米側の再発防止策を批判し、警鐘を鳴らす。「事件を受けて何かしているとのアピールにしか見えず、内容が伴っていない。事件を巡る対応を放置して県民の不満が高まれば、日米安保体制を揺るがしかねない」
野添教授は、地域と米軍との信頼関係が損なわれることは、日米安保体制に波紋を広げ、南西諸島を中心に中国封じ込めを図る戦略にも影響しかねないとみる。
「米側は事件を軽視せず、危機感を持って対応するべきだ。日本政府は、日本側の捜査権を制限する日米地位協定の見直しや、運用の改善を求めるべきだ」と話した。
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