目が開かない…なのに年金を打ち切られた 「眼球使用困難症候群」、厚労省が誤り認め再審査へ
47NEWS / 2024年11月16日 10時0分
神経の異常でまぶたの開閉が自由にできなくなったり、極度のまぶしさで目が開けられなくなったりする「眼球使用困難症候群」と呼ばれる疾患がある。重度になると、一日中真っ暗な部屋で過ごし、外出も難しくなる場合がある。視覚障害と同じような状態だが、昨年以降、患者が国の障害年金を不支給とされるケースが相次いだ。なぜそんなことが起きたのか。根本には、「障害」を判定する仕組み自体の問題がある。(共同通信=市川亨)
▽最初の症状は目の乾き
今年2月に障害年金を打ち切られた徳永公雄さん(仮名)=9月、茨城県内
「今こうして話していても、目がしんどいです」。9月上旬、記者の取材に応じた茨城県の徳永公雄さん(60)=仮名=は伏し目がちに話した。
徳永さんは大手企業の事務職として働いていた。最初に異変を感じたのは2011年ごろのことだ。目が乾き、通常の光でもまぶしく感じるようになった。医者にかかり、目薬や複数の治療を試したが、だんだんひどくなる。やがて自分の意思とは無関係にまぶたが閉じてしまうようになった。
駅のホームが怖くて電車に乗るのも難しい。まぶたを指でこじ開けて仕事をしていたが、目が乾いてつらい。まぶたの異常である「眼瞼(がんけん)けいれん」との診断を4年前に受け、休職した。眼瞼けいれんは眼球使用困難症に含まれる疾患の一つだ。
会社は障害者枠での雇用を提案してくれたが、それには障害者手帳が必要だ。ただ視力や視野に異常がないと、制度上、手帳の対象にはならない。徳永さんも役所で「障害者手帳は出ない」と言われた。休職期間は今年8月に満了。やむなく退職した。
まぶたを押さえるワイヤーが付いた徳永公雄さん(仮名)の眼鏡。まぶたを刺激することで症状の改善が期待できるとの医師の所見を受け、特別に作ってもらったものだという=9月、茨城県内
手帳がないと障害者の雇用率に算入されないので、再就職先はなかなか見つからない。退職金を取り崩し、生活費を切り詰めての1人暮らし。2021年から年間100万円余りの障害年金を受け取っていたが、それも更新に伴い、今年2月に打ち切られた。
「視力があっても、目を開けられなければ見えないのと同じ。『障害』と認められないのは不合理だ」。徳永さんはそう訴える。
▽70%の人が支給停止に
「眼球使用困難症候群」という疾患名を最初に使い始め、これまでに延べ約2万人の患者を診てきた眼科医の若倉雅登さん=9月、東京都内
眼球使用困難症は近年に生まれた新しい疾患概念だ。原因ははっきりしないが、電子機器の見過ぎ、睡眠導入剤や抗不安薬の服用などの影響が指摘されている。
診断基準も確立しておらず、患者数の正確なデータはない。ただ、眼瞼けいれんだけでも軽症を含めると、患者数は推定30万~50万人とされる。
患者のうち、障害年金を打ち切られたのは徳永さんだけではない。眼球使用困難症の患者から多くの依頼を受けている社会保険労務士の安部敬太さん(東京)によると、別の社労士の分を含め、昨年以降に更新時期を迎えた20人のうち、70%に当たる14人が支給を停止された。
新たに年金を申請した9人も、時効による不支給1人を除き、一時金である「障害手当金」(最低保障額で約122万円)の支給しか認められなかった。以前は、いったん手当金と判定されても不服申し立てをすると、年金が支給されていた。ところが、昨年から不服申し立てをしても覆らなくなったという。
▽不合理な仕組み
障害年金が出なくなった理由は何なのか。
そもそも、眼球使用困難症は年金の基準上、「軽い障害」とみなされていて、基本的に手当金の対象とされている。症状が固定していない場合は年金が支給されるが、1~3級の等級のうち最も軽い3級と決まっている。その分、金額は少ない。どんなに重くなっても、1~2級とは認められないという不合理な状況になっている。
年金を打ち切られた患者たちは「症状が固定した」と判定されていた。だが、その人たちの主治医で眼球使用困難症に詳しい若倉雅登医師は「症状は固定していないし、日常生活にかなりの困難がある患者も多く、判定は不合理だ」と指摘する。
▽審査は書類のみ、医師が1人で決める
では、判定の仕組みはどうなっているのか。
障害年金を受け取るには、まず主治医に診断書を書いてもらい、他の書類とともに申請する。約160人いる日本年金機構の判定医が審査するのだが、患者を直接診ずに書類だけで判断する。
判定医は障害の種類に応じて担当が大まかに分かれているが、個々の疾患の専門医とは限らない。しかも原則1人で審査するため、どうしても医師の主観や裁量によって判定にばらつきが出る。判定医が「症状が固定した」「障害が軽くなった」などと判断したとしても、なぜそう判断したのか説明はされない。
それに対し、例えば障害福祉サービスを受ける際の「障害支援区分」では、調査員が本人の自宅などに出向き、家族や支援者らとも面談。障害の状態や生活状況を詳しく調べる。その上で、医師や福祉職ら複数人による審査会が合議で支援の必要度(軽い順に区分1~6)を判定する。障害年金の審査はこれに比べると、客観性に欠けるといえる。
▽厚労省に取材すると、意外な結果に
厚生労働省が入る合同庁舎=2023年12月、東京都千代田区
厚生労働省や年金機構は眼球使用困難症の人たちの不支給について、どう答えるのか。記者は9月中旬、双方に尋ねた。
2週間以上たっても返答がないため、「『回答が得られなかった』と盛り込んだ上で記事にする可能性がある」と連絡。すると数日後、厚労省から「昨日、年金機構に対応を改めるよう求めた」との電話が来た。
厚労省は「取り扱いにばらつきがあった」と事実上、判定の誤りを認め、年金機構への通知ではこう記した。「『症状固定』かどうかの判断は全体の治療経過に着目し、効果や症状を踏まえて個別に判断すること」。(不支給となった)過去の事案については再審査する、としている。
▽基準は50年以上、改正されていない
障害年金の制度改革を求めて国会の議員会館で開かれた集会。若倉雅登医師(左端)や安部敬太社労士(右端)らが登壇した=10月31日、東京都千代田区
眼球使用困難症の年金不支給については、一定の対応策が取られた形だが、障害年金について厚労省は過去にもその場しのぎのような対応を繰り返してきた。
学者や弁護士、社会保険労務士らでつくる「障害年金法研究会」は10月末、国会内で集会を開催。判定の基準や仕組みを抜本的に改正するよう訴えた。
国の政令では、例えば障害年金2級の状態を「長期にわたる安静を必要とする」「日常生活が著しい制限を受ける」などと定めている。これに基づき判定基準の「基本的事項」では、2級の具体例として「活動の範囲がおおむね家屋内に限られる」と記している。
この規定は50年以上、改正されておらず、2級受給者の多くが屋外でも活動している現在の実態とは大きく懸け離れている。
集会では、同研究会のメンバーでもある前出の安部さんがこうした点を指摘。障害を個人の機能の問題と見る「医学モデル」ではなく、社会の障壁によって生じると考える「社会モデル」の視点で改正するよう求めた。
若倉医師も登壇し、眼球使用困難症の人が重度になっても1~2級の年金を受け取れない矛盾を指摘。基準の改正が必要だと訴えた。
▽取材後記
医療や介護、年金など社会保障のことを取材して20年近くになるが、障害年金ほど不合理な点が残された制度はないと感じている。
過去10年の間に年金機構が判定実務を見直すなどして、以前よりは良くなった。だが、3千万人以上が受け取る高齢者の年金に比べ、約230万人の障害年金はずっと後回しにされてきた。
厚労省は来年の通常国会に年金の改正法案を提出する予定だが、障害年金の抜本的な制度改正は考えていない。一般の人も、自分が当事者になって初めて「なんでこんなおかしなことになっているのか」と気付くという状態だ。
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