「寿命半分」を掲げた電車、登場30年超で〝再就職〟できる秘訣は? JR東日本209系、置き換え用車両も判明 【鉄道なにコレ!?】第68回
47NEWS / 2024年11月25日 10時0分
JR東日本がステンレス製通勤用電車209系を静岡県・伊豆半島東部を走る私鉄の伊豆急行に追加譲渡し、伊豆急が現行の2編成、計8両から増備することを関係者が明らかにした。「寿命半分」をコンセプトの一つに掲げた209系が登場から30年を超えても〝再就職〟できる秘訣には、今も色あせない強みがある。転出する千葉県・房総地区の209系の後釜として、首都圏で広く活躍する電車を転属させる計画を立てたことも分かった。(共同通信=大塚圭一郎)
【209系】JR東日本が1993年に導入した直流電源のステンレス製通勤用電車。東京都心部を経由して大宮駅(さいたま市)と大船駅(神奈川県鎌倉市)を結ぶ京浜東北線・根岸線などに当初導入され、後に多くが房総地区に移籍した。他に八高線・川越線の八王子(東京)―川越(埼玉県川越市)間などでも一部運用され、伊豆急は209系を譲り受けて改造した車両「3000系」を走らせている。最高時速は110キロ。製造費用は1両当たりの平均で1億円程度だった。
JRグループの前身で、1987年に分割民営化された日本国有鉄道(国鉄)は頑丈に造った車両をできるだけ長く使うことを目指していた。これを転換したのが「重量半分・価格半分・寿命半分」を掲げた209系の設計思想だった。車体を軽量化したことで消費電力量を低減し、一部編成の車内に「この電車は、従来の半分以下の電力で走っています。」のシールを貼って周知した。また、設計を簡素化したことで調達価格を引き下げることに成功した。
▽「走ルンです」と揶揄
JR東日本が千葉県・房総地区で運用している209系(右)と、209系を改造した列車「B・B・BASE」=2024年7月7日、千葉県鴨川市
209系は「重量半分・価格半分・寿命半分」のコンセプトを標榜し、バブル崩壊後の1993年から京浜東北線・根岸線に本格導入された。銀色の車体にスカイブルー色の帯のステッカーを貼り付けた外観は目新しかったものの、置き換え対象となった国鉄時代製造の鋼鉄製車両103系に比べて安普請だとの受け止めもあった。
「価格半分」と「寿命半分」の設計思想に対しては車両を粗製濫造して「使い捨て」にするというマイナスイメージを抱かれ、富士フイルムが販売していたフィルム式の使い捨てカメラ「写ルンです」になぞらえて「走ルンです」と揶揄された。
また、209系は鉄道愛好家らでつくる団体「鉄道友の会」が優れた鉄道車両に授与しているブルーリボン賞、ローレル賞のいずれも逃している。少なくともデビュー時の社会的評価は決して高くなかったと言えよう。
▽「寿命半分」の真意とは
しかしながら、重量半分・価格半分・寿命半分のコンセプトが登場した背景を読み解くと、再評価すべき美点が見えてくる。
「寿命半分」のうたい文句は、実は車両の使用期間を従来の半分にして廃車にするという意味ではなかった。その真意は、209系を使う想定期間を会計制度上の電車の減価償却期間に合わせることで、過度な設備投資で経営を圧迫する事態を防ぐことだった。
減価償却期間とは固定資産の購入額を耐用年数に合わせて分割し、費用として計上する期間を指す。電車の場合は13年間と定められている。
実際には13年を大きく超えて使い続けられる電車がほとんどだが、209系は減価償却期間の13年間にわたって大規模な改造などをしなくても運用できるようにと設計された。その上で、減価償却期間が済んで「元を取った」時点でもう少し運用を続けるのか、他の路線に転籍させるか、あるいは他社に譲渡するのかなどを判断できるようにした。
▽背景に「国鉄が行き詰まった反省」
JR東日本が京浜東北線・根岸線で使っているE233系=2024年10月17日、東京都品川区
このような考え方が生まれた背景を、元JR東日本役員は「どんぶり勘定だった国鉄の経営が行き詰まったことへの反省があった」と説明する。
放漫経営を続けていた国鉄は「コスト低減よりも、長く使える頑丈な車両を納入することを強く要求していた」(当時を知る元車両メーカー幹部)とされる。例えば209系が投入された京浜東北線の場合、異なるタイプへの置き換えはあったものの103系が1965年から98年まで使われ続けた。
耐久性を重視するあまり製造コストが高過ぎた車両も多く、設備投資が膨らんだ。国鉄は巨額の赤字が慢性化し、総額約37兆1千億円もの債務を抱えて実質的に経営破綻した。このうち大半に当たる約24兆2千億円を国が承継し、国民負担となった。
大きなつけを払うことになった国民が、JRグループに対して厳しい目を向けたのは論をまたない。顔を洗って出直すことを迫られたJR東日本は、電車ならば減価償却期間の13年間使うことを基本設計にして開発するようになった。
このため、長期間使い続けることを前提としたオーバースペック(過剰性能)の車両は必要ではなくなり、「価格半分」を標榜した低コスト化の道が開かれた。
209系は京浜東北線・根岸線で2010年まで運用され、現在も両路線で使われているステンレス製電車のE233系に置き換えられた。玉突きで209系の多くは09年から房総地区へ順次転属し、房総地区で走っていた国鉄時代製造の鋼鉄製車両の113系は廃車となった。
JR東日本が横浜線で走らせているE233系=2024年10月19日、横浜市神奈川区
209系は房総地区へ移る際に1編成当たり10両だったのを6両または4両に短縮し、床下の制御装置を更新。一部の車両には壁沿いに座るロングシートを乗客同士が向かい合って座るクロスシートへと交換し、長時間の運行にも対応できるようにトイレを設置した。スカイブルー色だった車体の帯も、黄色と青色のツートーンに張り替えられた。
▽伊豆急が目を付けた理由
伊豆急行が運行している元東急電鉄の8000系=2017年8月20日、静岡県伊東市
転属先の房総地区で活躍してきた209系も徐々に交代時期を迎え、目を付けたのが伊豆急だ。209系が重量半分を掲げて軽量化したステンレス製車体を採用し、省エネルギー化したことなどを評価した。
東急グループの伊豆急は、東急電鉄のステンレス製車両8000系を2004~08年度に譲り受けたものの老朽化している。関係者は「209系に置き換えることで更新でき、消費電力量も大幅に低減できる」と指摘する。
伊豆急は相模湾の近くを走っており、海風に当たるため209系がさびにくいステンレス製車体なのも好都合だ。さらに、伊豆急の多くの電車はJR東日本伊東線に乗り入れて熱海駅(静岡県熱海市)まで直通運転しているため「JR東日本の運転士らが操作しやすい電車を導入する狙いもあった」(元伊豆急幹部)という。
伊豆急は209系を買い取って改造した3000系の4両編成、2編成を2022年4月から運行している。車体にアロハシャツのような装飾を施しており、「アロハ電車」の愛称が付けられた。
関係筋によると、JR東日本が房総地区で走らせる209系を伊豆急に今後追加で譲渡し、8000系の置き換えを進める計画だ。
▽房総地区の209系を置き換える後釜とは…
JR東日本の209系を改造した列車「BOSO BICYCLE BASE(B・B・BASE)」の車内。自転車をそのまま持ち込めるようにバイクハンガーを備えている=2024年7月7日、東京都墨田区
JR東日本が房総地区の209系を置き換える車両は、線区によって異なる。利用者が比較的少ない千葉県の房総半島南部の内房線木更津(木更津市)―安房鴨川(鴨川市)間や外房線上総一ノ宮(一宮町)―安房鴨川間などでは、新造した2両編成のステンレス製車両E131系の営業運転を2021年3月に始めた。
車外に乗降確認用カメラを備えたE131系は、ワンマン運転が可能だ。209系からの交換に伴い、一部列車で運転士だけが乗務するワンマン化を実施した。
JR東日本が房総地区の一部線区で運行しているE131系=2024年7月7日、千葉県鴨川市
一方、従来通り運転士と車掌の両方が乗務する房総地区の線区では、京浜東北線・根岸線で209系の後釜となった型式のE233系を入れる計画だ。E233系は京浜東北線・根岸線の他に中央線、青梅線、五日市線、横浜線、南武線などで運行しており、JR東日本関係者は「余剰になった一部のE233系を改造して房総地区に投入し、209系から車齢を若返らせる計画だ」と打ち明ける。
伊豆急に転籍する車両以外の209系は、原則として廃車になる見通しだ。自転車を折りたたまずに持ち込めるように、自転車を立てかけるバイクハンガーを車内に備えた209系を改造した列車「BOSO BICYCLE BASE(B・B・BASE)」の去就も気になるところだ。2018に登場し、両国駅(東京)を発着して房総半島などと結んでいるB・B・BASEは暖房設備の故障で24年10月から運休している。
重量半分・価格半分・寿命半分を標榜したため短命を予想する向きもあった209系だが、登場から30年を過ぎても〝再就職〟の声が掛かるロングラン商品となった。設計思想がその後登場したE231系やE233系などに生かされたことに鑑みると、次の世代の通勤用電車にたすきをつなぐ「移ルンです」と呼ぶべき役割を果たしたと言えそうだ。
※【鉄道なにコレ!?】とは:鉄道に乗ることや旅行が好きで「鉄旅オブザイヤー」の審査員も務める筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。鉄道以外の乗り物の話題を取り上げた「番外編」も。ぜひご愛読ください!
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