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財界、労組の年金改革案の残念な中身 高所得者の年金カット、支給開始年齢引き上げ、3号制度廃止…

47NEWS / 2024年11月22日 10時0分

 高所得者の年金はカット、専業主婦に多い国民年金の第3号被保険者制度は廃止―。こんな年金改革案が発表された。提言しているのはそれぞれ、関西財界の経営者団体と日本を代表する労働組合の全国中央組織だ。
 筆者は20年来、年金政策のウォッチを続けてきた。2010年頃までは新聞各紙などがこぞって独自の改革案を発表したものだったが、民主党の年金改革案が失速してからというもの、そうした風景は過去のものとなっていた。今回のように年金改革の提言が相次ぐのは久しぶりだ。大いに期待して目を通したのだが…。いずれも残念な内容だった。(共同通信編集委員=内田泰)

 ▽「財産権侵害」で提訴されたらアウトか


記者会見する関西経済連合会の常陰均副会長=2024年10月16日、大阪市


 まず、関西経済連合会(関経連)が2024年10月16日に公表した「社会保障を中心とする税財政に関する提言」を見てみよう。具体的な改革項目の筆頭に書かれているのは「高所得者への年金停止」だ。
 「年金以外からの所得が一定以上の高齢者を対象とした老齢基礎年金の支給額の逓減あるいは支給の停止」と記されている。「それはいい」とひざを打った方もいらっしゃるかもしれない。でも、ちょっと待ってほしい。

 高所得者向けの年金支給カットはカナダで導入されており、「クローバック」と呼ばれる。カナダがクローバックを採用しているのは、給付原資の全てを税で賄う「税方式」で運営されているからだ。
 これに対し日本の年金は、保険料を中心とした「社会保険方式」だ。基礎年金については給付費の半分が税で賄われているものの、残りは保険料が主体である。それをクローバックによって強制的にカットするとなると、日本国憲法29条に規定された「財産権」の侵害に当たるかもしれない。仮に国家賠償請求訴訟を起こされた場合、国が勝訴できるかどうか微妙だろう。

 日本でも民主党政権時代にクローバックの導入が検討されたことがある。国庫負担(税)の投入を減らしたい財務省の意向があったからだが、当時野党だった自民、公明両党の反対によって政府が撤回した経緯がある。

 ▽社会保険方式の日本でクローバック導入のメリットは乏しい


関経連が公表した提言より。高所得者への年金停止について言及している

 そもそも、何らかの改革をするのであれば明確な政策目標が必要だが、クローバックの狙いは国庫負担を削減することだろう。問題は対象となる「高所得者」の所得ラインの線引きだ。
 この線引きの水準が高すぎると、国庫負担の削減額が小さすぎて政策目標が達成されない。逆に、十分な国庫負担削減を目指すのであれば中間所得層にまで年金カットが及ぶことになる。この場合、老後の所得保障という年金の役割が不十分になる恐れがある上に、年金制度への不信感を国民に植え付けてしまう。
 つまり、社会保険方式で運営される日本の年金にクローバックを導入するメリットは乏しいのだ。高所得者対策が必要だと考えるなら、年金課税を強化するのが素直な手段だろう。

 クローバックなどという悪手に走らなくても、関経連には自らできることがあるはずだ。
 国民年金法20条の2と厚生年金保険法38条の2には「受給権者の申し出による支給停止」が規定されている。要するに、年金受け取りの自主的な返上だ。関経連は加盟企業の65歳以上の役員と役員経験者に対し、年金返上を義務付ければいい。
 いずれもかなりの高所得層だろうから、無理な要請とも言えまい。年金返上の制度の利用を申し出た人は残念ながらごくわずかなのが実情だ。関経連の旗振りで普及が進めば、年金財政の健全化に多少は貢献することになるだろう。

 ▽支給開始年齢の引き上げは世代間格差の是正に逆行する

 クローバックのほかにも、関経連は原則65歳となっている支給開始年齢を引き上げるよう提案している。「社会保障給付費の伸びを抑制する仕組みの導入」の項目で「公的年金の支給開始年齢を見直す際の目安(平均余命や現役世代の人口など)の設定」と記されている。平均余命などの目安の設定は、デンマークやオランダで既に導入されているのを参考にしたのだろう。

 だが、支給開始年齢の引き上げは日本の仕組みと実はうまくマッチしない。日本の制度には、少子高齢化に応じて年金給付の伸びを抑制する「マクロ経済スライド」が組み込まれているからだ。
 マクロ経済スライドとは、簡単に言えば、現在の年金受給高齢者の受給額をカットして、孫やひ孫など将来世代向けの給付原資として取り置いておく仕組みだ。世代間格差の是正に一役買っている。
 このマクロ経済スライドが働いているときに支給開始年齢を引き上げると、現在の高齢者向け年金受給額のカット幅は小さくなって、将来世代の取り分が減ってしまう。関経連会長の松本正義・住友電気工業会長は80歳だが、この提言が実現すると松本会長の年金受給額は今よりも潤う一方、孫世代の受給額は減ることになる。これでは世代間格差の是正に逆行してしまう。

 経営者団体には通常、経済学者らが政策ブレーンとして付いているものだが、こんな提言を出す関経連には、ブレーンがいないのだろうかと心配になってしまう。

 ▽専業主婦も保険料支払い…でも、未納が増えないか


連合の芳野友子会長

 一方、日本労働組合総連合会(連合)は10月18日、「働き方などに中立的な社会保険制度(全被用者への被用者保険の完全適用、第3号被保険者制度廃止)に対する連合の考え方」と題した文書を公表した。
 中身はずばり、国民年金の第3号被保険者制度の廃止案だ。3号被保険者は専業主婦に多く、自らは保険料を負担することなく将来の基礎年金給付が受けられる。3号の妻全体のうち夫の雇用者所得が1千万円以上あるケースが1割余りを占める。1号被保険者(自営業者ら国民年金のみの加入者)や単身者、共働き家庭から、かねて「不公平だ」との批判がある。

 連合案では10年程度の移行期間を設け、3号制度を撤廃するという。3号被保険者は強制的に1号被保険者に種別が変更される。つまり、今は低収入や無収入の専業主婦として3号に該当する人も、将来的に国民年金保険料(2024年度は1万6980円)を支払うようになるのだ。3号制度を批判してきた人にとっては溜飲が下がる提案かもしれない。

 ただ、現状の3号にはさまざまな属性の人が混在していることに留意すべきだろう。3号といっても“シロガネーゼ”のような富裕層ばかりではない。育児や介護のために仕事に就く余裕がないケースもあれば、重い障害のために就業できない人や失業者も含まれる。そのような人々に対しては、連合案では新設する「生活手当(仮称)」を配るのだというが、財源が公費(税)なのか保険料なのかは明らかにされていない。要は生煮えなのだ。
 この「生活手当(仮称)」が実現できないまま3号廃止を強行すると、少なくない保険料未納者と低・無年金者を生み出すことになるが、それでよいのだろうか。

 付け加えると、3号から1号に種別変更する人が増えると、公的年金の持つ所得再分配機能は弱まることになる。1号被保険者の場合、定額の保険料を納めて定額の給付を受け取る仕組みとなっており、高所得層から低所得層に資金を移転させる所得再分配の機能が働かないためだ。だが、これまで連合は社会保障制度における再分配機能の強化を主張してきた。自らの従来姿勢と矛盾することへの説明はない。
 この文書にはさまざまな図表が盛り込まれており、連合案の詳細を解説しているのだが、目を通した社会保障審議会年金部会(厚生労働相の諮問機関)の委員の1人は「お絵描きでしかない」と切って捨てた。

 ▽「制度廃止ありき」の会長トップダウン


連合が公表した、第3号被保険者制度の廃止イメージ

 連合関係者の証言によると、今回の3号廃止案は芳野友子会長の号令一下、「制度廃止ありき」で進められたという。
 10月18日の記者会見でも芳野会長は3号制度に対する問題意識を以前から持っていたが「労働組合の意思決定の場は男性が非常に多く、なかなか女性役員の声が届かなかった」と語っている。
 意思決定の場に女性の声が反映されるのは望ましいことだが、負担と給付が絡むデリケートな制度改革を巡ってトップダウンで決定するのはいかがなものであろう。連合傘下の大規模単組の一部からは3号廃止に反対する意見も上がったが、「女性幹部たちが押し切った」との証言もある。

 ▽配偶者が健康保険の扶養を外れるのに、祖父母や兄弟姉妹は扶養対象?


連合が公表した文書。下部に「社会保険の被扶養者は無就業・無収入の親族のみとなる」と書かれている

 連合案で最も奇妙なのは、健康保険の被扶養者の範囲である。国民年金の3号廃止に伴って、専業主婦(主夫)は健康保険の扶養からも外れることになるとしており、国民健康保険の被保険者として新たに保険料を負担する。論理は一貫しており、合理性があるといえるだろう。
 しかし、「社会保険の被扶養者は無就業・無収入の親族のみとなる」との記述には首をかしげざるを得ない。
 現行の健康保険制度では「被扶養者」の範囲は意外に広い。連合案だと、子ども、父母や祖父母ら直系尊属、孫や兄弟姉妹も引き続き扶養の対象となり得る。子どもについては理解できるとしても、祖父母や兄弟姉妹が扶養に入れる一方、配偶者は対象外というのはアンバランスで、一般の社会通念からは理解しがたいだろう。性急な「3号制度廃止ありき」で突き進んだ結果、このようなちぐはぐな制度改革案ができあがったのではないか。

 厚労省は現在、厚生年金の適用拡大を推し進めている。2024年10月からは従業員数51人以上の企業に勤めるパートら短時間労働者も厚生年金の適用対象となった。今後も、企業規模要件の撤廃や、非適用業種の見直しといった拡大策が見込まれている。
 年金制度改正を議論する社会保障審議会年金部会では、適用拡大の徹底を通じて3号対象者を実質的に縮小してゆき、それでもなお育児や介護、障害などを理由に就業できない人については、3号制度をセーフティーネットとして活用してはどうかという意見が少なくない。
 年金部会に委員を送り込んでいる連合は、今回の3号廃止案を提出することを予定しているようだが、同部会の委員から多くの賛同が得られるとは考えがたい。

 以上、関経連と連合の年金改革案を検証してみた。厚労省はいま、2025年の通常国会に向けて年金制度改正の議論を本格化させている。だが、関西を代表する経営者団体と労働組合の全国中央組織がこの体たらくでは、この国でまっとうな年金改革論議を進めるのはどうやら難しそうだ。ため息ばかりが出るのは筆者だけだろうか。

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