天皇陛下代替わりのたびに…500年の伝統「聖徳太子像の衣替え」今回はいまだ足踏み 京都・広隆寺、その背景は「上皇さまに遠慮」?
47NEWS / 2024年11月22日 10時30分
令和もはや6年。天皇陛下の代替わりはすっかり済んだように思えていたが、意外なところで足踏みしていることもある。京都・広隆寺にある聖徳太子像は、戦国時代以来500年にわたり、天皇代替わりのたびに衣装を着替えるのが伝統だが、令和になってからの衣替えがいまだ行われていない。その経緯を調べていくと―。(共同通信=大木賢一)
▽天皇衣を着る聖徳太子像
広隆寺南大門=2024年10月30日、京都市右京区太秦蜂岡町
私がその木像を知ったのは4年ほど前のことだった。天皇や皇室の話題をネットで探していて、観光案内などの記述を見つけた。広隆寺の等身大聖徳太子像は平安時代の1120年に制作され、歴代天皇が即位礼で着用した「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」を、天皇から贈られて身にまとっているらしい―。かいつまんで言うと、そのような話だった。
黄櫨染御袍は、天皇のみが着ることのできる黄色がかった茶色の束帯で、即位の礼だけでなく日常の宮中祭祀でも使用されている。
私は、2019年に皇居で行われた「即位礼正殿の儀」を、取材記者として現地で見た。天皇陛下の立つ「高御座(たかみくら)」の帳が開いた瞬間に目に入った装束の鮮やかな色を忘れることができない。
あの時の本物の装束を、木彫りの聖徳太子が着ているのか―。興奮して画像検索すると、果たしてその像は黄櫨染御袍をまとい、これも天皇の証である「立纓(りゅうえい)」(頭上にまっすぐ立ち上がる纓)の冠をかぶって立っていた。だが、これは現在の天皇陛下ではなく、平成の時代に上皇さまからの「下賜金」でつくられたものだという。
▽即位果たせなかった太子への表敬
旧1万円札の聖徳太子像
さっそく広隆寺に取材を試みたが、なぜか断られた。衣替えが始まった経緯や現状を聞くこともできず、像の画像掲載も許可が得られなかった。木像が毎年11月の太子の命日にしか公開されない「秘仏」であることなどが理由らしい。
そこで現地に足を運んでみると、太子像の安置された「上宮王院太子堂」に案内が書いてあった。
〈この太子像には古来より歴代天皇の黄櫨染御袍の御束帯が即位後、贈進されて、各天皇御一代を通じて着用される御例になっており、毎年11月22日に開扉される〉
さらに文献を調べると、平成年間の調査報告書に、次の記述があった。
〈現在、寺には後奈良天皇(在位1526―57年)着用とされる御袍を最古の例として、以降数代にわたる遺品が伝存している。〉
なぜ歴代天皇が自分の装束を太子像に着せるのか。報告書には「古来、皇室は聖徳太子への尊崇あつく」と書かれ、寺で配布しているパンフレットにも「太子の偉徳功業を景仰せられる歴代天皇が」と書かれている。皇太子でありながら即位することができなかった太子の無念を、衣を贈ることで歴代天皇が慰めてきたということだろうか。
▽令和の衣替えはいつ?
法隆寺の聖徳太子坐像(奈良・法隆寺所蔵、画像提供・奈良国立博物館)
新聞を調べてみると、平成の「衣替え」は、1994(平成6)年11月に行われ、当時の羽田孜前首相ら約350人が参列して「御袍御更衣(ごほうごこうい)之儀」が営まれた。
当時と同じく、令和も6年となったが、まだ衣替えの見通しはない。なぜなのか。広隆寺から回答はなく、今度は宮内庁に文書で質問したところ、「宮内庁として公表の対象になる事案ではないので、下賜金の予定があるともないとも、こちらの側からは何とも言えない」とのことだったが、明治以降の実例については記録をもとに解説してくれた。
「明治天皇紀」によると、古来より「天皇御料の古衣」、つまり天皇がそでを通した「実物」を着せていたが、明治以降は同じものを新たにつくるようになった。
「昭和天皇実録」には、1929(昭和4)年2月の欄に「広隆寺に聖徳太子像装束調製料を下賜される」と記述がある。新調した装束そのものの下賜を「時勢に鑑み」調製料の下賜に変更したのだという。
▽延暦寺では「御衣」法要
「即位礼正殿の儀」を終え、退出される天皇陛下=2019年10月22日、皇居・宮殿
天皇の衣服を神聖なものとして扱う伝統はほかの寺院にもある。滋賀県大津市の比叡山延暦寺や、京都市の東寺では毎年「御修法(みしほ)」と呼ばれる法要が営まれ、天皇の衣の生地である「御衣(ぎょえ)」が奉安される。ともに、今年の法要をすでに終えており、宮内庁によると、両寺から宮内庁京都事務所を通じて「願い出」が出され、天皇陛下からの「お貸し下げ」が実現したという。
広隆寺から「願い出」が出ているのかどうかはっきりと答えが得られなかったが、寺の関係者を取材していると、こんな声が聞こえてきた。「今回の代替わりでは上皇さまがご存命なので、まだ衣替えができないようです」
ご存命である上皇さまの衣を今替えてしまうことに抵抗を感じるのは分からないでもない。だが、歴代天皇の意思は、聖徳太子への尊崇の証しに、即位した自分の衣を贈進し、自分一代の間は着続けていただく、ということだったのではないだろうか。900年もの歴史を持つ聖徳太子像が、無事に「令和の御代の装束」をまとう日が待たれる。
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