高齢者の年齢を引き上げる?働き手拡大に期待する経済界と政府、「死ぬまで働かされる」と反発も
47NEWS / 2024年11月26日 10時30分
高齢者は何歳からなのか―。65歳以上とされることが多い高齢者の年齢を引き上げるべきだとの声が経済界から上がっている。少子高齢化に伴う人口減少で働き手が不足することへの危機感が背景にある。ただ、「死ぬまで働かされる」といった不安も広がり、政府内で提言を政策に直接反映させる動きは目立っていない。
一方、政府は財政や社会保障を長期で持続させるための条件として、70代前半の労働参加率が2045年度に5割を超える姿を描く。高齢者の就労を巡っては待遇の悪さや頻発する労災などの課題が山積しており、意欲のある高齢者が気持ちよく働くための環境整備が急務だ。(共同通信=李洋一)
▽「5歳延ばす検討をすべき」と経団連会長
高齢者となる年齢は法律によって異なるものの、一般的には65歳以上とされる。仮に年齢引き上げの動きが出てくれば、60歳が多い企業の定年や、原則65歳の年金受給開始年齢の引き上げにつながる可能性がある。
見直し論は、政府が6月に決めた経済財政運営の指針「骨太の方針」の議論の中で注目を集めた。骨太の方針を議論する経済財政諮問会議で、経団連の十倉雅和会長ら民間議員が「高齢者の定義を5歳延ばすことを検討すべきだ」と提言。経済同友会の新浪剛史代表幹事は7月に「高齢者の定義は75歳でいい。働きたい人がずっと働ける社会にしたい」と述べた。
▽人口の減少は「国難」
こうした声が上がるのは、人手不足の解消が念頭にある。生産年齢人口と呼ばれる15~64歳の人口は1995年の8726万人がピークで、2020年には7509万人まで減った。国立社会保障・人口問題研究所の見通し(出生中位推計)によると、2032年に7千万人、2043年に6千万人、2062年に5千万人をそれぞれ割る。
一方、65歳以上の人口は2020年が3603万人で、2043年に3953万人に達するまで増加が続く。諮問会議は人口減少について、経済成長を下押しする「国難」と位置付けており、民間議員からは「(高齢者の定義を)思い切って10歳上げて、生産年齢人口と捉え直すのも一つの手だ」(BNPパリバ証券の中空麻奈グローバルマーケット統括本部副会長)との意見が出た。
経済財政諮問会議と新しい資本主義実現会議の合同会議で、あいさつする岸田首相(左から2人目)=6月21日、首相官邸
▽定義自体がナンセンス
しかし、骨太方針に提言がダイレクトに反映されることはなかった。SNSで「死ぬまで働かされる」「悠々自適の老後は存在しない」などとネガティブな反応が目立ったこともあり、時期尚早と判断された。10月の衆院選でも目立った争点にはならなかった。
当事者は具体的にどのように受け止めたのか。お年寄りの街として知られる東京・巣鴨で取材した。
シンクタンク「100年生活者研究所」は、巣鴨で営業するカフェで高齢者へのヒアリングを重ねている。大高香世所長は「元気に年を重ねて、100歳まで生きる意欲のある人は年齢で自分を縛らないのが特徴。そういう方にとっては定義自体がナンセンス」と語る。一方で「定義を引き上げた方がより年齢を意識しない人が増える」とも語った。
お年寄りでにぎわう東京・巣鴨=9月12日
▽「正面から国民に問うべき」
カフェの常連で、定年退職後は執筆活動に力を入れる愛知県の70代男性は「自分が高齢者だなんて思わない」と語る。定義の引き上げについては「根っこの心持ちの部分が不純で、不信感しかない」という。社会制度の維持のために高齢者がより多く働くことや、年金の受給開始年齢が遅れるたりすることについては議論の余地があるとしつつ「だったら正面から国民に問うべきだ。定義だなんだと回りくどいことを言うからだまされているような気持ちになる」と指摘する。
同じく常連で東京都の山中泰政さん(74)は「高齢者が働くべきだと言うなら敬意を持つべき」と語る。もうじき、75歳以上の「後期高齢者」に分類されるが、呼び方に違和感があるという。「もうすぐ人生が終わるかのようなレッテルを貼られる。この際、気持ちが明るくなるような呼び方を考えるべきだ」
▽70代前半の労働参加率56%
政府は骨太方針で定義変更に言及しなかったものの、高齢者のさらなる就労拡大が重要と明記した。
理屈はこうだ。人口減少の加速が本格化する2030年代以降も財政や社会保障を持続させるためには、実質国内総生産(GDP)の成長率が1%を安定して上回る必要がある。実現のためには成長分野に人材や資金を集中させて企業の生産性を向上させたり、低い出生率を改善したりすることに加え、より多くの高齢者に働いてもらう必要がある。
政府は高齢者の就労をどれぐらい増やしたいのか。骨太の方針に明記されていないものの、内閣府は7月に詳しい試算を公表した。これによると、70代前半の労働参加率が2045年度に56%程度となることを念頭に置いている。働く高齢者は年々増えており、23年度の労働参加率は34%に達した。ここからさらに22ポイント伸びる計算だ。
内閣府幹部は「共働きが当たり前の世代が年を重ねることにより、働く高齢者は今よりも増える」と見通す。一方で「あくまでも試算で、無理やり働いてもらう訳ではない。意欲のある高齢者が働きやすい環境を整えることが今後の課題だ」と付け足した。
▽進む環境改善、80歳超で再雇用も
雇用環境は徐々に改善に向かっている。70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務になったこともあり、企業が定年年齢を引き上げている。
内閣府が約2千社から回答を得た3月の調査によると、定年を61歳以上とする企業は32・0%、勤務可能年齢の上限を71歳以上とする企業が20・2%で、それぞれ2019年調査から3・6ポイント、6・1ポイント上昇した。
家電量販店大手のノジマは80歳を超えた従業員も再雇用の対象としており、高齢者の新規採用もしている。イオンモール座間店(神奈川県座間市)の河島幸三さん(71)は、百貨店を定年退職した2018年に転身した。前職での接客経験を生かしてエアコンやテレビなどを販売しており「高齢のお客さまにとって気安い店員で、信頼していただいている」と自己分析する。
家電量販店大手のノジマで働く河島幸三さん=8月5日、神奈川県座間市
▽学生バイトよりも低い給料
現役世代と比べて低いことが多い賃金も改善の兆しがある。内閣府の3月の調査によると、再雇用時の賃金水準が定年前の8割程度以上とした企業の割合は2019年調査より15ポイント高い39%だった。人手不足の企業ほど引き留めや士気向上のために待遇を改善しているという。
ただ、縮小傾向にあるとはいえ、今も賃金格差は残っているのが事実だ。定年退職後に千葉県の結婚式場で働き始めた70代男性は「給料は最低賃金並みで、最近入った学生のアルバイトよりも低い」と漏らす。現場の仕切りを任されることもあるが、それでも新人と比べて賃金が低いのは「若い世代より働く場所の選択肢が少なく、足元を見られているのではないか」と話した。
▽最低賃金の対象から外れる個人事業主
最低賃金が保証されないケースもある。全国に67万6756人(2023年末時点)の会員を擁するシルバー人材センターが提供する仕事だ。
多くの高齢者が植木の剪定や除草、清掃などに従事しているが、労働者ではなく個人事業主という立場のことがほとんどで、最低賃金法の適用から外れる。全国シルバー人材センター事業協会の担当者は「最低賃金が目安にはなっている」と説明する一方で「社会参加による生きがいの充実が事業の目的で、たくさん稼ぎたい方にはハローワークに行くことをおすすめする」と語る。
同一労働同一賃金の徹底、デジタル分野などのリスキリング(学び直し)がさらなる就労拡大の鍵を握るのは間違いなさそうだ。日本総合研究所の藤波匠上席主任研究員は「経済を成長させ、能力や意欲のある高齢者が納得できる付加価値の高い仕事を増やす必要がある」と指摘した。
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