自販機にピースサイン 、体調不良は「ばい菌の仕業」…死刑判決から半世紀超、記者が見た袴田さんの拘禁症状 無罪確定後は変化を感じさせる言葉も。釈放から10年、姉と2人暮らしの日常
47NEWS / 2024年12月12日 9時0分
今年9月、静岡地方裁判所は58年前に起きた強盗殺人事件を巡り、袴田巌さんに対するやり直しの裁判(再審)で無罪判決を言い渡した。最初の裁判で1968年に死刑判決を受け、それが確定した後も無実を訴え続けてきた袴田さん。今回の再審では捜査機関による証拠捏造が認められ、ようやく無罪になったが、長期間に及ぶ死刑囚としての日々で精神を病み、今も現実離れした言動や奇妙な行動を続ける。一方で、無罪が確定した後は少しずつ状況を理解しているような言葉も増えてきた。袴田さんは何に苦しんでいて、どんな日常を過ごしているのか。姉ひで子さん(91)と暮らす家に取材で通う記者が、袴田さんの今を報告する。(共同通信=柳沢希望)
▽身に覚えのない罪で死刑、執行の恐怖で次第に意思疎通困難に
プロボクサー時代の袴田巌さん=1961年(無実の死刑囚・袴田巌さんを救う会提供)
1936年、現在の浜松市に生まれた袴田さんは日本ランキング上位に入ったこともある元プロボクサーで、20代で引退後、静岡県清水市(現在は静岡市)のみそ製造工場に住み込みで働いた。
人生が一変したのは1966年。工場を経営する会社の専務一家4人が殺害され、金品が奪われた上、放火されるむごたらしい事件が起きた。警察は30歳だった袴田さんを逮捕。袴田さんは「身に覚えがない」と否認したが、事件から約1年2カ月後になって、工場のみそタンクから見つかった血染めの5点の衣類などが決め手となり、裁判で死刑判決を受け、1980年に確定した。
袴田さんは東京・小菅の拘置所でいつ執行されるか分からない日々を過ごしながら、裁判をやり直す再審を求めた。一方、死刑が確定した頃から拘禁症を患い、次第にひで子さんとも意思疎通ができなくなった。2014年3月、2度目の請求で静岡地裁は再審開始と東京拘置所からの釈放を決定。逮捕から約48年がたち、袴田さんは78歳になっていた。
▽気温30度でも長袖を重ね着。拘置所生活の深い爪痕
再審開始を認める決定が出され、半袖姿で東京拘置所を出る袴田巌さん。右は姉のひで子さん=2014年3月27日、東京・小菅
釈放後、浜松市でひで子さんと暮らす袴田さんを、記者(柳沢)が初めて訪ねたのは、2023年10月に始まった再審の審理が終わった今年5月。拘禁症状が残るというニュースは知っていたが、釈放から10年がたち、ある程度コミュニケーションは取れるだろうと想像しながらドアを開けた。
袴田さんはテレビの前の椅子に座り、ちらりと記者の顔を見て、すぐテレビに視線を戻した。口元が動いているのに気づき、あいさつをすると、軽い会釈と「こんにちは」と返ってきた。
ほっとしたのもつかの間、気温30度を超える蒸し暑さの中、袴田さんが長袖シャツを2枚重ね着し、汗びっしょりになっているのに気づいた。支援者が脱がせようとしても「寒くなるんだ」とかたくなに拒んだ。高齢者は体温調節が苦手で、厚着の人も珍しくないが、何か違う感じがした。ひで子さんに理由を聞いたところ「拘置所生活のせいではないか」との答えが返ってきた。
袴田さんが東京・小菅の東京拘置所にいる間、ひで子さんは冬着を何枚も送った。しかし、2014年3月、拘置所から釈放された時は厳しい寒さの中、半袖姿だった。送った冬着のいくつかは、拘置所から渡された段ボール約10箱に使った形跡がないまま入っていた。「拘禁症を患い、刑務官に衣類を出してもらうよう、頼めなくなったのでは」とひで子さんは振り返る。
袴田さんは釈放から10年たった今も季節を問わず毛布と掛け布団を使い、拘置所では就寝時でも照明がついていたせいか、明るいまま眠るとも聞かされた。取材初日、袴田さんに残る長期拘束の爪痕をまざまざと感じた。
▽妄想の世界、男性は面会拒絶
姉ひで子さんから声をかけられ頭をなでられる袴田巌さん=2024年10月21日、浜松市(袴田さん支援クラブ提供)
ある日、記者は袴田さんに今日何をしたか聞いてみた。「近くに温泉天国のマンションができて…」と説明を始め「ばい菌の仕業」で体調が悪いとも口にした。要領を得ないまま聞いていると、話をやめて目を閉じて顔を傾け、笑い出した。別の日、どこに外出するか聞いたところ、袴田さんは「てっぽうざんへ」と話した。浜松市にそのような地名はない。袴田さんは「市役所の地下通路とつながっている」「城の下にあるんだ」と続けたが、現実にある場所とは結びつかなかった。ひで子さんは「巌は妄想の世界にいて、私たちの声は聞こえていない」と言う。
一方、簡単な事柄であれば、やりとりが成立することもあった。袴田さんは好物の食べ物を連日食べる習慣がある。記者が自宅を訪れた7月上旬、この日もウナギを食べに行くのか聞いたところ、「ウナギはな、食べないんだ。エビだ」、天気の話題に「今日は暑いんだな」。しかし、それ以上の詳しい答えはもらえなかった。
袴田さんは警戒心が強い。9月上旬、袴田さんは夜中に玄関の施錠を確かめようとして、わずかな段差に足をひねり、けがをした。トイレへ行くたびに、玄関に鍵がかかっているかどうか確認し、換気のため開けていた風呂場の窓も、気づけば必ず閉める。ひで子さんらは「見知らぬ人が自宅に入って来ないよう徹底しているのでは」と推し量る。
また、袴田さんは成人男性が自宅に入るのをひどく嫌がる。男性が訪れた時には「面会拒絶なのでお帰りください」などと強い言葉を投げつけ、拘置所で出会った元刑務官が来た際は、逃げるように部屋から出た。「男の人は看守を思い起こさせるのではないか」とひで子さんら。袴田さんを怖がらせないよう、自宅を訪れる支援者やメディア関係者は女性が中心になっている。
袴田さんのこうした状況は、2014年の釈放以来変わらない。それでも全て受け入れてきたひで子さん。「自由にしておけばそのうち治ると思って」と穏やかな表情で語る。
▽毎日の散歩、その目的は
自販機で飲み物を買う袴田さん=2024年10月26日、静岡県磐田市
袴田さんは毎日欠かさず、支援者と散歩やドライブをしている。ただ、自身にとっては「ばい菌を倒すためのパトロール」という認識のようだ。外出先は、天気や気分次第で毎回異なる。道中、救急車のサイレンを聞いたり、交番の前を通ったりすれば、必ず片手を挙げてあいさつする。一見、陽気なお年寄りという趣だが、独特の行動を取ることも多い。
よく立ち寄る浜松駅では、同じ店で同じ銘柄の菓子パンや和菓子などを買い、構内のカフェで自動ドアが開くのを確認。電子広告板の前に立ち、ピースサインをする。自動販売機で甘いジュースやコーヒーなどを4本以上、商品ボタンを矢継ぎ早に押して購入。「勝負をしているんだ」「5兆円勝った」と説明し、自販機にピースサインをすることもある。支援者の清水一人さん(76)は、袴田さんに「勝負に勝ったからもう闘わないんでいいんですよ」と声をかけたが、反応はなかったという。
猫のルビーと触れあう袴田さん=2024年2月8日、浜松市
今年8月、記者は浜松市の大型商業施設への外出に同行した。袴田さんは足早にペット売り場へ。しっぽを振る子犬の元に駆け寄り、その後犬や猫を1匹ずつじっくりと見て回った。いつも表情を変えない袴田さんの頰が緩んでいるようにも見えた。別の機会に野良猫がいると立ち止まってかわいがり、1万円札を渡そうとする場面もあった。
今年に入り、支援者が「癒やしになれば」と保護猫2匹をひで子さん宅に迎え入れ、「ルビー」と「殿」と名付けた。袴田さんは「猫が寒がっている」とヒーター購入をせがみ、寝ているひで子さんを起こして「腹をすかせているから餌をやってあげてくれ」と頼んだ。支援者は「自宅の雰囲気が明るくなった」と喜ぶ。
▽無罪判決は、袴田さんに伝わったのか
再審無罪が確定したことを受け謝罪に訪れた静岡県警の津田隆好本部長(左端)を前に、立ち上がる袴田巌さん(同2人目)=2024年10月21日、浜松市(代表撮影)
今年9月26日、静岡地裁のやり直しの裁判で、血染めの5点の衣類は捜査機関の捏造だと認定され、ようやく無罪判決を勝ち取った。逮捕から58年がたち、88歳になっていた。判決の日、袴田さんは体調や精神面への影響を考慮し、静岡市にある裁判所には行かず、普段通り過ごした。帰宅したひで子さんが「あんたが勝った」と伝えたが、表情は変わらなかった。
やはり伝わらなかったのか。そう感じていた周囲を驚かせる出来事が、判決の3日後、静岡市で開かれた報告集会であった。車いすで登壇した袴田さんは「待ち切れない言葉でありましたが」と切り出し「無罪勝利が完全に実りました」と語った。検察側は控訴を断念し、10月9日に無罪判決が確定。この5日後の会合では、再び「私もやっと完全な無罪が実りました」と話した。
再審無罪確定を報告する集会の会場に入る袴田巌さん(中央)=2024年10月14日午後、静岡市
「意思疎通が難しいことに変化はないが、最近は生き生きしているように見える」とひで子さん。町で会う人から袴田さんに掛けられる言葉は「がんばってね」から「おめでとう」に変わった。昼食を共にするなど姉弟に寄り添う支援者の猪野待子さんは「緊迫感が緩んできている」と感じている。その後、県警本部長や地検検事正が袴田さんに直接謝罪。選挙権が戻り、衆院選の期日前投票もした。
名実ともに一般市民に戻ったものの、妄想を脱する日が来るのかどうかは見通せない。回復とひで子さんとの穏やかな暮らしが一日も長く続くことを願い、取材を続けたい。
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