上層部の指示に逆らい、開業初日に時速200キロ。60年前、東海道新幹線の一番列車で若き運転士がかなえた夢
47NEWS / 2024年12月16日 9時0分
1964年10月1日。東海道新幹線の開業初日、ある運転士が旧国鉄上層部の「時速160キロ」の運行指示に背いて速度を上げ、210キロを出した。
新大阪発の一番列車「ひかり2号」を運転した大石和太郎さん(91)だ。日本の鉄道史を彩るこのエピソードの主役と言える。開業にたどり着くには多くの苦難があった。仲間との合言葉は「新幹線を俺たちの手で」だった。
大石さんは、世界最速を目指して共に汗を流した仲間の夢を「絶対にかなえたかった」と振り返る。(共同通信=岩橋裕介、磯田伊織)
※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。
▽くせ者ぞろいの運転士候補
新幹線を運転する大石和太郎さん
大石さんは1953年に国鉄に入社した。蒸気機関車(SL)の掃除や「釜焚き」からたたき上げ、「飛行機のパイロット並みに難しい」とされる新幹線運転士の試験をパスした。他に選抜されたのは、元特攻隊員や南満州鉄道(満鉄)の運転士ら一癖も二癖ある面々だった。時速200キロを超える電車は世界になかった。仲間達と「俺たちでいっちょやってやろう」と運転の訓練に励んだ。
当時、新幹線建設への逆風は強烈だった。自動車や旅客機の利用が広がる中、鉄道は時代遅れとの風潮があった。国鉄内でも反対論が噴出していた。その理由は建設費。当初計画の2倍となる3800億円まで膨らんでいた。
それでも、1964年10月の東京五輪開幕に間に合わせようと、多くの若手職員が力を尽くした。合言葉は「新幹線を俺たちの手で」。ついに1964年8月下旬、東京―新大阪間での試運転にこぎ着けた。
▽開業日、上層部に逆らう「秘策」
新幹線を運転する大石和太郎さん
だが、国鉄の上層部は訓練期間が短いことを理由にこう指示を出した。「開業は延期。営業運転も160キロだ」。悔しくてたまらなかった。大石さんは上層部と激しく談判し、開業延期だけは免れた。
そして迎えた10月1日。新大阪駅ホームに「夢の超特急」を一目見ようと多くの人が集まる中、大石さんはある作戦を胸に秘めていた。「速度をうんと落として時間を調整し、回復運転でスピードを出そう」
計画外の走行だったが、指令から問いただされることはなかった。大津市付近で、アクセルに当たるノッチハンドルを握る手に力を込めた。ビュッフェ車の速度計は「160」を超え、「210」を指す。乗客は世紀の瞬間に沸き立った。
「速さを体感してもらいたい」と名古屋からの区間でも再び200キロを出した。東京駅に定刻より早く到着しそうになり、最後は山手線の列車に抜かれるほど速度を緩めたが、心は晴れやかだった。
新幹線を運転していたころのアルバムを見る大石和太郎さん
「まるで花道。皆が夢に向かう良い時代だった」
▽ビジネス、観光に欠かせない「大動脈」
それから60年後の2024年。東海道新幹線は延べ70億人もの乗客を運ぶようになった。昭和、平成、令和と時代が移ってもビジネスや観光に欠かせない「大動脈」だ。
輸送面では、1992年の「のぞみ」の効果が大きかった。JR東海によると、2022年度には年間輸送人員が1億3100万人、1日の運行本数は開業当時の約6倍となる356本まで増えた。
目的地への所要時間の短縮も追求した。開業時の「0系」は東京―新大阪間が最短4時間。のぞみ用に開発した「300系」は最高時速270キロになり、2時間半まで縮めた。現行車両のベースとなっている「N700系」からは車体を傾けてカーブで速度を保つ技術を導入し、最新の「N700S」では2時間21分になった。
▽「ドル箱路線」、経営の進化促す
東海道新幹線はドル箱路線となり、経営面でも進化を促した。コロナ禍前の2018年度は売上高1兆8781億円に対して営業利益が7097億円となり、営業利益率は38%に達した。
コロナ禍の2020年度は、輸送人員が2018年度の4割弱に落ち込み、純損益は2千億円超の赤字に転落した。1987年の国鉄民営化以降で初の赤字だった。「日本の大動脈」としてほぼ通常のダイヤを続けたため、人件費や設備の維持費がかさんだ。
苦境を機に、移動に付加価値を付ける取り組みが進む。リモートワークの普及に合わせて座席での通話やウェブ会議ができるビジネス車両を導入。結婚式などができる車両貸し切りサービスも企画する。
その結果、コロナが5類に移行した2023年度は乗客数の回復基調が鮮明になり、業績はコロナ禍前に近い水準まで戻った。他にも、センサーで車両の外観検査を自動化するシステムを将来運用する予定で、さらなる高収益体質を目指す。
▽リニア運行で役割に変化も
そして現在、JR東海は時速500キロに達するリニア中央新幹線を建設する。東京の品川―大阪間はなんと67分。東海道新幹線の役割が変わり、停車駅の多い「ひかり」や「こだま」の存在感が増すとの予測もある。
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