なぜイスラエルは苛烈な暴力をいとわない国家になったのか? 長く迫害されたユダヤ人の矛盾、イスラエル人歴史家に聞いた
47NEWS / 2024年12月14日 9時30分
2023年10月7日のイスラム組織ハマスの奇襲後、イスラエル軍はパレスチナ自治区ガザへの攻撃を始め、これまでに4万人以上が死亡した。イスラエルが占領するヨルダン川西岸でも、軍は「対テロ作戦」と称してパレスチナ武装勢力を攻撃し市民が巻き添えに。ユダヤ人入植者によるパレスチナ人への暴力も急増している。約2000年前に世界に離散したユダヤ人は欧州で長い間迫害され、ナチス・ドイツのホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)で約600万人が殺害された。差別に苦しんできたユダヤ人が建国したイスラエルがなぜ暴力をいとわない国家になったのか。イスラエルが建国された1948年の政府や軍の公文書を分析したイスラエル人歴史家で、英エクセター大のイラン・パペ教授に話を聞いた。(共同通信ロンドン支局 伊東星華)
▽パレスチナ人が排除される論理。シオニズム運動とはなんですか
ガザ北部から避難してきた人々=2024年11月5日、ガザ市(ロイター=共同)
―イスラエルは、ユダヤ人の国家建設を目指すシオニズム運動が主導して建国された。その思想的背景は。
「シオニズム運動は一種の植民地主義に基づいています。ただ大英帝国によるインド支配のような、先住民搾取が目的の植民地主義とは異なり、(米国のように)先住民をその土地から排除することが目的で、歴史家の間では「入植者植民地主義」と呼ばれています。
シオニズム運動の担い手は欧州の反ユダヤ主義の暴力から逃れたユダヤ人たちで、パレスチナという土地にユダヤ人国家をつくるためには先住民のパレスチナ人を排除する必要がありました。それには必然的に暴力が伴います。シオニズム運動の目的は可能な限り多くの土地を入手し、可能な限り多くのパレスチナ人を追い出すことでした。当然、パレスチナ人は抵抗します。その抵抗はシオニズム運動を展開するユダヤ人(シオニスト)にとっては、さらなる暴力行使の正当化の根拠になりました。建国運動の過程で村落を焼き払い、家屋を破壊し、住民追放や民間人虐殺もしました。まさに「民族浄化」です。それは今日にまで至っています。先住民のパレスチナ人が自らの土地を簡単に明け渡すはずはなく、パレスチナの土地にユダヤ人だけの民族国家を建設したいと考えても、不可能なのです」
▽ユダヤ教の役割とは
エルサレム旧市街にあるユダヤ教聖地「嘆きの壁」。左上はイスラム教聖地「岩のドーム」=2017年1月(共同)
―ユダヤ教はシオニズムとどう関係しているのか。
「あらゆる宗教は暴力の正当化に利用されます。当初のシオニストたちは世俗的なユダヤ人でした。彼らは宗教書であるユダヤ教の聖書を起きた事実に基づく歴史書とみなし、さらに法律書のように振りかざして、そこにある記述を基にパレスチナでの居住権を主張しました。最初から政治目的で宗教を利用したと言えます。
シオニズムに反対するユダヤ人もいますが、問題はそうした反シオニストがイスラエルでは少数派ということです。イスラエル国内でシオニズムに反対するのは非常に難しいですが、世界を見渡すと、シオニストではないユダヤ人のほうが多数派だと思います」
▽劣等感と承認欲求に突き動かされて
イスラエル占領地ヨルダン川西岸のベツレヘム近郊で、ユダヤ人入植活動に対する抗議デモの参加者を拘束するイスラエル治安部隊=2024年8月
―建国後のシオニズムの動きは。
「シオニズム運動を担ったのは欧州系ユダヤ人で、中でも社会主義重視のシオニスト左派と呼ばれるグループが主流派でした。英国のパレスチナ委任統治時代(1920年代~1948年)に大きな影響力を持ち、1970年代半ばまでイスラエルの政治を牛耳っていました。彼らは建国時にユダヤ人が多数派であることを維持するため、中東や北アフリカに暮らすアラブ系ユダヤ人を呼び寄せました。しかし、アラブ系ユダヤ人は欧州系ユダヤ人から「原始的で非近代的だ」と差別され見下されました。所得も低いアラブ系ユダヤ人は、劣等感と承認欲求から同じアラブ系のパレスチナ人に対し、過激で暴力的になることでパレスチナ人との違いを出し、社会的に認められようとしました。
一方、欧州系ユダヤ人の中には、武力によるパレスチナ人追放を重視するシオニスト右派と呼ばれるグループもあり、劣等感を抱いたアラブ系ユダヤ人が支持基盤になっていきました。
1967年の第3次中東戦争後、イスラエル軍はヨルダン川西岸を占領しました。その後、シオニスト右派のユダヤ人を中心に占領地に入植地を築き始め、今日に至ります。彼らの目標は西岸からのパレスチナ人一掃です。
パレスチナとの和平に取り組んだ左派政党は2001年以降、勢いが衰えていきました。きっかけの一つが2001年の米国の同時多発テロとされています。米国が掲げた「テロとの戦い」という言葉をイスラエル政府は利用しました。パレスチナ人の抵抗を抑え込む行為を「対テロ作戦」と呼んで対パレスチナ強硬策を打ち出しました。特に、右派が推進する苛烈な強硬策をユダヤ系国民が支持するようになったのです」
▽ネタニヤフ政権の極右閣僚たち、その思想とは
ユダヤ人再入植を求める集会で演説するイスラエルのベングビール国家治安相=2024年10月、同国南部(ロイター=共同)
―ネタニヤフ政権には過激で対パレスチナ強硬派の極右閣僚がいる。
「極右政党「ユダヤの力」党首で、国家治安相のベングビール氏らの思想的源流は極端なユダヤ人至上主義をうたうカハネ主義です。創設者のメイル・カハネは米国生まれのユダヤ教のラビ(指導者)で、1980年代にはイスラエル国会でも議員として活動しました。ユダヤ人を反ユダヤ主義から守るという名目で暴力を肯定するなど、過激な活動はイスラエル国内でさえ差別的だとして禁止されました。かつては少数派でしたが、パレスチナ人への偏見を容認する学校教育や国民皆兵制度の下での軍隊教育、政治家の演説、メディアなどを通して多くの国民に浸透していきました。現在は非常に強力な政治勢力となっています」
▽米国はイスラエルを支持し続けますか
米ホワイトハウスでイスラエルのネタニヤフ首相(左)に目を向けるトランプ米大統領=2020年1月(AP=共同)
―米国に求めることは何か。
「一部のイスラエル国民は『欧米は、イスラエルが人種差別しようとしまいが支持してくれる』と考えているようです。加えて『パレスチナ人が暴力的だ』という政府のプロパガンダを信じていると、パレスチナ人を理解しようとする余地がなくなります。若者は多感な18~21歳ごろに徴兵され、軍での教育を通してパレスチナ人への暴力は許容されるとの考え方に簡単に感化されてしまいます。イスラエルの右傾化は、国の内側から変えることはできないと言えるでしょう。
中東地域全体がイスラエルを疎外し、世界でも支持しない人が増えていくと思います。イスラエルロビーが活動を続けても各国政府はイスラエル支持が国益にかなうのか考え直さざるを得なくなるでしょう。
資金面の問題もあります。現在、ガザやレバノンでの戦闘で、戦費の多くは米国からの支援に頼っており、米国の納税者が負担しています。戦争が続けば親イスラエルの米国人でも限度を感じる瞬間が来ると思います。
私が米国に望むのはイスラエルへの関与を減らすことです。資金や武器の提供、国連でのイスラエル擁護をやめる。米国の政治エリートの間で中東への関心が低下すれば、イスラエルロビーの影響力も低下していくはずです」
▽激しい攻撃を続けるイスラエルの未来はどうなるのか
パレスチナ自治区ガザ北部ガザ市で食事を受け取る子どもたち(ゲッティ=共同)
―2023年10月のハマス奇襲以降、イスラエル社会にはどんな変化があったか。
「国内はハマス奇襲以前から問題を抱え、社会の分断が進行していました。具体的には、西岸の入植者やユダヤ教に国家基盤を求める宗教右派と、比較的リベラルな世俗派が対立し、両陣営の間には共通のものが見いだせないのです。ハマス奇襲以降、対立は増幅し、溝は深くなっています。
そしてガザでの戦闘を巡りネタニヤフ首相らに戦争犯罪の疑いがあるとして逮捕状を発行した国際刑事裁判所(ICC)や、イスラエルのパレスチナ占領政策が国際法違反だとした国際司法裁判所(ICJ)の判断に見るように、イスラエルは国際社会から孤立しつつあります。世界では、イスラエルの製品や企業をボイコットする運動が広がり、若いユダヤ人もイスラエルから距離を置きつつあります。
国家としてのイスラエルの将来像を描けず、安全に不安を抱く国民が増えています。イスラエル国民としての自信の喪失は前例のないレベルになったと言っていいでしょう。社会の結束が大きく揺らいでいるのです。
パレスチナという土地にユダヤ人国家を押し付けるという入植者植民地主義のシオニズム計画に基づくイスラエル国家は崩壊に向かっています。私の考えでは10~15年で没落するでしょう」
× ×
▽イスラエル社会の分断とは
パペ氏によると、イスラエル社会は現在、ユダヤ教に国家基盤を求めるグループと民主主義や人権を重視するグループに分断されている。前者はイスラエル軍、治安機関の上層部に影響を与えているほか、ネタニヤフ首相の支持基盤で、国内で支持は高まっている。
前者はイスラム組織ハマスとの戦闘継続を求める一方、後者のリベラルなグループは人質解放を求めてハマスと交渉すべきだ主張することが多く、さまざまな論点で対立する。
× ×
インタビューに応じる英エクセター大のイラン・パペ教授(共同)
イラン・パペ氏 1954年、イスラエル北部ハイファ生まれ。1980年代初頭、30年の機密指定解除期間を経た公文書の分析を通じて1948年のイスラエル建国当時の歴史を研究、1984年に第1次中東戦争に関する論文でオックスフォード大博士号を取得した。シオニズムを批判する立場からの研究を重ね、ハイファ大政治学科上級講師時代、イスラエルの学会から反発された。イスラエルでの研究継続が困難になったとして渡英し、2009年から英エクセター大・欧州パレスチナ研究センター共同所長。邦訳に『パレスチナの民族浄化―イスラエル建国の暴力』(田浪亜央江、早尾貴紀訳、法政大学出版局、2017年)。
外部リンク
- 愛子さま、単独地方公務デビューに見えた「高好感度の秘訣」 佐賀県の訪問先を追跡取材、接した人たちの胸に残る印象と言葉
- 小児がんで娘を亡くし「どう生きていけば」…喪失感の中、見つけた生きがいは菓子作りだった 「同じ患者たちの支援に」売り上げを寄付し、絵本を出版。母は子を想い今日もシフォンケーキを焼く
- 「プロ野球90年」DeNAファンの歌手・相川七瀬さんが語る日本一の喜び 「ピッチャーは一人でステージに立っているよう。自分と重ね合わせます」
- 「秋の乗り放題パス」で山形へ 左沢線とフラワー長井線をめぐり、豪雨被害で一部バス代行中の米坂線の現状を見る2泊3日の旅
- 「議論すべきは不記載防止」石原伸晃・元自民党幹事長、「『全国民の代表』自覚を」一橋大・江藤祥平教授 政治資金規正法再改正インタビュー(上)
この記事に関連するニュース
ランキング
-
1安倍昭恵さん、晋三氏が亡くなった後もトランプ氏と定期的に電話…「マール・ア・ラーゴ」で夕食会へ
読売新聞 / 2024年12月13日 16時18分
-
2尹大統領弾劾案、可決ライン迫る 韓国国会、午後採決
共同通信 / 2024年12月14日 11時51分
-
3化学兵器で「汚染リスク」 シリア空爆でOPCW懸念
共同通信 / 2024年12月13日 9時8分
-
4「南京事件」から87年、習近平主席は記念行事を欠席…日本大使館は「反日感情が高まりやすい」と注意呼びかけ
読売新聞 / 2024年12月13日 17時57分
-
5韓国「非常戒厳」後、ハッカーが活発化…「セキュリティー」意識が重要
KOREA WAVE / 2024年12月14日 8時0分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください