3年目のウクライナ侵攻、北朝鮮派兵で「根本的に違う次元に」 松田邦紀前大使が語る支援、日本にとっての戦争の意味とは?
47NEWS / 2024年12月15日 9時30分
2022年2月に始まったウクライナ侵攻後、最前線で外交を担った松田邦紀前駐ウクライナ大使(65)が東京都内で取材に応じ、約3年間の任期を振り返った。第2次大戦後の国際秩序を崩したロシアの侵攻は、ウクライナだけでなく日本にとっても重要な意味を持つと見る。北朝鮮のロシア派兵により戦争のフェーズが根本的に変わったと危機感を示した。(共同通信・前モスクワ支局記者 根本裕子)
▽この戦争を終わらせるには
ウクライナ東部ドネツク州で、前線のロシア軍に向けて砲撃するウクライナ軍兵士=2024年11月18日(ウクライナ軍提供・ロイター=共同)
―2021年10月にウクライナに赴任し、間もなく侵攻が起きました。この戦争をどのように見ていますか。
「この戦争を始めたのは他でもないロシアです。国連安全保障理事会の常任理事国である国があからさまに国連憲章、国際人道法に違反して始めた侵略戦争ですから、終わらせるためにはロシアが戦争をやめるべきです。具体的にはロシアが兵を引く。国境の外に出るということをロシアが決断すべきですし、ロシアがそのような決断をするべく国際社会が圧力をかけていくのが、この戦争を終わらせるための基本的な条件だと思います。
ウクライナは戦場において防衛努力をさらに強化している。ロシア領内においても自衛権の発動としてしっかり作戦をやることで、ロシアに圧力をかける狙いです。
ゼレンスキー大統領が示した「平和の公式」、「勝利計画」に基づいて強い立場からの外交も続けています。ウクライナが望むのは公正で永続的な平和を実現すること。これを日本、欧米もしっかりと後押ししていくことに尽きると思っています」
▽東アジアにはゆゆしきこと
ロシアのベロウソフ国防相(手前左)と歓迎公演を鑑賞する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記(同右)=2024年11月29日、平壌(朝鮮中央通信=共同)
―北朝鮮がロシアに派兵し、参戦したと言われています。2025年1月にはウクライナ支援に消極的とされるトランプ米次期大統領が就任します。
「北朝鮮が武器に加えて兵隊を出したということで、これは(ロ朝)協力の次元が根本的に変わりました。この侵略戦争が東アジアの安全保障と完全にリンクしたことを意味します。
日本、韓国からすればきわめてゆゆしきことです。北朝鮮軍が21世紀の一番先端的な統合軍事作戦のノウハウをもって朝鮮半島に戻ってくる。朝鮮半島の安全保障環境が大きく変わります。日本、東アジアに展開する米軍もこのことを真剣に受け止める必要が出てきました。北朝鮮に対して厳しく圧力をかけ、いかなる場合にも対応できるよう準備をすべきです。
トランプ次期政権の対ウクライナ支援は「すぐにやめる」という単純なものではないような気がしています。ウクライナを失うことが米国の安全保障にとってプラスなのかという議論が出てきている。ウクライナが有力な米議員に働きかけを重ねてきたことも効いているのでしょう。他方、戦争をやめさせるという考えのトランプ氏の出現により、停戦和平を念頭に置いて準備しなければならないとウクライナの政権は考えていると思います」
▽戦いをどう見るか。そしてトランプ氏復帰の影響は
トランプタワーで会談するトランプ前米大統領(右)とウクライナのゼレンスキー大統領(ロイター=共同)
―現在の戦況をどう見ていますか。
「地上戦に注目されがちですが、戦争は空でも海でも、サイバー、情報空間でもダイナミックに起きています。一つ一つを見ていくと、ウクライナにとって一番大きな成果は黒海における戦いです。ウクライナが開発した水上ドローンを使って、ロシアの黒海艦隊を3割以上破壊したり、沈めたりしました。現時点では黒海の西半分ではウクライナが穀物輸出を再開できるような状況になっています。ウクライナは海においてはきわめて大きな成果を上げ、維持できています。
空においてはロシアが優勢ですが、ウクライナは自前の防空システム、欧米からの導入で首都キーウを中心に戦略的に重要な場所を守ろうとしています。さらに自前のドローン、弾道ミサイルの開発にも成功しています。
北朝鮮兵の投入により、支援のスピードが遅かった米欧もしっかりウクライナを応援しなければならないという機運が出てきたようにも思えます。米国が容認した長射程兵器によるロシア領内の攻撃でロシア兵は後退し、これまでのように容易にウクライナへの攻撃ができなくなります。ロシアが最近、中距離ミサイルなどを使って攻撃を激化させているのは、トランプ次期政権が戦争をやめるようロシアにも圧力をかけてくるのではないかという焦りもあるように見えます」
▽戦争3年目、国民の疲れは
ロシア軍のミサイル攻撃で妻を亡くし、涙を流す男性=2024年4月17日、ウクライナ北部チェルニヒウ(共同)
―侵攻が2年半以上続く中、ウクライナ国内はどのような雰囲気でしょうか。
「国民の中に疲れがないと言えばうそになります。世論調査でも外交努力をすべきではないかという世論が出てきている。戦争に加えて外交もするというのが5割と言ってもいいと思う。ただ領土で妥協してもいいから和平を達成するという人は少数にとどまっています。ダイナミックに戦争が行われる中で、戦争努力をしっかりと継続するとともに強い立場から停戦和平を追求すべきだという気持ちに固まってきているのが現状です。現時点では国民の望むところとゼレンスキー政権の戦争、外交努力が軌を一にしていると言っていいのではないでしょうか」
▽気の毒だから助けている?
花束を手に原爆慰霊碑への献花に向かう岸田文雄前首相(左)とウクライナのゼレンスキー大統領=2023年5月、広島市の平和記念公園
―ウクライナは米欧に強力な武器を求めていますが、制約のある日本の支援はどのように受け止められていますか。
「個人的には支援という言葉はあまり好きではありません。他人の問題を気の毒だから助けているという印象がつきまといますが、この戦争は決してそうではありません。
日本は第2次大戦の悲劇から、経済を復興させ、政治、社会文化の発展を築いてきました。今回の戦争の本質は、わが国が立つ基盤を根底から切り崩そうとする動きと言えます。ウクライナだけでなく、日本の問題でもあるのです。まずそこが出発点だと自分に言い聞かせるようにしました。その上で、日本ができること、日本がすべきこと、日本にしかできないことがあるはずだと考えました。
現場のニーズには軍事的、社会的なニーズとさまざまなものがあります。できるものからどんどんやっていく。東京との連絡調整で気をつけたことは、無駄な議論をして、結果として一番大事な時に一番必要とする物資がウクライナに届かないという愚だけは避けなければならないと考えました。侵略戦争が始まってから自分に言い聞かせ、同僚と話し、東京との議論の中で主張してきたことです。
日本に限らず全ての国が国内法にのっとってできないことがあります。日本にできない分野があるからといって決して卑下することはありません。日本は、これはできないが、これだったらできるというように緊密に情報交換することで、ウクライナ側も無理難題を言うことはありませんでした。
▽日本の経験は役に立つのか
地雷除去機を見るクリメンコ内相(左から2人目)と松田邦紀前駐ウクライナ大使(右端)=2024年7月9日、キーウ郊外(共同)
―越冬対策や地雷除去など支援の分野は多岐にわたりました。
「侵攻1年目、ロシアによる度重なる攻撃の結果、ウクライナはきわめて厳しい冬を迎えました。あの時は出せるものは発電機であれ、変圧器であれ、補強材であれ、とにかく迅速に出しました。2023年になって、少し落ち着いて来た時には、できるところから復旧復興を進めていくことを考えました。
日本には第2次大戦から立ち上がった経験、毎年のように度重なる自然災害から立ち直ってきた経験があります。復興のための組織、原動力、それを動かすためにどのような人材が必要なのかなど、目立たない協力ではあったものの惜しみなく提供しました」
▽別れ、そして戦争でも日常は続く
義足を装着し、歩行訓練するデニス・クリベンコさん=2023年4月14日、ウクライナ西部リビウ郊外(共同)
―任期を通じて印象に残っていることを教えてください。
「日本に帰ってきて、常に心に戻ってくる場面があります。2022年3月、戦闘が激化するキーウから隣国モルドバに退避した際、長蛇の車の列ができていた。深夜でした。例外なく男性が運転し、国境まで来ると女性に運転を代わり、抱き合って別れを惜しんだ後、一人また一人と暗闇に戻って行く。既に戒厳令により男性の出国制限が出ていました。多くの人が軍服を着ていたのであのまま兵役に就いたと思います。誰ひとり声を上げず、なんとも言えない、これ以上ない、生と死の境目の厳しい状況での、その中でも家族の愛を感じる胸に迫るような別れの場面でした。
同時に、開戦当初の2月24日の朝、大使公邸の窓から外を見たとき、いつも見かける女性が犬の散歩をしていました。あれを見た時に非常事態の中にも日常があるし、どんなにつらくても自分の生活があるのだと。その両方を経験しながら生きていくのだと。人間って強いなと思いました。
三つ目は日本が提供した医療器材の引き渡し式典の後に、ウクライナの病院を訪問し、前線から手足を失った兵隊さんを慰問したときのことです。兵隊さんのなんとも言えない悲しいまなざし、これからも生きていかないといけないというまなざしを見ました」
▽かつての任地ロシアに伝えたいこと
―ロシアでも勤務経験があります。思うことはありますか。
「この戦争は本来あってはならなかったし、起きる必要なかった戦争だと思っています。それにもかかわらずロシアが侵略し、罪のない民がこれだけ苦労している。キーウ近郊のブチャでは多くの市民が虐殺されました。こういうことを忘れて、領土との交換で平和を追求すべきだなんて無責任なことは許されません。私自身の戒めとして覚えておく必要があると感じています。
戦争の実態を知れば、彼ら(ロシア国民)が(侵攻を)容認することはないと思います。ロシアは千年以上の長きにわたって人類の進歩にさまざまな分野で貢献してきました。本来違った形で世界の発展に貢献する力があります。人類の正しい道に戻ってきてくれることを願ってやみません」
× ×
取材に応じる松田邦紀前駐ウクライナ大使
松田邦紀(まつだ・くにのり)氏 1959年、福井市生まれ。東大卒。1982年外務省入省。在ロシア大使館勤務、欧州局ロシア課長、駐パキスタン大使などを経て2021年10月から2024年10月まで駐ウクライナ大使。
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