バラエティー番組の元祖「光子の窓」とは? 90歳で現役バリバリの俳優・草笛光子さんに聞く【放送100年①】
47NEWS / 2025年1月2日 9時0分
俳優の草笛光子さん(91)は、2024年6月公開の映画「九十歳。何がめでたい」に主演するなど、卒寿を過ぎて芸能界の第一線を走り続けている。テレビやラジオにも数多く出演してきた。人気を集めたきっかけの一つは、テレビバラエティーの元祖といわれる「花椿ショウ 光子の窓」だ。どんな番組だったのか。日本で放送が始まって100年を迎えるのを前に、草笛さんに聞いた。(共同通信編集委員・原真)
▽ラジオで森繁さんと共演
草笛さんは1933年に横浜で生まれた。戦後の1950年、神奈川県立横浜第一高等女学校(現横浜平沼高校)在学中に、東京・浅草が本拠地の松竹歌劇団(SKD)に入る。兵庫県の宝塚歌劇団と人気を二分した少女歌劇団だ。草笛さんは「女優になりたいと強く思っていたことはない。何て言ったらいいか、今日まで、するするっと来ちゃった」と笑う。
入団後すぐに頭角を現し、舞台で活躍する傍ら、NHKラジオに出演する。当時はラジオの全盛期で、NHKの他に民放が各地で開局していた。草笛さんは1954年、音楽劇「東京ロマンス」で、人気俳優の森繁久彌さんと共演した。他にも、コメディアンの三木のり平さん、俳優の神山繁さんらと収録を共にした。
「音だけで演じる難しさもあります。でも、面白い方々ばかりでしたからね。楽しかった」と草笛さんは話す。
▽度胸あるスタッフ
「光子の窓」に出演していた頃の草笛光子さん=1960年11月
1958年5月、日本テレビで「光子の窓」が始まった。日本テレビの社史「テレビ夢50年」によると、ディレクターの井原高忠さんは、米国の人気番組「ペリー・コモ・ショー」を手本に、「幅広い層が読める雑誌」のような番組を目指した。
歌、ダンス、コント、トークの要素が詰まった、まさにバラエティー豊かな番組の主役に、誰がふさわしいか。SKD出身で、歌も踊りも芝居もこなす草笛さんに白羽の矢が立った。本人は「わー、重たいものをしょっちゃった、っていう感じでした」と振り返る。
番組のオープニングで、家の窓から顔をのぞかせた草笛さんが「窓を開けましょう」と歌う。スピーディーな場面転換で、流れるようにダンスやコントが続く。斬新な演出は一世を風靡(ふうび)した。
放送作家の三木鮎郎さんやキノトールさん、永六輔さんらが書いた台本も、個性的だった。「イグアノドンの卵」と題した1960年10月30日の放送は、テレビ自身をテーマにして、その影響力の大きさと危険性を指摘し、文部省芸術祭賞の奨励賞に選ばれた。草笛さんは「スタッフはみんな遊び人だったけど、度胸があった」と評する。
▽やることがいっぱい
草笛光子さんは、さまざまなジャンルで活躍してきた=1971年10月
ただし、主役は大変だった。歌手や俳優、歌舞伎役者、ダンサー、スポーツ選手ら多彩なゲストを相手に、スタジオに立ち続けなければならない。草笛さんは語る。
「歌もせりふも、やることがいっぱいある。本当に夢中でした。ついていかないと、置いてかれるから、きつかった。いま考えると、よく生き延びたなと思いますね」
日曜夜の生放送が終われば、草笛さんと番組スタッフが集まって、翌週以降の企画を話し合った。その様子を草笛さんは、こう説明する。
「いろんな案が出て、革新的なというか、普通じゃないことをやらされました。1回ごとに、知らない世界に入れられちゃう感じ。経験したことがなくて、どうしたらいいんだろうと、真っ暗な道を歩いているような気持ちになったこともあります。でも、とにかく面白かった」
番組スタート時、草笛さんは24歳だった。「コーチューさん」か「タ―坊」と呼んでいた四つ年上の井原さんは、厳しかった。「何やってんだ。どうしてそうなんだ。違うだろ!」などと、よく怒鳴られた。それでも、草笛さんは「あの人が付いていたから、何があっても、おかしなことにはならないと思ってました」と、絶対の信頼を口にする。
草笛さんが作曲家の芥川也寸志さんと結婚したこともあり、「光子の窓」は1960年12月に終了した。その後、日テレの「シャボン玉ホリデー」、NHKの「夢であいましょう」など、バラエティー番組は各局に広がっていく。
▽テレビ各局に出演
草笛光子さんは舞台に立ち続けるため、70歳を過ぎてパーソナルトレーナーを付け、体を鍛えてきた=2024年5月、東京都内
結婚生活は2年で終わったが、草笛さんは舞台「ラ・マンチャの男」や映画「犬神家の一族」などで活躍を続けた。テレビも日テレの「熱中時代」、TBSの「渡る世間は鬼ばかり」、NHKの大河ドラマ「真田丸」「鎌倉殿の13人」をはじめ、数多くの作品に出演してきた。旭日小綬章を含め、個人でさまざまな賞も受けている。
「『光子の窓』をやっていたおかげで、いろんなことをやらせていただきました。やっぱり、私にとっては大きな大きな仕事でしたね」
草笛さんは感慨深げに、そう話した。
× × ×
日本で放送が始まって2025年3月22日で100年。ラジオ・テレビを形づくった人々に聞くシリーズ【放送100年】は随時掲載します。
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