韓国「非常戒厳」直後の国会で何が起きていたのか―「ルポ」内部に入った記者が見て、感じたこと 尹大統領が信じたものは?議事堂を巡る攻防戦の経過
47NEWS / 2024年12月16日 10時0分
韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が2024年12月3日午後10時半(日本時間も同じ)ごろ、突然、「非常戒厳」を宣言した。武装した兵士らが、ソウルの国会に次々と入った。非常戒厳は戒厳令の一つの形態で戦時などの非常事態に大統領が宣言し、市民の権利を制限するものだ。1987年の民主化後は初めてで、かつての軍事政権をほうふつとさせる事態に市民らは国会に集まり、兵士に「韓国の軍人として恥ずかしくないのか」と語りかけた。緊迫したあの日とその後、韓国の国会や周辺では何が起きたのか。(共同通信ソウル支局 富樫顕大)
▽閉鎖された国会に入るには
12月4日、韓国の尹錫悦大統領による非常戒厳宣布に反発し、ソウルの国会周辺に殺到した人々(共同)
「尹大統領、非常戒厳宣言」。会食からの帰りのタクシーに乗っていた時、スマートフォンで韓国メディアの速報が鳴った。運転手に伝えると、「訳が分からない」と思考が停止したような表情になった。
パソコンで速報記事を作る。「国会など一切の政治活動を禁じる」「全ての言論と出版は戒厳司令部の統制を受ける」といった戒厳司令部の布告令に、これは現実なのかという感覚になった。
革新系最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表がユーチューブチャンネルで、戒厳令は「違憲」だとして市民に国会へ集結するよう呼びかけた。軍と市民側が衝突するのではないか―。急いで国会へ向かった。
12月4日午前0時過ぎに国会前に着くと、既に集まった市民ら約千人が門の前で「戒厳撤回」「戒厳撤回」と叫んでいた。警察官が国会の出入り口を封鎖する中、市民や国会関係者に交じって高さ2メートルほどの塀をよじ登って敷地内に入った。塀の上から暗闇へと飛び降りると、何かで右手の薬指を切った。血が止まらず、スカーフで指を巻いた。
▽軍用ヘリが着陸、国会に入る兵士たち
12月4日、韓国国会敷地内で出入り口に向かう軍人たち=ソウル(共同)
入館を拒否されたとみられる軍側が国会本館の建物に入るため割った窓ガラスの前で、兵士数人が見張るように立っていた。何らかの方法で敷地内に入っていた市民が「韓国の軍人として恥ずかしくないのか」と語りかけた。
私は本館の正面側の玄関から守衛に記者証を見せ入った。窓から外を見ると、軍のヘリコプターが敷地内のサッカー場に着陸していた。40人ほどの兵士がぞろぞろと本館へ向ってくるのが見えた。国会関係者らはサッカー場側の玄関に椅子などでバリケードを設置し、隙間から消火栓の水を噴射して対抗した。
国会内の関係者や報道陣の緊張が高まっていた。「大統領は正気じゃない。何をするか分からない」。ある議員秘書はおびえた表情で話した。
▽あきれた声、そして安堵
韓国の尹錫悦大統領が宣言した「非常戒厳」を受け、ソウルの国会の本会議場に進入しようとする兵士。奥は消火器を噴射して行く手を阻む国会職員ら=4日未明(聯合=共同)
野党議員らは戒厳が宣言されると、決議で事態を収拾しようと国会に急いで集結した。午前1時ごろ、戒厳解除要求決議を可決。国会内では拍手が起こった。保守系与党「国民の力」の議員18人も駆け付けて決議可決に協力した。
国会関係者は兵士に向けて「戒厳は終わった。あなたたちは逮捕される可能性がある」と大声で告げた。ほどなくして与野党の代表が非常戒厳の「効力は失われた」と表明した。決議を終えた後、床に寝込む議員秘書もいた。
「もう(国民は)誰も尹氏を大統領と考えないだろう」。ある野党議員は報道陣に吐き捨てるように言った。
尹氏がさらなる強硬策に出る懸念もあったが、午前4時半ごろ、尹氏は「戒厳を解除する」と発表。国会内の報道陣らは「一体なんだったんだ」とあきれた声とともに安堵の表情を浮かべた。与党の韓東勲(ハン・ドンフン)代表は緊張した面持ちで「国民に申し訳ない」と語った。
私は午前7時ごろ、タクシーでいったん自宅に帰り、病院へ向かった。数針を縫った。
▽いつもと同じ朝か、違う朝か?
12月4日朝、ソウルの大統領府近くを歩く人たち(撮影、宋慶碩)
眠気は感じなかった。12月4日朝、会社員や学生は通常通り通勤、通学した。だが、戒厳が出される前とは違う韓国に住んでいるような気分の人も多いのではないか、とも思う。私も支局で作業した後、国会へ。与野党の議員らの取材を続けた。
合間を縫って、前夜に国会前に友人らと駆け付けていた大学1年の白善宇(ペク・ソンウ)さん(19)に、午後に電話をかけた。白さんは「昔、韓国の民主主義を守ったのは(当時の)学生たちだった。今は自分たちがやる番だ。国際社会にこの事態を知らせてください」と言った。
▽ノーベル賞作家、ハン・ガンさんの見方は
記者会見するハン・ガンさん=6日、ストックホルム(共同)
国会内部に進入したのは、本来は北朝鮮の政権中枢部の暗殺などを任務とする最精鋭の707特殊任務団だった。朝鮮日報が12月6日に報じた兵士らのインタビューでは、「国民に申し訳なく、私たちに驚いた市民らの顔と表情が忘れられない」「やろうと思えば10~15分でできる作戦だったが、わざと走らないで移動した」といった証言がある。
韓国の小説家の韓江(ハン・ガン)さんがスウェーデンの首都ストックホルムで12月6日、ノーベル文学賞受賞に関する記者会見を行った。韓国国会の事態について、映像で見ていた現場の様子から、兵士らがわざと消極的に動いていたのではないかと話し「命令が下された人にとっては消極的な対応だったかもしれないが、自身で考え、判断し、痛みを感じながら解決策を探ろうという積極的な行為だったと思う」と語った。
▽弾劾案が廃案になった国会、取り囲んだ15万人
12月7日、尹氏の弾劾訴追案を巡る投票が国会で行われた。弾劾訴追案の前に別の法案の投票が行われ、これを終えた与党議員らは可決を避けるため、続々と退席した。弾劾が一気呵成に進み、遠くない将来に実施されるだろう次期大統領選で不利になると判断したとみられる。
野党議員らは「戒厳軍が来たとき、私は死ぬかと思ったぞ」「何のために議員をしているんだ」「出たら駄目だ」と大声を上げた。涙ぐむ議員もいた。与党議員の退席で、投票者数が規定に達せず廃案となった。
国会前には、約15万人(警察推計)もの市民が集まり、尹氏の弾劾を訴えた。大学生の李抒炫(イ・ソヒョン)さん(21)は「大統領は戒厳をもうしないと言ったが、信じられない。不安過ぎる」と話した。大学教授の女性(45)は、戒厳令下で軍が市民を虐殺した1980年の光州事件に触れ「戒厳は市民を『殺すぞ』というものだ」と語り、「今日は駄目でも、時間がかかってでも弾劾しないといけない」と力を込めた。
▽大統領は陰謀論を信じたのか
同じ2024年12月7日、ソウル市内の別の場所では、保守系団体が尹氏への支持を訴える約2万人規模(警察推計)のデモを行った。「尹錫悦を守護せよ」「(共に民主党代表の)李在明を逮捕、死刑にせよ」。怒号が響いた。
尹氏は戒厳宣言時、「北朝鮮の共産主義勢力の脅威から大韓民国を守り、破廉恥な(北朝鮮に従う)従北勢力を撲滅する」と訴えた。「従北」は、共に民主党が北朝鮮との対話や平和的関係構築を重視してきたことから、保守層が同党をやゆするため使っていたフレーズだ。
このデモの参加者の男性(79)は「(1961年にクーデターをして長期独裁を築いた)朴正熙(パク・チョンヒ)は戦車も投入して成功させたが、今回は戒厳が失敗してしまった」と嘆いた。
登壇者は、与党が惨敗した2024年4月の総選挙が不正だったとし、国会解散を訴えた。保守系ユーチューバーらが繰り返してきた主張だ。一般的な保守層は「陰謀論」と一蹴するが、一部の保守層らは信じている。
戒厳が宣言された際、軍は国会だけでなく中央選挙管理委員会も包囲、一部の兵士は建物内に侵入し職員の携帯電話を押収した。戒厳を主導し、10日に逮捕された金龍顕(キム・ヨンヒョン)前国防相は韓国SBSテレビに「不正選挙疑惑を捜査するかどうかを判断するため」だったと述べた。不正選挙論に尹氏らが共感した可能性が高いとみられている。
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