「海を愛する医者はいませんか?」奇策か挑戦か、誘致の背景にある「全国ナンバーワン」の県の危機感 出勤前にサーフィンOK、「小さい病院でも学ぶことはたくさんある」
47NEWS / 2025年1月5日 9時0分
岡山県の病院に勤める医師の吉永孝優さん(30)は午前2時に同県倉敷市の自宅を出て、車を走らせる。向かう先は100キロ以上離れた徳島県海陽町の宍喰ビーチだ。午前5時に到着すると、サーフィンを約3時間楽しむ。そして午前9時、海陽町の町立海南病院で診察を始める。
出勤前にサーフィンができるこんな環境とライフスタイルを、徳島県がアピールしている。目的は「医師を誘致するため」。背景には、徳島県の医師の平均年齢が全国で最も高いことや、都市部に偏在することで地域医療の担い手が不足している状況がある。仕事以外の時間の過ごし方を前面に打ち出す“奇策”は果たして功を奏するのか、注目を集めている。(共同通信=別宮裕智)
▽波乗り医師
サーフィンをする吉永孝優医師=2024年11月、徳島県海陽町
吉永さんは、岡山県笠岡市の「笠岡第一病院」に勤めている。2024年4月から週1度、徳島県海陽町の海南病院で非常勤として働くことになった。きっかけはサーフィンだ。
吉永さんのサーフィン好きを知る研修医時代の指導医である國永直樹さん(45)から「海南病院ではサーフィンができるよ」と誘いを受けた。
吉永さんは語る。
「医師としての仕事のほかに、趣味や家族との時間も大事にしたいという思いがあった」
國永さんは吉永さんの様子をこう話す。「周りからは週に1回、徳島に来てしんどいんじゃないかと言われるが、むしろパワーをもらって生き生きと働いている」
國永直樹医師(左)と吉永さん(右)=2024年11月、徳島県海陽町
吉永さんは基本的に毎週月曜日、海南病院で診察を行い、出勤前や、出勤日の前日に海に入る。
徳島大医学部出身で、いずれは徳島県への移住を考えている。「小さい病院でも学ぶことはたくさんある。若い世代の医師には半年間でも研修などで徳島に来て、魅力を知ってもらいたい」
徳島県病院局の福壽由法局長は「吉永さんのような方が週末に来てくれるだけでも全然状況は変わる」と感謝する。
吉永さんのような人材を念頭に、海南病院と同県阿南市の「阿南医療センター」は2024年3月、サーフィン専門雑誌「Blue.」に求人広告を出した。
「海を愛する医療従事者の皆様 その力を必要としています」
▽医師数首位でも不足
徳島県は「人口10万人当たりの医師数」が2022年末で全国1位だ。2016年末から最新の結果である2022年末まで首位を守る。だが医師の平均年齢は54・2歳と、こちらも全国で最も高い。県によると、徳島市に全体の52・22%が集中する。一方、海南病院が立地する海陽町はわずか0・38%にとどまる。
こうした事態を打開しようと、徳島県が注目したのが県南部にある全国屈指のサーフスポットだ。
県は2024年8月、県サーフィン連盟と協定を締結した。県内のサーフィン発祥の地とされる牟岐町の内妻海岸から車で約3分の距離にある県立海部病院で、出勤前にサーフィンをするといった働き方のモデルを作り、「サーフ・ホスピタル」としてブランド化を目指す。医療従事者を対象としたサーフィンの全国大会を来秋開こうと、実行委員会も始動した。
▽サーファー看護師
徳島県立海部病院の看護師、奥井絵理香さん=2024年10月、徳島県牟岐町
2023年8月に海部病院に就職した看護師の奥井絵理香さん(45)は、もともと大阪市の病院で勤務していた。職場の同僚に勧められて始めたサーフィンを通じて知り合った神戸市出身の夫と、夫婦で徳島が気に入り、2016年に海陽町へ移住した。
「徳島は(筒状の波である)チューブが世界的にも有名。また暖かい気候や豊かな自然の中でのサーフィンに魅力を感じた」
今は週2日ある休日に波に乗る生活だ。今後働き方改革が進み、日中にサーフィンをして夕方から夜勤に入るといった勤務体制が組めるようになれば、波と過ごせるのは週3~4日に増やせると思いをはせる。
県病院局の福壽局長は力を込める。「地域医療の存続は喫緊の課題。あらゆる手段を使って医師を確保しなければならない。前例のないやり方で取り組む新たな挑戦だ」
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