ゼレンスキー氏、日本メディアに語り尽くした1時間 千日超えたウクライナ侵攻、その行方は(前編)
47NEWS / 2024年12月23日 9時30分
プーチン大統領率いる軍事大国ロシアがウクライナに全面侵略を始めてから千日を超えた。継続か終戦か、戦争は分岐点にある。2024年12月1日、国家の存立を賭けてロシアに立ち向かうウクライナのゼレンスキー大統領が共同通信との単独インタビューに応じた。政権幹部は自らの国を、旧約聖書の物語で巨人ゴリアテを倒す少年ダビデに例えるが、巨人と少年の争いは第3次世界大戦に発展しかねない危うさを内包する。約1時間にわたって戦争のさまざまな側面を語り尽くしたゼレンスキー氏。発言とその背景を詳報する。(共同通信キーウ支局長 小玉原一郎)
▽大統領府に入るには
首都キーウ中心部の大統領府は厳重な警備が敷かれていた。ゲートでは巨大な装甲車が威圧し、機関銃を携えた兵士らが鋭い視線を投げかける。爆発物探知犬を含む3回の保安検査を受け、携帯電話は没収された。建物のあちこちに、窓が爆発で割れないよう土嚢が積まれている。内部は照明を抑えて薄暗い。ロシアの電力インフラ攻撃で深刻化する停電を受け、政府も節電せざるを得ない。
2階にある大会議室横のホールに通された。幾つかの巨大シャンデリアがぶら下がるが、暖房はなく、会見直前までコートを着て待った。ウクライナ国旗と、国章の三つ叉の矛をあしらった旗がセットされる。大統領は約束の午後2時から50分ほど遅れ、姿を現した。ボクシングのトレーニングで鍛えていることもあり、握手は力強かった。小柄ではあるが、がっしりした体格。黒とカーキの上下にスニーカー姿で、笑顔を交えて英語で短く挨拶した。その顔つきはインタビューが始まると一転、険しくなった。
▽ゼレンスキー氏の現状認識
ウクライナ東部ドネツク州で、前線のロシア軍に向けて砲撃するウクライナ軍兵士=2024年11月(ウクライナ軍提供・ロイター=共同)
―手始めに現在の戦況をどう認識しているのかと聞いた。英語の質問にゼレンスキー氏はウクライナ語で答えていく。
「ウクライナの未来や、主権と独立が脅かされた最も厳しい時は過ぎ去ったと考えている。全面侵攻が始まった当初、多くの領土が占領されたが、後にそれらの領土を奪還した。大都市も占領の脅威にさらされ、いくつかは実際に占領された。それでも、われわれは独立国家として生きる願いを失わず、団結して大部分の領土を取り戻した。
ロシア軍は兵員も兵器もウクライナを上回る。ロシアは自国民も非情に扱い、自国兵でも退却すれば射殺する。
領土の多くを奪還した後の課題は、犠牲者を出しても、いかに強靱さを維持するかという点だった。敵を押し返す攻勢を準備することが重要だった。ウクライナ軍と市民が一丸となって軍のために働くこと、西側パートナーの支援も必要だった」
▽プーチン氏が恐れるもの
ウクライナ・キエフにある国防省施設から立ち上る黒煙=2022年2月(ロイター=共同)
―ゼレンスキー氏は、ロシアのプーチン大統領がなぜ執拗に侵略を継続するかにも言及した。
「長期戦はプーチン以外の誰の利益にもならない。プーチンはウクライナの迅速な制圧に失敗し、長期戦になった。彼は死ぬまでクレムリンに居座るだろう。唯一恐れるのは自国民だ。彼は戦争継続のため何でもするだろう。さもなければ国民の信頼を失い正統性が問われる。(ただ、全体として考えると)われわれは戦争の困難な時期にいる」
ゼレンスキー氏の言う「最も厳しい時期」は2022年2月に始まった侵攻の最初期だ。ロシア軍はキーウ郊外まで迫り、米欧の外交官や専門家の間ではゼレンスキー氏らが国外に脱出して早期に首都が陥落するとの見方もあった。しかし、ゼレンスキー氏はSNSで徹底抗戦を表明。キーウを守り切り、2022年秋には東部ハリコフ州や南部ヘルソン州で領土を奪還した。ただ、2023年6月にウクライナ軍が始めた大規模な反転攻勢は失速し、奪還地域を広げられないまま終息した。その後、ロシア軍は東部を中心に攻勢を強めている。ゼレンスキー氏も軍の苦境を認めた。
▽ウクライナが勝つための課題
―ゼレンスキー氏は各国の支援に感謝しつつ、ロシアを倒すには不十分だと訴えた。
「パートナーがわれわれを支援した。米国、欧州、日本に感謝している。たださまざまな支援は十分ではない。これはパートナーだけの課題ではなく、われわれの産業の課題だ。国産兵器増産のため多くの投資をしている。パートナーを非難しないが、団結の意思だけでロシア軍は倒せない。われわれは領土ではなく、人命保護を最優先に考えている。それでもプーチンに領土は譲らない。将来、ウクライナは領土の一体性を取り戻すだろう。
目下の課題は東部(ドネツク州など)での敵の進軍だ。われわれには十分に訓練された旅団が不足しており、解決に取り組んでいる。パートナー国と話し合い、14旅団のうち2旅団余りには武器や訓練が与えられた。だが少なくとも10旅団、本来は14旅団の準備を望んでいた。備えが不十分なためロシアが東部で進軍した。ロシア軍は東部の別方面、ハリコフ州にも送られたが、転戦した部隊によるハリコフ市奪取計画を打破した。北東部スムイ州でスムイ市を奪取する攻撃も、わが軍が察知し、対抗した。予防措置としての(ロシア西部)クルスク攻撃も成功し、敵の計画を破壊した。ただ状況は依然不安定で、安定化には部隊強化が必要だ」
▽つかめぬ犠牲者数
ロシアのウクライナ侵攻開始から2年となり、キーウ近郊ブチャの共同墓地を訪れた遺族ら=2024年2月(共同)
―消耗戦で双方とも多数の兵士を失った。両国とも、自国戦力の損耗についてつまびらかにしていない。「世界は戦争の実相を知る必要がある」として、犠牲者数を聞いた。
「クルスク(への越境)作戦後、ウクライナ兵とロシア兵の死者の比率は2024年9月に1対8となった。ロシアは人命を惜しまず、2024年9月以降、人命軽視の突撃作戦で大勢を犠牲にしたが、成果がない。
『8万人のウクライナ兵が死亡した』との米国の報道があった。実際は大幅に少ない。正直に言えば一時占領された地域でどれだけのウクライナ人が亡くなったか正確な数字を把握していない。軍人、民間人、法執行機関職員らが含まれるが、何人が死亡し、失踪し、捕虜として拷問されたか分からない」
ゼレンスキー氏は国際的な支援不足が東部でのロシアの進軍を許しているとの認識を示した。強調したのは、人的犠牲を顧みないロシア軍の人海戦術のことだ。「人命を重視するウクライナ軍」との比較を強調し、8万人死亡説を示した米メディアの報道を否定したが、占領地での実際の死者数は把握できないと打ち明けた。消耗戦の厳しさが伝わってくる。インタビュー後の12月8日、ゼレンスキー氏はSNSで2022年2月以降、ウクライナ兵士4万3千人が戦死したと明らかにした。不明者を含んでいない数字とみられる。
▽北朝鮮、ロシア支援の実態
ウクライナ軍の砲撃で損傷したロシアの軍用車両=2024年8月、同国西部クルスク州(AP=共同)
―反転攻勢に失敗したウクライナは今年8月、突如としてロシア西部クルスク州に部隊を進め越境攻撃を開始し、一時は1300平方キロ以上の地域を制圧した。ロシアはクルスク州で北朝鮮兵1万人以上の加勢を得て、最新式中距離弾道ミサイルを「実験」と称してウクライナ東部に撃ち込んだ。
「北朝鮮兵に関しては正規兵や士官を含め、ウクライナと戦うためにロシアに到着した全ての兵士を長い間分析してきた。把握しているのは約1万2千人。死傷者の情報も得ているが、正確な統計はない。
1万2千人については証拠を持っている。北朝鮮からロシアに向かう武器を積んだ列車を目撃し、数十のロケット砲システムや数百の重機が北朝鮮からロシアに向かうのを確認している。ミサイルが命中し、子どもを含むウクライナ国民を殺した事例も確認されている。ロシアは民間インフラだけを狙っている。
ミサイルが北朝鮮で生産されたことを証明する詳細な証拠もある。何百万発の砲弾についても証拠がある。今年だけで北朝鮮からロシアに砲弾350万発が供給され、2025年にさらに数百万発が計画されていることも文書で確認している」
▽北朝鮮兵に待ち受ける運命
―ロシアはなぜ、クルスク州に北朝鮮兵を投入しているのか。戦場でどのように北朝鮮兵を利用しようとしているのか。ゼレンスキー氏はロシアが抱える事情を分析した。
「(北朝鮮)士官や兵士がロシア軍と連携し訓練を行っている。あなた方の地域にとっても不幸なことだ。現実の大規模戦争の中で訓練している。ドローンを使って戦う技術を学んでいる。
北朝鮮兵の準備が完全に整っているわけではない。到着時の戦闘能力は不明で、ロシアが彼らを慎重に扱っている事実は、まだ訓練段階にあることを示している。9月以降の敵の損失は8倍で、これはウクライナ東部とクルスク作戦によるものだ。プーチンは全戦力でわれわれを押し戻す任務を設定した。
ロシアは兵力不足だという事実もある。北朝鮮やシリアの状況を見てほしい。以前は多くのロシア部隊がいたが、今は全員がわれわれと戦っている。プーチンの兵力に関する発言は誇張されている。ロシアに世界を制御する力はない。最も強力で、最も戦闘技術のある戦力は全てウクライナで戦っているか、われわれの軍に撃破された。
ロシアは、どこかから兵士を調達する必要があり、北朝鮮から引き続き調達するだろう。彼らを「弾よけ」として使うつもりだと思うが、少し後のことになる。プーチンは彼らが訓練され、良い待遇を受けていると示すことで、さらに数万人規模の北朝鮮兵を引き付けたいのだ。最終的に弾よけに使うことは間違いない。プーチンはロシア市民が命を失いたくないという重要な事実を理解している。ロシア社会の支持を失わないようロシア人でなく北朝鮮兵を利用する。それでも不足すれば、他国に目を向けるだろう」
▽ロシアの「同盟国」たち、戦争は拡大するのか
会談前に握手するロシアのプーチン大統領(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記=2024年6月、平壌(AP=共同)
―ロシアは北朝鮮に加えて、無人機を供与するイランとも軍事的な連携を強めており、ウクライナは警戒している。中国は対ロシア制裁に加わらず経済関係を維持し、米欧から「間接的にロシアの侵攻を支えている」との批判が上がる。
「プーチンの目的は、ロシア社会の緊張を緩和することだ。ロシア人の死者数に対する不満が高まっているため、他国を巻き込もうとしている。そのために、より強力な軍事同盟が必要だ。イランや北朝鮮が同盟国になっている。中国も既にいくつかの点で同盟関係にあると考えている。
クルスク州の作戦は(国境を接する)わが国のスムイ州に対するものだ。まずわれわれを押し返し、スムイ州の領土に侵入しようとしている。北朝鮮兵を含む全体が、この計画に沿って動いている。プーチンにとってクルスク方面が非常に重要で、彼がこの地域の司令官に直接指示を出し、「特別軍事作戦」と称するこの戦争の命運がクルスクの成功に懸かっていると述べているとの情報がある。彼らにとって北朝鮮がこの地域を強化することは非常に重要だ」
「現在、戦争は科学技術に関するものになっている。北朝鮮は科学技術の知識を自国に持ち帰るだろう。そして、あなた方の地域における彼らの攻撃的な政策は、過去だけでなく現代の知識や技術にも基づくようになる。ロシアはウクライナの近代的な技術を目にすると、すぐにそれを学びウクライナと同じことをする。北朝鮮も、その全てを持ち帰るはずだ」
▽北朝鮮派兵、日本へのインパクト
2024年10月、ウクライナ文化情報省傘下の機関が公開した北朝鮮兵とされる映像の一場面。ロシア極東の軍事施設で装備品を受け取る様子としている(共同)
―北朝鮮がウクライナの戦場で経験を積み、現代の戦争のノウハウを獲得することは東アジアの安全保障にどのような影響を与えるのか。ゼレンスキー氏は大きな脅威になると警告した。
「問題は、日本がこれらの技術を持っているかどうかではなく、北朝鮮が全てを持つことだ。これは危険なことだ。ミサイル、電子戦システム、一人称視点(FPV)型ドローン、長距離ドローン、偵察ドローン、遠隔地雷敷設のほか、サイバー攻撃もある。全て現代の戦争に関する知識を北朝鮮が持ち帰ろうとしている。それをどう使うつもりなのか、私は情報を持ち合わせていない。
注視すべきことは、これらの知識を実際に使用するかどうかということだ。それが何によって決まるのか。それは「自信」に懸かっている。ロシアがこの戦争に勝利し、われわれを破滅させれば、こうした知識はイランや北朝鮮のような国々によっても使われるだろう。世界が団結しても一つの国を守れないなら、最終的にどの国も打ち破れるということを彼らが知るからだ」
現時点でロシアは北朝鮮兵を「慎重に扱っている」と述べたゼレンスキー氏。その狙いは、さらなる北朝鮮兵を派遣させるためだとの認識を示し、近いうちに最前線に送り込まれてロシア兵の弾よけとして使われると断言した。東アジアの安全保障環境にも悪影響を与えるとの考えを示し、戦火が世界各地に広がる恐れに言及した。
▽次期米大統領トランプ氏とのディールとは
会談する(右から)ウクライナのゼレンスキー大統領、フランスのマクロン大統領、トランプ次期米大統領=2024年12月、パリ(ロイター=共同)
―ウクライナの最大の後ろ盾であるアメリカでは2025年1月20日、取引によって戦争を早期に終結させると主張しているトランプ氏が大統領になる。どう対峙するのか。
「ウクライナの誰もが、この戦争を終わらせたいと考えている。一日も早く公正な形で終わらせることが重要だ。ロシアからの最後通告を受け入れないことが特に重要だ。誰も受け入れることはない。トランプ次期米大統領とそのチームも、それを理解している。
今年、私はトランプ氏と3回連絡を取った。電話で2回、対面で1回だ。直近の会談で「勝利計画」を彼に伝えた。私たちは彼のチームと連絡を取り合い、詳細を伝え説明した。トランプ氏側からの返答を待っている。勝利計画は戦争を終わらせる計画ではなく、その前にウクライナの立場を強化するための計画だ。ウクライナは強い立場でなければ外交について語ることはしない。誰もが迅速な平和を望んでおり、トランプ氏に期待している。彼の提案を聞きたい。彼らは計画の詳細を検討しており、その結果を聞くつもりだ。ウクライナが降伏することはない。トランプ氏も分かっているはずだ」
▽ゼレンスキー氏の考える最悪の事態
ゼレンスキー大統領=2024年12月、キーウ(AP=共同)
―ウクライナは米欧の軍事支援を失えば、戦争を継続することはできない。平和を実現するには支援が欠かせないというのがウクライナの立場だ。
「なぜ迅速な平和が必要か。人々はこれ以上戦争で苦しみたくないからだ。トランプ氏と彼のチームも戦争を迅速に終わらせることができるとしている。だが個人的には迅速に終わらせるのは難しいと考える。なぜならプーチンが望んでいないためだ。彼が望むのはウクライナの降伏だけだ。
われわれは人生で最も困難だった千日前の2022年2月も降伏しなかった。今、誰もウクライナが降伏するとは考えていない。トランプ氏とのさらなる会談を望んでいる。近く、双方の代表者同士の会合があるだろう。
戦時中、敵を前にしてわれわれが孤立するのを心配している。それは最悪の事態だ。欧州連合(EU)もわれわれに多くのことをしてくれた。重要なのは米国だけではない。米欧がウクライナ支援のため団結することが重要だ。それを失うことはないと確信している。
米国のウクライナ(支援)方針に変更がないことを望む。殺人者と犠牲者の間で妥協点を探るようなことは、しないでほしい。国連憲章やわれわれの提案に基づいて克服すべきだ。最も重要なのは、戦争がわが国で起きているということだ。これは将来、私たちがどのような世界に住むことになるのかに関わる」
▽ゼレンスキー氏の苦しみ
―兵士や市民が日々、命を落としていくウクライナ。ゼレンスキー氏の言葉の端々から、自国民を失う戦時の指導者の苦悩が伝わってくる。
「トランプ氏とは連絡を取り続ける。トランプ氏がホワイトハウスに入り、米国の新大統領として完全な権限を得た際、特定の問題について、もっと詳細に話し合うことができるだろう。今からチーム間の連絡を増やすべきだ。来年に向けて入念に準備しなければならない。
われわれ全員がこの戦争をできるだけ早く終わらせたいと望んでいることを理解してほしい。一刻も早く公正な平和を目にしたいと願っている。これ以上犠牲者数を数えたくない。とても苦痛だ。彼らは自由のために最も大切な命をささげてくれた。この戦争が終わり、全ての人が望む平和が訪れることを願っている。幸せをかみしめながら、どれぐらいの子どもが生まれたかを数える日が来ることを望んでいる」
「戦争を24時間以内に終わらせる」と豪語したトランプ氏は具体策を明らかにしていない。ゼレンスキー氏は「提案を聞きたい」と切実な胸の内を明かした。政権移行チーム内では、現在の前線を固定化して北大西洋条約機構(NATO)加盟を棚上げする案が浮上する。ゼレンスキー氏は「殺人者と犠牲者の間で妥協点を探るようなことは、しないでほしい」と語気を強め、トランプ氏をけん制した。
× × ×
後編では、国際社会の最大の関心事である戦争の行く末について、ゼレンスキー氏の考えに迫る。(「ゼレンスキー氏が語った戦争の終わり方、そして日本への感謝」に続く)
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