ゼレンスキー氏が語った戦争の終わり方、そして日本への感謝 千日超えたウクライナ侵攻、その行方は(後編)
47NEWS / 2024年12月24日 9時30分
ウクライナのゼレンスキー大統領は2024年12月1日、首都キーウ(キエフ)で約1時間にわたって共同通信の単独インタビューに応じた。前編「ゼレンスキー氏、日本メディアに語り尽くした1時間 千日超えたウクライナ侵攻、その行方は」では東部の厳しい戦況や、ロシア西部に対する越境攻撃、北朝鮮の派兵と東アジアの安全保障環境への影響、トランプ次期米大統領の対ウクライナ政策に関する発言を詳報した。
後編では、国際社会の最大の関心事である戦争の行く末について、ゼレンスキー氏の考えに迫った。ウクライナが現時点で戦いの目標をどこに設定して、どのような状況が生まれれば戦闘終結に向けてロシアとの交渉を開始することができるのか―。インタビューは核心部分に差しかかる。(共同通信キーウ支局長 小玉原一郎)
▽NATO加盟が絶対に必要な理由
共同記者会見で握手するNATOのルッテ事務総長(右)とウクライナのゼレンスキー大統領=2024年10月17日、ブリュッセル(ロイター=共同)
―ゼレンスキー氏が開戦以来訴えてきたのが、北大西洋条約機構(NATO)への早期加盟だ。NATOには集団防衛義務があり、ある加盟国が攻撃された場合、全加盟国への攻撃とみなして共同で対処する。強力な抑止力を得て、ロシアの侵略を防げるとの考え方だ。今回、われわれが最も注目した発言がここで飛び出した。
「ウクライナが外交の場で強い立場を保ち、しっかりと自立するために、ウクライナをNATOに招待してほしい。地理、地政学、歴史的な観点から、そして過去と現在、隣国との関係を鑑みると、ウクライナのNATO入りを確実にすることがとても大切だ。これが現実的な安全保障となる。
欧州連合(EU)への前向きな立場も明確だ。市場や経済の観点から見てもウクライナの安全保障となる。明確な立場とは単なる方向性ではなく、法律で裏付けられているという事実だ。地政学的なレトリックではなく、決意を意味する。これがウクライナにとっての強い立場であり、いつどのように実現するかを知ることが重要だ」
▽ウクライナがロシアのエネルギー施設へ反撃する権利
ロシアのミサイル攻撃を受けたウクライナの火力発電所で、復旧作業をする人たち=2024年11月(ロイター=共同)
―ウクライナはロシアによるエネルギー関連インフラへの集中攻撃で、首都を含む各地で停電が深刻化している。ウクライナが対抗して、ロシアのインフラを攻撃する権利はないのか。ゼレンスキー氏は率直に答えた。
「各種ミサイルや長射程兵器、強力な防空網といった(ウクライナに必要な)武器の組み合わせは「勝利計画」に明記している。ロシアが公正な平和によって戦争を終わらせようとするなら全ては使わないかもしれない。だがロシアはわれわれが全てを持っていると知るだろう。ロシアが再び戦争をエスカレートさせようとすれば反撃する。公正な平和を望まないなら彼らの軍事産業全体を破壊する。ロシアはそれを知らなければならない。
ここで言っているのは軍事目標のみだ。ロシアのインフラや民間の目標ではない。われわれは一度もそれを標的にしてこなかった。だが彼らが、わが国のエネルギーインフラを破壊するなら、私たちに相手のエネルギーインフラを破壊する権利はないのだろうか。
われわれには、それを破壊する十分な権利がある。常識的に考えて、パートナー国は明確なサインを(ロシアに)送る必要がある。プーチンが民間インフラやエネルギー施設への破壊を止めないなら、ウクライナに長射程ミサイルを含むパッケージを提供し、ロシアのエネルギー施設を破壊する「青信号を出す」と。それが公正だ。これがわれわれの強い立場だ」
▽対ロシア制裁、求めるものは
―ロシア経済を締め付けるため、米欧や日本は幅広い分野で制裁を科している。しかし、ロシアは戦争を継続し、優位に立ちつつある。ウクライナは「制裁は手ぬるい」と不満を高めている。
「ロシア軍がわれわれの都市を破壊することを許さない。わが軍を強化しなければいけない。戦略的な強化だ。軍を増強し予備戦力を活用できるようにするため砲弾やその他のシステムが必要だ。
われわれは米国や他の同盟国と率直に話し合い、(投資などに関する)経済協定について議論している。ロシアが占有する鉱物資源はロシアの同盟国を支えるだろう。資源は武器製造や同盟国強化に使われ、将来、あなた方の地域で混乱を引き起こすかもしれない。
われわれは今後も制裁について協議を続ける。米国、英国、EU諸国、太平洋地域の国々が多くの制裁を科したことに感謝している。日本や韓国にも感謝している。しかしまだ十分ではない。ロシアは制裁を回避している。制裁逃れを助ける国々もある。ロシアの銀行やエネルギーシステムを完全に停止させ、彼らが影響を拡大したり商売したりできなくする必要がある」
▽なぜ外交が必要なのか
―ロシアは2014年にクリミア半島を併合し、軍事拠点として整備を推進してきた。ウクライナがクリミアを含むロシアの全占領地を武力で奪い返すべきなのか。この点をどう考えるかで戦争終結のあり方も大きく変わってくる。
「戦争の公正な終結が必要だ。ウクライナにとって明確に安全が保証され、強い立場で外交解決に向け始動する必要がある。わが軍はクリミアなどの一部領土を奪い返す力が欠けている。これは真実だ。外交解決を探らなければならない。ただロシアが新たな侵略を仕掛けられないほどウクライナが強くなった時に初めて、外交的手段を考えることができる。プーチンはウクライナが全ての土地を取り戻すと理解する必要がある。犠牲者を減らすため外交的手段で実施されることを望む。クリミアは全世界にとって戦略的な意味を持つ。クリミアを制する者が黒海の安全を制する。食料安全保障のための回廊があるからだ。
例えばプーチンはクリミアを占領した際、黒海を封鎖した。農作物がアフリカ、アジア、欧州に輸出できなくなった。クリミアを制し、黒海への支配力が発揮された例だ。クリミアはわれわれが必ず取り戻す領土であり、その返還は地域全体の安全を守る意味を持つ」
ゼレンスキー氏は、現有戦力ではロシアが軍事拠点化するクリミアなどの一部領土を奪還できないと率直に認め「外交解決を探らなければならない」と明言した。「クリミアの奪還が停戦交渉入りの条件だ」と発言してきたゼレンスキー氏にとって、大きな方針転換と言える。悲願とするNATO加盟に近づくため、ロシアによる領土の一時的占領はやむを得ないという苦渋の判断だとみられる。
▽NATO加盟の代わりになるものは
ウクライナ停戦で合意した4カ国首脳会談後、抱き合って喜ぶドイツのメルケル首相(左)とフランスのオランド大統領=12日、ベラルーシの首都ミンスク(AP=共同)
―ウクライナの必死の訴えにかかわらず、NATOの反応は芳しくない。NATO加盟が認められなかった場合、代替案はあるのか。答えはノーだった。
「(ウクライナに安全保障を提供するNATO以外の仕組みは)理論上はあり得るが、(旧ソ連崩壊後、ウクライナが国内に残った核兵器を放棄する見返りに、米英とロシアがウクライナの安全保障を約束する)ブダペスト覚書が強大な国々が交わした文書だったことを強調したい。米国、英国、フランス、中国、ロシアといった大国がウクライナの安全保障を約束したが、機能しなかった。NATOに代わる案があるかと聞かれれば、経験上存在しない。われわれの安全を保証した国と全面戦争になったのだから。
2014年に初めてクリミアが占領された際、(2014年と2015年に)ミンスク合意が締結された。(フランス、ドイツを仲介役に、ロシアとウクライナの4カ国で作る枠組み)「ノルマンディー方式」を構築し関係国が署名した。「凍結した紛争」と言われ(この方式による停戦合意を)よく提案されるが、私は機能しないと繰り返している。それは数年以内に全面戦争を招くだろう。
ミンスク合意に署名して数年後、何が起きたか。プーチンはその間に準備を整え、軍を増強し、全面戦争を仕掛けて破壊しに来た。何度も」
▽ゼレンスキー氏の望み
―ウクライナは、ブダペスト覚書、ミンスク合意がロシアによって一方的にほごにされ、全面侵攻が起きたと考えている。一連の経緯から生じた不信と猜疑心が、より強力な安全保障措置が必要だという考えにつながっている。
「経験上、NATOの代替案はあり得ない。ブダペスト覚書とミンスク合意で十分思い知った。これ以上同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。これは人々、犠牲者、家族の破壊、家屋や国家の損失、そして国民や領土の喪失に関わることだ。これ以上リスクを冒すことはできない。われわれは国内に投資を呼び込みたい。国内に企業を誘致し、ビジネスが行われ、国内総生産(GDP)が向上することを望んでいる。ウクライナの安全が保証されることは、西側の投資家にとっても重要だ。NATO加盟はプーチンに再び占領されないことを意味する。NATOはウクライナにとっても、多くのパートナー国、地域にとっても安全を意味する」
ゼレンスキー氏は新たな侵略を食い止めるにはNATO加盟しかないとの立場を繰り返した。上述のように、トランプ氏の政権移行チーム内ではNATO加盟棚上げ論が台頭している。その断絶をどう埋めるかが、平和を実現できるか否かの分岐点になる可能性がある。
▽日本への思い、岸田前首相との関係
平和記念公園を訪れたウクライナのゼレンスキー大統領(左)と岸田文雄首相=2023年5月21日午後6時06分、広島市中区
―日本との関係はどう考えているのか。ゼレンスキー氏は単なる外交辞令ではなく、日本が大切なパートナーであることを強調した。
「日本政府と日本国民には感謝を申し上げたい。ウクライナには地政学的にも資金面でも支えてくれた五大支援国がある。武器を提供してくれた国もあれば、資金を提供し、人道支援などで貢献してくれた国もある。日本の場合は(発電所の復旧など)エネルギー分野への貢献だ。米国やドイツと同様に戦争を支えてくれた五大国の一つだ。本当に感謝している。
正直、このような関係を築けるとは思っていなかった。国家間に新たな戦略的なレベルの関係を築くため、日本が心から行動してくれた結果だと思う。私は(岸田文雄前)首相と個人的関係があった。これだけは信じてほしい。日本が困難な状況に陥ったとしても、ウクライナは日本が最も困難な時に共にいてくれたことを決して忘れず、絶えず日本と共にある」
▽石破首相への期待と確信
参院本会議で所信表明演説をする石破首相=2024年11月
―ゼレンスキー氏は自らを広島に招いた岸田前首相との関係に言及し、石破首相との関係構築にも意欲を見せる。
「(岸田前)首相と私は素晴らしい関係だった。新しい(石破茂)首相と新政権とも、同様に親密な関係を築くことができると確信している。近い将来の会談に向けて、われわれのチームが協力することを期待している。
日本が先進7カ国(G7)の議長国を務めた際、非常に重要だったのは、ウクライナがG7の国々と対等に発言する機会を与えてくれたことだ。支援に感謝し、歴史的関係が続くことを期待している」
ゼレンスキー氏の日本への信頼は厚い。憲法上の制約から軍事支援には高いハードルがある日本は、エネルギー関連施設の修復や保全、地雷除去などで力を発揮してきた。ゼレンスキー氏は、巨額の軍事支援を供与している米国やドイツと並んで日本を「五大支援国」と呼び、謝意を強調した。
▽「平和の公式」の舞台裏、気になるトランプ氏の出方
米ニューヨークで、トランプ前大統領(右)と会うウクライナのゼレンスキー大統領=2024年9月(ロイター=共同)
―ウクライナは自らの和平案「平和の公式」に基づいた首脳級会合を2024年6月、スイス中部で開催した。100の国・機関が参加したが、ロシアは招待されなかった。グローバルサウスと呼ばれる新興・途上国からは、ロシアが不在の会議では戦争終結の道筋を話し合えないとして、第2回会合にはロシアを招待するよう求めている。
「われわれは一貫性を持って行動しようとしている。(2024年6月にスイスで開催された)初めての世界平和サミットの後(ウクライナ提唱の和平案)「平和の公式」の各ポイントに特化した関連会議を開催し、2024年11月末までに詳細な文書を準備することで合意した。数十の国や、50カ国以上が参加する九つの会議を開催した。文書は完成し、詳細なものになっている。私が繰り返し言っているように、ロシアはあらゆる(妨害)手段を講じてくる。平和の公式や平和サミットの実現を阻止するため、各方面からさまざまな計画を実行するだろう。
われわれにとって重要なのは文書が完成していること、そして(ロシア以外の)全ての国が統一した立場を持つことだ。トランプ氏が就任後、文書への姿勢を示すことを期待している。文書は平和の公式を支持している国だけでなく、支持していない国々にも共有する。全ての国の見方を聞きたい。各国の反応を確認し次の段階に進む準備を整えるつもりだ」
▽ウクライナ和平案にロシアは乗るのか
インタビューに応じるウクライナのゼレンスキー大統領
―ゼレンスキー氏は平和の公式について議論する第2回サミットの開催を模索する。成算はあるのか。
「われわれは自分たちの立場を放棄していない。全てのリーダーたちが望んだように、ロシアが第2回サミットに参加すべきだと考えている。彼らを招待する。だがロシア抜きで開かれた最初のサミットに参加するかどうか迷った全ての国に思い出してほしい。私はこう言った。ロシアは平和の公式やサミットを終わらせ、第2回サミットへの参加を拒否するために、あらゆることをするだろう。プーチンは戦争の終結に興味がない。平和に興味がない」
ゼレンスキー氏は第2回サミットに必要な文書は完成したと明言したが、開催時期については触れなかった。2025年1月のトランプ氏就任後に文書への姿勢を示すことを期待すると述べた通り、開催の見通しは立っていないもようだ。ロシアは平和の公式に基づくプロセスへの参画を明確に拒否している。ウクライナ、ロシアの停戦交渉開始の条件は大きく隔たっており、その妥協点が見つかるのか。「これから数カ月が戦争の行方を決定付けるかもしれない」。そんな思いを抱きながら、大統領府を後にした。
× × ×
小玉原一郎 総合商社を経て2000年に共同通信。カイロ支局記者、ジャカルタ支局長、テヘラン支局長を経て2023年にキーウ支局長。ウクライナのボクシング・ヘビー級王者オレクサンドル・ウシクのファン。
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