客車の蒸気暖房を楽しむ 柔らかさと優しさ
47NEWS / 2024年12月27日 11時0分
【汐留鉄道倶楽部】1枚目の写真をご覧いただきたい。青い電気機関車と茶色い客車の間から白い煙が上がり、係員が現状を確認しているような、見守っているような…。もちろん火事ではない。何となく緊迫感も感じられないと思う。種明かしをすると、写真に写っていない編成の反対側に蒸気機関車(SL)が連結されており、SLの蒸気の一部が暖房用として客車内の配管を通り、編成の最後部(電気機関車側)から排出されている場面。蒸気を使用した暖房設備の始業前点検をしているところだ。
SL時代の暖房は当初、青森・津軽鉄道の「ストーブ列車」のように車内にストーブを設置したりしていたというが、後に機関車の蒸気の一部を利用する蒸気暖房が普及した。SLのエネルギーの一部を利用する合理的なものと言える。旧型客車と呼ばれる戦前から1950年代にかけて製造された車両でよく見られた。オハ35系列、スハ43系列などと呼ばれる形式だ。
現在でも群馬県高崎市のぐんま車両センターに所属し、SLけん引で「レトロ〇〇」などの名称で運行される列車や、静岡県・大井川鉄道本線のSLけん引列車、下館(茨城県筑西市)―茂木(栃木県茂木町)を結ぶ真岡鉄道「SLもおか」の50系客車(旧型客車の後継の一つ)で体験できる。蒸気暖房はエアコンによる温風暖房と違って静かで、ストーブのようにやけどの心配も少ない。住宅用の床暖房に通じる柔らかさ、優しさがあると感じている。
加減弁は「暖房加減弁」表示のふたの下。写真右側のステンレスカバーの中を暖房配管が通る=真岡鉄道の50系客車
機関車から客車に送る蒸気を、両窓下の床上を通した放熱管と呼ばれる配管を通して最後尾の客車まで送り暖房する仕組み。蒸気量の調節は各車両中央の床下や座席下に設置した加減弁、止め弁などで行う。最後尾の客車から排気しないと冷えた蒸気が水となって滞留し暖房効果が弱まるため、末端から蒸気が立ち上る。
蒸気は途中の客車からも噴き出す。蒸気暖房の立ち上げ時には、冷えた放熱管が熱で膨張する間に「カン、キン」という独特の金属音がする。欠点としては編成が長ければ最後尾に行くほど効きが悪くなるほか、暖気が行き渡るまで時間がかかることなどが挙げられる。均等に暖めるための調節も熟練が必要といい、ヒーターや空調設備を使用した電気暖房に置き換わっていった。が、蒸気暖房の客車は地方の小さな駅に停車すると車内がシーンと静まり返り、立ち上る蒸気と相まって独特の雰囲気に包まれる。
こちらは「蒸気止弁」の表示。座面裏側、両脚の間に全開・半開を切り替えるコックが少し見える=大井川鉄道の旧型客車
今年12月7日夜から翌朝にかけて、大井川鉄道で蒸気暖房をアピールポイントの一つにしたSL団体臨時列車が終夜運行された。同鉄道でこれまで走った終夜運行列車は暖房非対応の電気機関車がけん引したため、乗客は時に寒い思いを強いられていた。しかし今回は初の旧型客車、終夜運転にSLけん引、蒸気暖房を加えた4点セット。客車3両分、募集した50人の枠は発売後3分で完売したというが、筆者は運良くチケットを手に入れることができた。
客車中央から蒸気。窓の外側が曇っているのが分かる=大井川鉄道の旧型客車
2席ずつ向かい合わせとなる4人掛けボックス単位で発売され、追加料金なしで2人まで乗車できた。旅行代理店を通さない自社企画のためか、料金はリーズナブル。暗闇に立ち上る蒸気と夜行列車を同時に体験したくなり、友人と相席で乗り込んだ。ともに夜行列車体験はそこそこあるが、蒸気暖房は意識していなかった世代だ。
SL現役時代を知らない乗客も、それぞれの楽しみ方を味わった様子。初めてSL夜行列車に乗ったという大学生は「この時代を知る人がうらやましい」と感激していた。大井川鉄道では使用できない電気暖房用ヒーターが客車にあるため「本当は(通し番号が)4桁の2千番台でないと」「TR47台車の乗り心地が」などと詳しい。この種のレトロ列車には、推理作家・横溝正史の小説を映画化した「金田一耕助」シリーズの主人公のように着物に帽子、革製トランクを持つ終戦直後のいでたちに扮(ふん)した乗客が現れることもある。
編成末端の蒸気は、時に勢いよく吹き上がる=12月8日、夜明け前の家山駅(静岡県島田市)
列車は島田市の新金谷―家山間15㌔足らずの距離を途中停車駅なしで3往復するが、実走行時間は全行程の3分の1、約3時間しかない。折り返しの長い停車時間中に「機回し」と呼ばれる機関車(C10型8号機)の先頭方向への付け替え、水や石炭の補給、点検がある以外は、客車自体は静まり返った。ホームや駅設備は乗客でごった返すが、客車からは時折蒸気が噴き出す「シュー」という音しかしない。発車前にブレーキを緩める「プシュー」という空気音もよく聞こえる。いずれも1980年代初頭まで残っていた情景である。〝鉄道遺産〟とも言える文化がほそぼそとでも残ればと願いながら、停車中はとても静かな旧型客車に乗りに行きたくなってしまうのだ。
☆共同通信・寺田正
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