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革命もたらしたトミー・ジョン手術、先駆者の知られざる葛藤 医師指摘「進化より大事なもの」

47NEWS / 2025年1月20日 9時0分

2度目の右肘手術を受けた大谷翔平

 野球界で通称「トミー・ジョン手術」と呼ばれる肘の靱帯再建手術は1974年に初めて行われ、投手寿命を延ばす革命をもたらした。半世紀を経た今では広く浸透し、術式も進化。米大リーグ、ドジャースの大谷翔平も2度経験するなど救われた投手は枚挙にいとまがなく、野球界に与えた影響は計り知れない。一方で、先駆者やその家族が抱えてきた苦悩や葛藤はあまり知られてこなかった。近年は肘を痛める選手が飛躍的に増加しており、手術を担当する医師からは現状を危惧する声も上がっている。(共同通信ロサンゼルス支局=白石明之、益吉数正)

※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podacst」でお聴きください。

 ▽わらにもすがる思い


手術名の由来となった現役時代のトミー・ジョン氏

 通称は、他の部位から正常な腱を移植するこの手術を初めて受けた選手の名前に由来している。大リーグのドジャースやヤンキースなどで活躍したトミー・ジョン氏。通算288勝を挙げた先発左腕の大投手だった。

 名投手でも故障すれば現役引退を余儀なくされていた時代。31歳だったジョン氏は、投球中に左肘の腱を断裂した。再起不能と思われたが「もう一度、野球をやりたい一心だった」。わらにもすがる思いで復帰への道を模索した。
 所属していたドジャースのチームドクター、故フランク・ジョーブ博士に相談すると「君は再び野球をできる」と断言され、ある提案を受けた。博士が考案した画期的な腱の移植手術だった。

 前例はない。当時の医療技術からみても、成功確率が不透明な実験的な試みだった。
 「できっこない」
 「やめておけ」
 「無意味だ」
 周囲から猛反対を受けた。それでも、野球への情熱は消えなかった。ジョン氏は「最後は博士の言葉を信じた」と肘にメスを入れることを決意。そして1年半の休養を挟み、見事によみがえった。

 既に12年間で124勝を挙げていた中、さらなる飛躍を遂げた。術後14年間で実に164勝を記録。奇跡のカムバックと評された。

 ▽忍耐と不屈の精神


現役時代のトミー・ジョン氏

 周りに流されず信念を貫いた姿は、親族にとっても誇りだ。子息は「この手術は単なる医療発明ではない。忍耐と不屈の精神を描いた人間の物語だ」と父を尊敬する。

 だが、輝かしい成績は世の中にあまり知られていない。手術名としての認知度ばかりが先行しているのが実情だ。子息は「父が選手として残した功績や、乗り越えた困難は見向きもされてこなかった」と、もどかしい表情で語った。

 米国の野球界に多大な貢献をした選手や関係者だけが入ることが許される米国野球殿堂には、何度も候補になりながら落選を繰り返している。2024年12月に発表された時代別の選考では、選考委員16人のうち12人の得票が必要だったが7票に終わり今回も選出はならなかった。「ジョーブ博士は殿堂の特別表彰を受け、手術を受けた人々も殿堂に入った。なのに、なぜトミー・ジョン本人の名前がない。偉大な投手として父を覚えてほしい」。子息の訴えは切実だ。

 ▽進化の先駆け


人工靱帯を利用した手術を開発したジェフリー・デュガス医師

 ジョン氏の復活劇は球界に大きなインパクトを与え、米国だけでなく日本のプロ野球でも故村田兆治氏などが手術を受けて復帰を果たした。
 ただ、最近は肘を痛める選手が急増している。球速や回転数の上昇が要因とされ、2024年12月に大リーグ機構(MLB)が公表した報告書によると、直球の平均球速は94・2マイル(約151・6キロ)となり、2008年から4・7キロも向上。2024年もブレーブスのストライダーやガーディアンズのビーバーらエース級の投手が相次いで肘の靱帯を痛め、手術に踏み切った。

 肘靱帯再建の「需要」の高まりは、術式の進化を促した。先駆けとなったのは、テープ状の人工靱帯で患部の修復と補強を図る「インターナル・ブレース」と呼ばれる方法だ。開発したジェフリー・デュガス医師は、復帰まで通常12~18カ月かかるトミー・ジョン手術に比べ「回復期間が半分になる」と利点を強調する。
 何千もの症例を研究したデュガス医師は、靱帯の損傷の程度には個人差があり、比較的損傷が小さい場合はトミー・ジョン手術とは別の方法を採用できないか模索。足首のけがでは既に「インターナル・ブレース」が成果を上げており、これを肘に応用したという。初めての手術は2013年の夏だった。完全に断裂しているようなケースは不向きとされるが、今では「軽傷」の多い若年層を中心に広く行われるようになった。

 ▽「流行」はハイブリッド


ハイブリッド手術を開発したキース・マイスター医師

 2018年にはキース・マイスター医師が人工靱帯と腱移植を組み合わせた「ハイブリッド手術」を始めた。靱帯再建手術後、わずか数年で再び肘を痛める選手も出てくるようになり「ニーズや要求に合うように変える必要があった」と理由を語る。


2度目の右肘手術を受けた大谷翔平

 リハビリ期間もトミー・ジョン手術と大差はなく、マイスター医師は「(効果が)より安定し、長持ちする結果を得たい」と言う。もちろん術後の成績には個人差があり、長期的なデータの蓄積はこれからだが、2021年に同医師からこの手術を受けたタイガースの前田健太は「メリットしかないということでやった」と言う。現在のメジャーで最も「流行」している手術で、大谷が2023年9月に受けた2度目の手術もこの最新の術式とされる。

 ▽手術よりも予防


大谷翔平

 医学や生物工学の発達で術式は今後も進化し、成功率や復帰率がさらに高まることは間違いないだろう。しかし、それは必ずしも問題の根本的な解決とはならない。
 デュガス医師は「治せると分かり、あまり心配しなくなったことが負傷増加の一因」と指摘する。同医師の手術件数は5年前から約2倍になったそうで、若年層でも顕著な球速向上に加え、横に大きく曲がる「スイーパー」など肘に負担のかかる球種の隆盛、アマチュアレベルではけがを防止するための準備や知識の不足を背景に挙げた。

 マイスター医師も現状を深く憂慮しており「もっと良い術式を考案できるかもしれないが、まずはけがをしないように取り組むこと。けがが増えている理由を理解し、若い投手を守る方法を実践する方がもっと大事だ」と予防の重要性を訴える。MLBはルールの変更を検討するよう専門家から勧告を受けており、何らかの対策に乗り出すことになりそうだ。

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