受信機をメーカーに作ってもらうところから始め、「FM喫茶」「FM理髪店」が普及のきっかけに FM「育ての親」の後藤亘さんが証言する【放送100年③】
47NEWS / 2025年1月16日 9時0分
音の良いFMラジオは、日本では戦後に登場した。先行するAM放送と違い、受信機ゼロからのスタートだった。どのように普及し、発展してきたのか。FM放送の「育ての親」といわれるエフエム東京名誉相談役・後藤亘(わたる)さん(91)が、証言する。(共同通信編集委員・原真)
▽原点は教育放送
「松前重義先生から『おまえ、やれ』と言われたんですよ」
後藤さんは、そう振り返る。松前さんは、逓信省(後の郵政省、現総務省)の技官から社会党の衆院議員に転じ、東海大を創立した大人物だ。
1933年に福島県で生まれた後藤さんは、東北大を卒業。洋画配給会社の東和映画(現東宝東和)に勤めていた時に、東北大の先輩である松前さんと出会う。
通信・放送技術に詳しく、教育に熱心な松前さんは、FMによる教育放送を計画する。遠くまで伝わるAMは、利用する中波の周波数が逼迫(ひっぱく)しつつあったのに対し、到達範囲は狭いが高音質のFMの超短波は、まだ空きがあった。松前さんは富士山頂からFMの電波を降らせることも検討したが、実現には課題が多い。1958年、東京・代々木にあった東海大の校舎屋上から、実験放送を始める。ラジオによる通信制高校の認可も得た。
日本のFM「生みの親」の松前重義さん=1976年12月
松前さんは後藤さんに告げた。
「戦後の貧しい時代、義務教育さえ受けられなかった子どもが多い。中学・高校へ行ける子は、本当に少ない。でも、ラジオを使えば、働きながら、夜に勉強できるはずだ。民放AM局に相談したが、ゴールデンタイムに教育放送をやってくれるというところはなかった。自分でやるしかない」
そんなFM「生みの親」の言葉に感激した後藤さんは1960年、東海大が運営する「FM東海」に転職した。ちょうど、FM東海の放送免許が実験放送から実用化試験放送に格上げされ、番組にCMを入れられるようになった時期だった。
▽高音質のクラシックやジャズ
しかし、当時の受信機はAM専用で、FMを聞けるものはほとんどなかった。東海大が通信制高校の生徒に貸し出すため、学生に作らせた受信機ぐらいしか存在しない。実はNHKも1957年からFMの実験放送を行っていたが、AMと同じ番組を流すだけで、普及活動に積極的に取り組んではいなかった。
「受信機がなければ、民間放送は広告を取れず、経営が成り立たない」。後藤さんは家電メーカーを訪ね歩き、「FM受信機を製造してほしい」と頼み込んだ。大手は「売れるか売れないか分からないものを、作るわけにはいかない」と、けんもほろろ。オーディオ専門の山水電気(後に破産)、トリオ(現JVCケンウッド)、パイオニアだけが応じてくれた。
もちろん、受信機ができても、「FM」という言葉も、どんな放送かも、一般には知られていない。大々的に広告を打ちたいけれど、資金がない。後藤さんは、新聞各紙の記者を説得し、FMの音の良さや、欧米で普及が進んでいる状況を記事にしてもらった。
さらに、「人が集まる場所から広めていこう」と、喫茶店や飲食店、理髪店にFM受信機を貸し出した。この「FM喫茶」「FM理髪店」が話題になり、受信機は徐々に普及していく。
当初の番組編成は、夜7時から2時間の高校通信教育講座をはじめ、教育番組が全放送時間の3割程度で、残りは主に音楽番組だった。その音楽番組も、AMと違って歌謡曲は流さず、高音質を生かしたクラシックやジャズで独自性を打ち出す。それがファンに支持され、FM受信機の世帯普及率は1968年、関東地区で40%を超えた。
▽エフエム東京が開局
エフエム東京の現在の本社=2018年6月、東京・麹町
FM人気の高まりを受けて、各地で放送免許の申請が相次ぎ、郵政省は本免許を出す方針を固める。FM東海の実用化試験放送の免許については、小林武治郵政相が「試験局としての目的は既に果たしている。これまで続けてきたことがむしろおかしい」と更新しなかった(朝日新聞1968年2月6日付)。東海大は裁判で争う。結局、東海大を軸に首都圏の免許申請が一本化され、1970年、エフエム東京(TOKYO FM)が開局した。
後藤さんが解説する。
「郵政省から『FM東海に本免許をすると、松前さんのために出したと誤解される。大同団結してください』と言われた。FM東海は先駆者としてやってきたが、『技術が生かされて、FMが普及すれば、それでいい。妥協しよう』ということになったんです」
FM東京は、クラシックやジャズに加え、聴取者に人気のアメリカのポップスを増やした。1989年に後藤さんが社長に就いて以降は、J-POPを重視するように。
「時流は10年ぐらいで変わる。それをいち早く感じ取って、先手必勝で対応すれば、聴取率も良くなる。みんなと同じだったら、存在意義がない。違うものを提供して、文化に貢献するのが、僕らの役割でしょう」
この間、各地に新局が誕生し、FMはAMに匹敵するメディアに成長した。エフエム東京をキー局に、ネットワークの全国FM放送協議会(JFN)も発足、現在38局に番組を配信している。FM東海時代から続く音楽番組「JET STREAM」や、中高校生とやり取りするトーク番組「SCHOOL OF ROCK」が、各地で人気を集める。
後藤さんは新技術の導入にも積極的だ。通信衛星を利用して、150以上の音楽チャンネルを雑音のないデジタルで有料放送した「ミュージックバード」。FM電波で音声と共に文字を送り、短い番組情報やニュースをタクシーなどの専用端末に表示した「見えるラジオ」。携帯電話にFMチューナーを搭載した「FMケータイ」。地上テレビのアナログ放送が使っていた電波の〝跡地〟で、音声だけでなく画像やデータも提供したデジタルのマルチメディア放送「i-dio(アイディオ)」…。失敗に終わった事業も少なくないが、挑戦を重ねてきた。
車載用の「見えるラジオ」の試作機=1994年3月
▽テレビ進出
「へそ曲がりだからでしょうね。同じことをやっていたら、資本力のあるところに、かなわない。金のない僕らが世に出ていくには、個性を発揮しなければ。うまくいかなかったのは、主に音だけだったからじゃないかな。やっぱり映像がないと」
そう語る後藤さんは1997年、テレビへ進出する。東京のローカルテレビ局・東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)の社長を引き受けたのだ。
東京メトロポリタンテレビジョンの社長に就任した頃の後藤亘さん=1997年6月
MXは1995年に開局。1人でインタビューも撮影も行う「ビデオジャーナリスト」のシステムを採用し、ローカルニュース中心の編成で、在京キー局に対抗しようと試みた。
だが、既存局がVHFと呼ばれる電波を使っていたのに対し、MXは周波数の違うUHF。MXを受信するには、新たにUHFのアンテナを設置しなければならず、視聴者はなかなか増えない。東京商工会議所の会員企業や東京都からの出向者らによる寄り合い所帯の社内は、混乱していた。
この危機的状況を打開するため、白羽の矢が立ったのが後藤さんだった。東商会頭の意を受けた徳間書店の創設者・徳間康快さんが、旧知の後藤さんに「何とか知恵を出してくれ」と要請する。後藤さんは「好きなようにやっていいなら」との条件付きで、応諾した。
▽「安定は悪化」
後藤さんはニュースを減らし、サッカー中継や韓流ドラマを強化する一方、経費節減を徹底して累積赤字を一掃した。折から、地上放送のデジタル化のため、首都圏では2003年以降、テレビは全てVHFからUHFへ移っていく。アンテナ問題は解消され、MXの経営は安定した。
番組も、タレントのマツコ・デラックスさんやミッツ・マングローブさんを世に知らしめた「5時に夢中!」など、ユニークなものが登場している。
「放送局の原点は、番組を作ること。今までなかったようなものを生み出すには、個人の能力を自由に発揮させる必要がある。僕はできるだけ口を出さないようにしています。のどまで出かかっても、止める」
ラジオ・テレビの両方を引っ張ってきた後藤さんは、強調する。
「常に新しいことにチャレンジしていなければならない。経営者は自分の身を守ろうと、つい安全策を考えちゃう。でも、『安定は悪化』なんだよ」
× × ×
日本で放送が始まって2025年3月22日で100年。ラジオ・テレビを形づくった人々に聞くシリーズ【放送100年】は随時掲載します。
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