「東日本大震災直後に倒産しておけば…」でも「社員や家族を守りたい。何もしない選択肢はなかった」 復興支援金による会社再建を目指した「イカ王子」の挫折と葛藤
47NEWS / 2024年12月31日 9時30分
岩手県宮古市の「イカ王子」こと鈴木良太さん(43)はちょっと名の知れた存在だ。金色の王冠を頭に載せ、イカがプリントされたシャツを着て地元の水産業をPRする姿は、東日本大震災からの復興を目指す宮古の名物キャラとしてマスコミやSNSで話題を呼んだ。この効果で、家業の「共和水産」が製造した「王子のぜいたく至福のタラフライ」などはヒット商品になった。
だが、震災で打撃を受けた会社を立て直そうと国の補助金で事業を拡張した結果、借入金の返済に苦しんで2023年10月に倒産。翌24年8月に他社へ事業譲渡して商品生産は続けているが、立場は「専務」から譲渡先の「契約社員」になった。復興支援金に活路を求めた選択は正しかったのか。頭の片隅に葛藤を抱いて日々を歩んでいる。(共同通信=酒井由人)
▽「自分を変えたい」きっかけは東日本大震災
自身のユーチューブチャンネルで共和水産が倒産したことを説明する鈴木良太さん
「ご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした」
2023年12月、鈴木さんは自身のユーチューブチャンネルでカメラに向かい、沈痛な面持ちで謝罪した。この2カ月前に共和水産は民事再生法の適用を申請し、倒産していた。
1981年、宮古市で4人兄弟の三男として生まれた。父親が共和水産を創業したのは1985年。約50人の社員を抱え、イカを短冊状に細く切ったイカそうめんの冷凍商品を中心に小売り向けに卸していた。
鈴木さん自身は会社を継ぐ考えはなかった。高校卒業後は仙台市の大学に進学したが中退。「女の子にもてたかった」との理由で東北一の歓楽街である仙台・国分町のダイニングバーで働いた。接客がとにかく好きで、やりがいを強く感じていた。
ところが兄弟3人が就職し、会社を継げるのが自分だけになった。夜の繁華街に後ろ髪を引かれたが、両親に懇願されてUターンを決意した。
宮古市では、国分町の華々しさと対照的に地味な生活が待っていた。早朝の買い付け、長靴をはいて立ち仕事―。「自分の誕生日にシャンパン何本も入れてもらった人間がイカの会社やるんすよ。ダサい」。地元への愛着を持てず、やりがいも見いだせずにいた。
そんな日々が続いた中で東日本大震災が起き、宮古市にも大きな津波が押し寄せた。市内の犠牲者は517人。鈴木さんや自社工場は被害を免れたが、商品を保存していた冷凍倉庫が流され、約1億3千万円分の在庫はそのまま借金になった。
発生翌日に市内を歩くと、育った街は一変していた。魚市場にはブルーシートに包まれた遺体や、泣きわめく子どもの姿。その光景を見て心臓をつかまれたような感覚に襲われた。これまで街を見下してきた自分に嫌悪感を覚えて「まずは自分を変えたいと思った」と振り返る。
▽中央省庁も注目する会社に
共和水産の工場=2024年4月、岩手県宮古市
折しもこの年、代表取締役専務に就いた。経営を立て直そうと必死になり、被災した中小企業向けの支援策「グループ補助金」を利用して約6千万円で冷凍倉庫を新設。さらに事業費の8分の7を補助する水産業の支援制度を利用し、総工費6億円超の加工工場を建てた。「ほぼタダじゃん」と思わず声が漏れるほどの支援金は魅力的で、飛びつかずにはいられなかった。
自社ホームページのブログで会社を紹介し、フェイスブックやユーチューブも始めた。復興支援で知り合った人が命名したイカ王子を名乗るようになったのはその頃だ。ネットへは「鈴木良太」ではなく「イカ王子」として投稿するようになった。商品のPRだけでなく地元の魅力発信にも力を入れた。
若きチャレンジャーの取り組みは次第に注目を集め、テレビで紹介されると認知度は急上昇。放送直後から注文が殺到し、イベントに参加した時はサインまで求められた。勢いは中央省庁にまで伝わり、復興庁が「産業復興事例」として取り上げて大臣が工場を視察してくれたこともあった。売り上げは増えていった。
▽最後は「勝ち目がなくなった」
「王子のぜいたく至福のタラフライ」
だが海には異変が起きていた。イカの水揚げ量が年々減っていったのだ。「1キロ300円だった仕入れ値は800~900円になった」。共和水産は主力のイカそうめんでは利益を生み出せなくなり、水揚げが盛んなマダラに目を付けて家庭で揚げるだけの「王子のぜいたく至福のタラフライ」を開発した。
それでも経営状態は悪化の一途をたどった。震災後に売り上げは伸びたものの、会社は元々負債を抱えており、事業拡大で借入金が増えたことも相まって債務超過の状態が続いた。どれだけ商品を売っても借金が減らない。「外見上は復興したように見えるけど、全然そうではなかった」
銀行も融資してくれない中で、借入金の返済に追われる日々。最後は「勝ち目がなくなった」と倒産を選ぶしかなかった。
▽震災の時よりつらい
共和水産の工場で働く従業員ら=2024年4月、岩手県宮古市
「多額の負債がある中で身の丈に合わない投資だった」。震災後、国の巨額補助によって事業を拡大した当時をこう振り返る。一方で、震災のダメージから立ち直ろうとする中で大きな資金が手に入るチャンスを見過ごせなかったと断言する。「早く復活したいし、社員や家族を守りたい。腹が減った時に目の前にまんじゅうを置かれたら食う。何もやらない選択はなかった」
震災直後に倒産しておけば、震災のせいにできたと思うこともある。「能登の人には大変失礼かもしれないけど、震災の時よりつらい」というのが本音だ。
▽「補助金もらって倒産は税金の無駄遣い」なのか
工場での直売会で揚げ物を調理する鈴木良太さん=2024年4月
2024年4月、倒産後に始めた金曜日の直売会。イカ王子がタラフライを揚げるとあって、たくさんの人が来てくれた。「こんな状況でも求めてくれている人がいる」と胸が熱くなった
会社の状況について、ネットで「税金から出ている補助金が、倒産して無駄に使われているのを見るとがっかりする」との書き込みを見た。無駄だと思われるのは仕方がないが「(被災後に)震災前と同規模に戻しただけで創造が生まれますかね。共和水産がこの地域にもたらしてきた波及効果は、どこよりも大きかった自信があります」と反論したい気持ちもある。
共和水産を引き受けてくれたのは東京の商社だ。残ったわずかな資金を債権者に分配する再建計画は認められ、現在は会社の清算手続きに入っている。
「イカ王子」こと鈴木良太さん=2024年11月、盛岡市
鈴木さんは立場こそ契約社員になったが、以前と同じ工場で働く。「またおいしさで笑顔にしたい」。その言葉を胸に、新たな人生のステージで歩みを進める。
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