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障害者の働く場がオープン半年で「閉鎖します」。400人が解雇や退職、運営は同じ会社のグループだった

47NEWS / 2025年1月21日 9時0分

滋賀県守山市の就労継続支援A型事業所「しゃくなげ」で働いていた八巻孝平さん(仮名)=2024年11月、滋賀県内

 障害者の働く事業所が昨年春以降、全国各地で相次いで閉鎖し、利用者5千人以上が解雇、退職となっている。運営法人は事業所ごとにさまざまだ。だが、取材していると、昨年9月から「ペガサス」「ベテルギウス」など星座や星にちなんだ名前の会社がチラホラと目につくようになった。一見すると何の関係もないように思えるが、さらに調べていくと、すべて同一の会社のグループだった。利用者に話を聞くと、「事業所がオープンして半年で『ここは閉鎖します』と聞かされた」という人もいた。何が起きているのか。(共同通信=市川亨)

 ▽駅近くの大通り沿いで開所
 琵琶湖の南東岸に接する滋賀県守山市。JR守山駅から徒歩10分ほどの大通りに面した2階建て建物の1階に昨年4月、障害者の「就労継続支援A型事業所」がオープンした。「しゃくなげ」という名称だった。


 A型事業所というのは、障害者総合支援法に基づく就労支援事業の一つで、障害者が働きながら技術や知識を身に付ける。雇用契約を結ぶので、最低賃金が適用される。
 しゃくなげは定員20人。商品の組み立てや検品などをしていた。「新規オープンの事業所なら、自分たちで一から雰囲気をつくっていけるんじゃないか」。50代の八巻孝平さん(仮名)は求人票を見て、そんな思いから働き始めた。八巻さんは以前の勤務先でうつ病を発症。精神障害者保健福祉手帳を取得していたのだった。

 ▽見知らぬ男性が告げたことは…
 異変が起きたのは、昨年9月上旬のことだ。見たことのない若い男性が事業所にやって来て、利用者一人一人と面談。「A型事業所は11月末で閉鎖し、B型事業所に変更します」。そんな話をしたという。
 「オープン半年でもう閉鎖?」八巻さんら利用者には寝耳に水の話だった。B型事業所というのは、A型と同じく障害者が働く場だが、最低賃金は適用されない。全国平均(2022年度)でA型の平均賃金は月約8万4千円だが、B型はわずか月約1万7千円。B型に転換したら、賃金は下がる可能性が高い。
 面談した若い男性は、B型事業所を運営するために設立された新会社の代表取締役だった。ただ、八巻さんには納得できないことがいくつもあった。

 ▽行政には話が通っていなかった


A型事業所「しゃくなげ」から衣替えしたB型事業所「プラネット守山」=2024年11月、滋賀県守山市(画像の一部を加工しています)

 まず、この新会社が設立されたのは昨年5月。A型事業所がオープンした時点で設立が決まっていたとしか思えない。「高い賃金が受け取れるA型で利用者を集めて、B型に転換することを最初から計画していたのではないか」。八巻さんはそういぶかる。
 A型を閉鎖したら、利用者は「会社都合による解雇」になるはずだが、会社側は「解雇通告でも退職勧奨でもなく『案内』だ」と説明。B型事業所を利用する同意書にサインを迫るばかりで、他の事業所への再就職支援はなかったという。

 八巻さんは、指導監督権限のある滋賀県庁へ他の利用者と相談に行った。障害福祉の事業所を新たに開設するには原則、3カ月前に県に相談する必要があるが、県の担当者は「会社からは何も話がない」。
 利用者にはA型の閉鎖とB型の新設を決まったことのように話していたため、八巻さんは不信感を募らせ、事業所スタッフと口論に。腹が立って自主退職した。

 ▽事業所ごとに異なる名前の会社を設立


各地でA型事業所を閉鎖した「MOON」グループの事務所が入るビル=2024年12月、名古屋市(画像の一部を加工しています)

 しゃくなげを運営していたのは「アンカ」という合同会社だ。会社の登記には「代表社員 株式会社MOON」と記載されている。


 MOONは登記上は愛知県東海市にある会社だが、ホームページでは名古屋駅近くの雑居ビルを本社としている。A型事業所ごとに異なる名前の合同会社を設立し、北海道から大阪府まで8道府県の18市で28カ所を運営。だが、昨年9月末以降、滋賀のしゃくなげだけでなく、各地で相次いで事業所を閉鎖した。
 今年2月末の予定分も含めると、少なくとも6府県の20カ所。障害者の解雇、退職者数は約400人に上るとみられる。

 閉鎖した事業所の多くは、「プラネット」「アース」という二つの会社がそれぞれ運営するB型事業所に衣替えした。両社とも、2人いる代表取締役の1人はMOONと同じ。つまり、実態としては同じグループだ。

 ▽国の報酬引き下げで撤退相次ぐ


「MOON」の事務所が入るビルの看板=2024年12月、名古屋市

 なぜ次々と閉鎖したのか。MOONに取材すると、担当者はこう答えた。「昨年4月の国の報酬改定で事業収益が思ったより上がらなくなったためだ」
 どういうことか。障害福祉サービスの事業所には、公費(税金)から報酬(給付金)が支払われる。事業の種類や利用者の障害の程度などに応じて細かく金額が決められていて、3年に1回、国が改定することになっている。
 昨年は改定の年に当たり、A型事業所については、公費に依存して収支が悪い事業所を対象に報酬を大幅に引き下げた。これは経営改善を促すだけでなく、国からの報酬や助成金を目当てに利益目的で参入した「あしきA型」と呼ばれる事業所を淘汰する目的もあった。この改定が主な要因となって、昨年春以降、全国でA型事業所の撤退が相次いでいるというわけだ。


「MOON」グループの会社が、A型からB型に転換した名古屋市の就労継続支援事業所=2024年12月

 MOONの担当者は取材に対し、次のように話した。「A型事業所28カ所のうち数カ所は残すが、長い目で見ると、利用者やスタッフを守るためにはB型に切り替えた方がよいだろうと判断した。利用者が困らないよう、一人一人と面談して行き先を調整している」
 A型事業所ごとに運営会社を分けている理由については、こう答えた。「一つの会社で運営した場合、仮に1カ所でも行政処分を受けると(連座制で)全て運営できなくなるということも考えたからだ」

 ▽行政に相談したら「営業妨害」


求人票に書いていない清掃作業を求めてきた名古屋市のA型事業所について話す男性=2024年12月、名古屋市

 MOONだけではない。A型事業所を巡っては、運営を続けている他社の事業所でもトラブルが相次いでいる。

 「求人票に全く書いていない仕事を利用2日目に指示されました」。MOONとは別の名古屋市の会社が運営するA型事業所で働いていた男性(36)は、そう話す。
 この事業所の求人票には「パソコン入力」「PCを使用した業務」と書いてあったのに、ホテルの清掃をするよう迫られたという。
 男性は手などに付いた汚れが気になる強迫性障害があるため、清掃は向いていない。市に相談すると、事業所から「営業妨害だ」と言われ、自宅待機を命じられた。
 事業所は休業手当を支払わず、労働基準監督署は昨年10月、支払うよう是正を勧告。期限を過ぎても支払いがなかったため、男性は裁判所に労働審判を申し立てた。

 東京23区内の別のA型事業所で働いていた男性は、2023年に利用をやめた際、有給休暇中の未払い賃金を求めたのに支払われなかった。東京労働局に紛争解決のあっせんを申し立てたが、運営会社は対応を拒否。今も支払われていない。
 男性の相談に乗った支援機関の担当者は「この事業所には他にも問題があり、都や区に通報したのに、事実上おとがめなし。こういう事業所をほったらかしにしている自治体にも問題がある」と憤った。

 ▽取材後記


滋賀県のA型事業所「しゃくなげ」で貼られていたという事業所内規則。最後に「個人の連絡先の交換は禁止」と書かれていた

 滋賀県のA型事業所「しゃくなげ」は「事業所内規則」の一つとして「個人の連絡先の交換は禁止」と書いていた。障害者が働く作業所や会社では、トラブルや交際を避けるため、こうした規則を設けている例が珍しくない。
 だが、皆さんの職場で「同僚と連絡先の交換は禁止」と言われたら、どう感じるだろうか。人権侵害と言ってよいのではないか。

 指導監督権限を持つ滋賀県の障害福祉課に見解を尋ねると、要旨として次のような回答だった。
 「人権侵害の場合、所管は県ではなく法務局になる。就業規則などで定めているのなら、労働基準監督署が対応する話だ。事業所がどういう判断でそういう対応を取っているのか分からないので、人権侵害や障害者差別とは即断できない」
 問題のある事業所がなくならないわけだ、と思った。

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