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「川崎の宝」ヘイトスピーチを犯罪とした条例成立から5年、なお続く街宣にどう向き合うか ネット投稿増加「スマホは銃口より怖い」、クルド人差別も深刻化

47NEWS / 2025年1月12日 9時30分

JR川崎駅前の街頭演説に抗議する市民たち=2024年12月15日

 2024年12月15日昼過ぎのJR川崎駅東口。日の丸や旭日旗を掲げ、マイクを握る一団が、警察官とパイロンに囲まれたスペースで演説を始めた。これに対し、100人以上の市民が「ヘイトスピーチするのは弱虫」「さべつはだめ」などのプラカードを掲げ、向き合った。
 「デマをやめろ」との抗議の声にかき消されがちだったが、演説では集まった市民を「日本人ではない」と決めつけ、「民度が低い」「ここは日本人の土地。中国ではありません」などの内容も聞き取れた。祖国に帰れとの趣旨の発言は、一般にヘイトスピーチとされる。
 神奈川県川崎市では、この3日前にヘイトスピーチ禁止条例の成立から5年を迎えた。全国で初めて、ヘイトスピーチに刑事罰を科した条例だ。しかし、なぜ駅前でこのような光景が繰り返されるのか。(共同通信ヘイト問題取材班)

 ▽違反者を刑事告発


 2019年12月12日に全会一致で可決された条例は、ヘイトスピーチに最高50万円の罰金を科した。その仕組みはこうだ。
 (1)公共の場で(2)拡声器を使ったり、ビラを配ったりして(3)日本以外にルーツを持つ人への差別的な言動―を、禁止すると規定。違反者には市が勧告し、6カ月以内に繰り返した場合は命令を出す。6カ月以内に再び繰り返した場合は、氏名などを公表し、刑事告発する。
 警察や検察が捜査し、裁判で有罪確定となれば、50万円以下の罰金が科される。
 冒頭の演説であった「日本以外にルーツを持つ人に対し、居住地域から退去させることを扇動するもの」も、差別的な言動として禁じている。
 川崎市人権・男女共同参画室は、演説をウォッチ。担当者は終了後、こう語った。
 「発言に条例違反に当たるものがないか確認していく」

 ▽抑止効果


ヘイトスピーチ禁止条例の成立5年を記念する集会であいさつする崔江以子さん=2024年12月7日、川崎市

 成立から5年、これまでに1段階目の「勧告」に至ったケースはない。
 人権・男女共同参画室の松本聡担当課長はこう分析する。
 「条例が市民の理解も得て広く周知され、路上や駅前での街宣に抑止効果が働いた結果ではないか」
 条例成立後、市内でのデモや街宣は激減。「死ね」「出て行け」など直接的な差別発言も聞かれなくなった。
 「条例が機能し、日々の安寧が守られている」
 ヘイト被害を受けながらも、反対活動を続けてきた地元の在日コリアン3世、崔江以子(チェ・カンイヂャ)さん(51)が感慨深く語る。
 「大切な条例を、川崎だけにとどめてはいけないとの思いをかみしめた5年だった」とも話した。川崎でヘイト街宣をしていた人らが、川崎を避けて他地域で活動するようになったためだ。冒頭の街宣を開いた人物も、その1人だ。

 ▽クルド人を標的に


2023年12月、埼玉県川口市で行われたクルド人排斥を主張するデモ

 神奈川県在住の渡辺賢一氏は2024年11月、さいたま地裁からヘイトデモ禁止の仮処分決定を下された。在日クルド人らでつくる「日本クルド文化協会」(埼玉県川口市)の事務所近くでヘイトスピーチに当たるデモをしたとして、今後、事務所から半径600メートル内でのデモを禁止するとの内容だ。


街頭演説する渡辺賢一氏(左から2人目)、「日本保守党」の石浜哲信氏(同3人目)、河合悠祐氏(一番右)=2024年12月15日、JR川崎駅前

 渡辺氏と、国政政党とは別の政治団体「日本保守党」の石浜哲信氏、元埼玉県草加市議の河合悠祐氏らが実施したのが、冒頭の12月15日の街宣だった。
 「埼玉県で再び演説をするリスクを考えたのかもしれないが、なぜまた川崎に来るのか理解できない」。そう憤るのは、「川崎駅前読書会」メンバーの男性(37)だ。主に休日、駅前のスペースで、1人や数人で読書をしながら、ヘイト団体が来ないよう警戒する活動だ。
 「条例ができても、路上でのヘイトスピーチが完全に終わった訳ではない。市にはしっかりと対応してほしい」

 ▽条例を他自治体へ


埼玉県でのクルド人差別の現状を語る安田浩一さん=2024年12月7日

 埼玉県南部では、在日クルド人への差別が深刻化している。市民団体「ヘイトスピーチを許さない かわさき市民ネットワーク」が2024年12月7日に開いた川崎市条例5周年記念集会の講演で、ノンフィクションライターの安田浩一さんが、怒りと悲しみを込めて埼玉の現状を報告した。
 「川口市のダイソーで、4歳のクルド人の女の子が隠し撮りされ、Xにアップされた。万引をしたというデマとともに」
 「それに気づいたのが、中学3年の、その子の姉だった。なぜか。彼女は毎日、クルド人ヘイトがないか、SNSをチェックしている。自分たちがどう見られているのかをチェックしている」
 「15歳の少女にそんなことをさせていいのか。そうさせないための社会が必要だ」


保守グループによるデモと、抗議の市民で騒然とするJR蕨駅周辺=2024年11月24日、埼玉県蕨市

 クルド人の職場や店を訪れて、スマートフォンで撮影し、挑発してくる日本人もいるという。
 「解体工事をしていると、突然『クルド人出て行け』とスマホを持った日本人が来たという人がいた。ユーチューバーが来て『おーい、クルド人』と挑発してくるという。『トルコにいたときは銃口が怖かった。スマホは銃口より怖い』というクルド人もいた」
 「彼らはいつも、盗撮されていないか気にしている。そんな社会を変えるために、条例や法整備が必要だ」

 ▽川崎の宝を埼玉に


条例成立5年を記念する集会

 集会には埼玉県で条例制定を求める市民らも参加。「クルドの人たちをはじめとする、差別に反対する埼玉の市民の闘いに連帯を表明し、反差別条例が全国に広がるようヘイトスピーチ根絶に向けて取り組む」とのアピールが読み上げられた。
 崔江以子さんは「川崎の宝を、埼玉や全国に広げたい。そして、国には包括的な差別禁止法の制定を求めていく」と力を込めた。
 「宝」とも言われる川崎市条例だが、大きな課題は、ネットへの対応だ。

 ▽鈍い対応


ヘイトスピーチ禁止条例の成立5年を記念する集会であいさつする山田貴夫さん=2024年12月7日、川崎市

 川崎市は条例成立5年にあたり、ホームページで声明を発表。ネット上の差別的な投稿が増加傾向にあるとの認識を示した。
 「電子掲示板やブログサイトに投稿されたものの中には、特定の市民の方に向けて、『国へ帰れ』、『死ね』、『消えろ』などと書き込まれたものや、本邦外出身者の集住地区に暮らす住民の方全体に向けて、『燃やせ』、『皆殺しにしよう』などと書き込まれたものもありました」
 「このような投稿は、対象となった方々を深く傷つけるとともに、地域社会に深刻な亀裂を生じさせるおそれがあります」と警鐘を鳴らす。
 条例は、不当な差別に当たるものには市長が必要な措置を講じると定めており、これまでにサイトなどの運営者に480件の削除要請をした。ただ、Xなど海外企業を中心に、対応がなかったり、遅かったりする場合がある。
 かわさき市民ネットワークの山田貴夫代表(75)はもどかしさを募らせる。「市長名での要請は個人よりは効果があるが、それでも限界はある。悪質な投稿は選挙でも目立ち、結果にも影響を与えているのではないか」

 ▽国の対応求め


川崎市がヘイトスピーチ根絶に向けて公開した啓発動画

 川崎市は投稿を未然に防ごうと、啓発にも力を入れる。2024年11月には「シャットアウト! ネットヘイト」と題した動画を作成した。
 「三猿」になぞらえて、3匹のサルがヘイトスピーチを「言わない」「書かない」「拡散しない」と呼びかける内容で、ユーチューブで公開している。
 こうした取り組みの上で、松本担当課長は国による対応の必要性を指摘する。
 「現状はサイトの運営者がそれぞれの指針で対応しているが、国が統一的な(削除対象の)ガイドラインを示すべきではないか」
 福田紀彦市長も12月3日の記者会見で「ネットの問題は一自治体では解決できない。必要であれば国への働きかけを行うことが大事だ」と述べた。ネットヘイトを防ぐ法整備が求められる。

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