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乳がんで両胸を切除、繰り返した手術で得た「かっこいい」乳房と人生   写真集のモデルになる―娘の決断に母は「思いっきり目立ってきて」

47NEWS / 2025年2月7日 9時0分

林しずかさん=仮名=がモデルを務めた写真集「New Born」のページ

 2024年10月、一冊の写真集が出版された。モデルは乳がんで乳房を全て取り、再建手術を受けた女性12人。その中の一人、林しずかさん(46)=仮名=は24年2月、X(旧ツイッター)でモデルを募集するという情報を見た瞬間「応募するぞ!」と決めた。
 応募は80人を超えたため、オンライン面談を実施。そこでこんな質問を受けた。「親御さんはモデルに応募したことを知っていますか?」
 撮影は上半身裸が条件。娘のヌード写真が本になったことを後で知ったら、親はびっくりするにちがいない。同情や好奇の目など、寄せられる反応への心配もある。そんな懸念があったからこその質問だろうが、林さんの母(73)は賛成しただけではない。娘の決断を喜んだ。


 写真集のタイトルは「New Born」(赤々舎)。林さんの「かっこいい」乳房は、静かな自信に満ちた表情とともに収められている。
 娘の挑戦、そして母の賛成には何があるのか―。二人の物語を聞いてみた。(共同通信=山岡文子)

▽もし自分が乳がんになったら


撮影を企画したNPO法人「エンパワリング ブレストキャンサー」の主催セミナーで販売された写真集=2024年11月、東京都内

 林さんは手術を受けるずっと前から、こう決めていた。「もし自分が乳がんになったら、乳房を再建しよう」

 たいていの人は「もし乳がんになったら」と思うことはあまりないかもしれない。しかし林さんには理由があった。母も祖母も乳がんを患い、遺伝性の可能性を考えられずにはいられなかったからだ。

 そんな林さんが影響を受けた出来事がある。「New Born」を企画した団体の前身となる組織が、2010年に作った同じコンセプトの写真集「いのちの乳房」を見たことだ。
 乳房やおなかには傷痕。乳輪や乳頭がない人もいた。でも林さんにとって、それは問題ではなかった。みんなの凜とした姿が、ものすごくかっこよかった。「乳がんで手術をしても、こういう選択肢があるんだ」と驚き、「自分も乳がんになったときは…」と考えるようになった。

 乳がんサバイバーの投稿を時々閲覧する林さん。そこでは、ほとんどの人が「乳房再建した胸の写真を見たことはあるが、再建手術を受けてから何年もたった人の胸の写真は見たことがない」とコメントしていた。そんな時、「New Born」のモデル募集を知った。再建した乳房を「かっこいい」と表現する林さんには絶好の機会だった。「モデルになれば手術から8年たった私の胸を見てもらえる」

▽ついに来た…さりげなく背中を押してくれた医師


林しずかさん

 林さんは、東京都内の靴の専門商社で企画・デザインを担当する。何万足という単位で注文を受けることもある。街中で自分がデザインした靴を見かけると、うれしい。「仕事が一番ではありませんが、やりがいがあるし楽しいです」

 そんな毎日を送っていた2016年3月、会社の健康診断で超音波検査を担当した技師が「すぐに病院へ行ったほうがいい」と焦った様子で教えてくれた。その日のうちに紹介状を書いてもらった。この日は週末。週明けになると予約も取らず病院へ行き、マンモグラフィーや生検を受けた。
 検査結果が出たのは3月16日。左側の乳がんと告知を受けた。「ついに来たか」。医師から乳房を全て切除すると説明を受けた。そして思いがけない言葉をかけられた。「再建しますよね」

 それまで、乳房を切除することになれば再建手術を受けたいと考えていたものの、強い思い入れがあったわけではなかった。「バランスがよければいい、胸はあればいいぐらいの気持ちでした」
 告知直後、さすがに再建について考える余裕はなかった。とにかく、早く日常に戻りたかった。「乳がんになったら、人生は止まると思っていました。本当はそんなことはないのに」

 そういった状況下で医師からさらっと再建を提案され、思わず「そうですね」と、その場で答えた。もちろん再建するかどうかは、自分で決めることだ。しかし医師は再建が可能だと判断し、さりげなく背中を押してくれた。

▽「あるべきところに胸が戻った」新鮮な感覚


 4月、左の乳房を全て切除、同時に再建の第1段階となるエキスパンダーを入れる手術を受けた。エキスパンダーとは、仮の人工乳房で風船のようなもの。何回にも分けて少しずつ生理食塩水を注入して膨らませ、後で人工乳房に入れ替えるために胸の皮膚を伸ばしていく。
 7月から3カ月間、再発予防のため抗がん剤治療を受けた。治療中も働いた。副作用で髪は、ばさばさ抜け始めた。それが嫌で職場の同僚に頼み、バリカンで刈ってもらった。
 11月、エキスパンダーをシリコーン製の人工乳房に入れ替える手術を受けた。

 2017年4月、乳頭を自分の皮膚で再建する手術を受けた。8月、乳輪にタトゥーを入れ再建は完了した。「目の錯覚かもしれないけど、本物らしい、あるべきところに胸が戻った」という新鮮な感覚だった。

▽繰り返した手術

 2018年3月、乳がんが遺伝性かどうかを調べる検査を受けた。
 正確には「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」という、遺伝的に乳がんや卵巣がんになりやすい遺伝子変異を調べる検査だ。俳優のアンジェリーナ・ジョリーさんがHBOCだと分かり、両方の乳房を予防的に切除し再建したと2013年に告白したことも話題になった。日本人女性の9人に1人が乳がんになり、そのうち数%がHBOCだという。

 林さんに、HBOC特有の遺伝子変異が見つかった。右の乳房も乳がんになる可能性が高い。
 2020年11月、右の乳房に異変が見つかり、翌月、乳がんと診断された。「またか」。ショックではなかった。
 2021年1月、右の乳房を全て切除、エキスパンダーを入れる手術を受けた。乳頭と乳輪は温存できた。抗がん剤は必要ないと判断された。7月に人工乳房に入れ替える手術を受け、右側の胸も戻った。
 2023年2月、予防的に卵巣と卵管を切除。子宮筋腫もあったので、子宮も切除した。

▽何度中断されても、日常に戻った

 これほど繰り返し手術を受けて、つらくなかったのだろうか?

 「つらいというより、うんざりでした」。入院や手術で日常は中断された。しかし何度中断されても日常に戻った。自分の人生を子どものころ好きだった戦闘キャラクターと重ねる。
 仕事に復帰するたび、あまりにも淡々と働く林さんに困惑した同僚から「そんなに普通にしないで!」と言われたことがある。林さんは「私は逆に同僚が大げさにしないで普通に接してくれたのが、うれしかったんです」と笑顔になる。
 上司にも励まされた。健康診断で異変が見つかった日「お話ししたいことがあります」とチャットをしたら、何かを察したように、すぐに電話をかけてきて、こう言った。「絶対に戻ってこいよ」。「私は職場に必要とされているんだと思って安心しました」

▽当時は選べなかった手術「私も再建してモデルになりたかった」


林しずかさん(右)と母

 何より、いつも通り振る舞えるのは、力強い母の姿を見てきたからだ。同じ乳がんサバイバーの母は、どれほど大変な手術を受けても、副作用の影響で体調が悪化しても、笑顔を取り戻した。母を見て育った林さんは「自分も大丈夫だ」と確信していた。

 母は、林さんが小学2年生だった1987年、左側の乳がんと診断された。切除手術で大胸筋や、わきの下のリンパ節も取った。胸に大きな傷、へこみが残った。
 当時、林さんが受けたような再建手術はほとんど行われていなかった。自分の組織を使って再建する「自家組織再建」が保険適用になったのは2006年。人工乳房による再建も保険適用になったのは2013年のことだ。高額療養費制度を活用すれば、経済的負担は、さらに抑えられる。母には選べなかった手術を、林さんは選ぶことができた。

 母が切除手術後、日常生活を送る上で直面した不自由さは数え切れない。胸の筋肉を切除した影響で、姿勢をまっすぐに保つことはできない。筋肉量が減ったので、重い荷物を持てない。腕がむくむリンパ浮腫にもなった。リンパ浮腫の人がなりやすい感染症「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」にかかり高熱で寝込んだこともある。

 母はその後、子宮体がんと食道がんも経験した。足がむくみ、靴が履けなくなったことも。一度の食事で食べられる量が極端に減り、外食は難しい。日常生活上の制約は、さらに増えた。
 それでも必ず強く前向きな生き方を娘に見せてきた。「乳がんと診断された娘には申し訳ないと思いました。私が代わってあげられればとも思いました」と話す。しかし娘の人生は娘のもの。母としてできることは、娘を応援することだ。

 林さんから「写真集のモデルに決まった」と報告を受けたときは喜んだ。「思いっきり目立ってきて。世が世なら私も再建して、モデルになりたかった」

▽この胸を見て、やっぱりやめたと思ってもいい


NPO法人「エンパワリング ブレストキャンサー」が主催したセミナーで知り合いに写真集を見せる林しずかさん=2024年11月、東京都内

 写真集に写る自分の姿をどう思った?

 「すごくきれいに撮ってもらって、うれしいです」。撮影したのは写真家の蜷川実花さん。林さんは蜷川さんのファンだ。撮影当日は、プロのヘアメークの手で自分が、どんどん美しく変わるのも楽しかった。

 スタジオでは他のモデルに出会い、再建した理由や、それぞれが、どんなこだわりを持って再建したのかを聞いた。中には乳房からへそにかけてタトゥーを入れた人もいた。
 「悩みは、みんな、いろいろあるんだな。でも、ここまで来たんだな」。表現しきれない感情が胸にあふれた。「撮影中は無我夢中でした。でも今、振り返ると、がんと診断された後に知り合った人や、がんで亡くなった人たちのことをずっと考えていました。だから写真集に載った私の笑顔は、ちょっとだけ、ぎこちないかもしれません」

 写真集には、こんな言葉を載せた。「私の乳房は きっと再建に迷っている人の参考になるんじゃないかな この胸を見て、やっぱりやめたと思ってもいいので」
 林さんも含めモデル全員が再建してよかったと考えている。しかし一番大事なのは、どういう選択であれ、自分で決めることだと伝えたかった。
 ×  ×  ×


写真集「New Born」(赤々舎)

 写真集「New Born 乳房再建の女神たち」は乳房再建に関する正確な情報発信を目指すNPO法人「エンパワリング ブレストキャンサー(E-BeC)」が企画。書店、インターネットで購入できる。B5変形判、88ページ。2970円。

▽取材後記


林しずかさん(左)と母

 この写真集の企画を知ったときから、モデルにインタビューをしたいと思っていた。縁があって取材に応じてくれた林さんは、穏やかで丁寧に言葉を選んで話す素敵な女性だ。
 しかし質問を重ねるうち、壮絶としか表現できない体験をしていたことが、みえてきた。林さんの人生にお母さまの生き方も深く関わっていることも初めて知った。お母さまにも取材をお願いすると、想像を超えた体験を笑顔で語ってくださった。
 二人が語る深刻な内容と明るい表情のギャップが激し過ぎて、取材中に戸惑ったこともある。二人とも「つらい」とか「苦しい」という言葉を一度も使わなかった。取材する側が「悲しかったでしょう」「しんどかったでしょう」と押しつけるのは間違っていると分かってはいたがインタビュー中、思わず「それは、さすがにつらいですよね」と言ってしまったことが何度かあった。
 二人が取材に応じたのは「私たちの体験が誰かの役に立ってくれるのであれば」と思ったからだ。この願いが読者に届いてほしい。

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