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娘を事故で亡くし、日常は崩壊した―父が感じた「被害者の生きづらさ」 犯罪被害者基本法成立から20年、自治体に広がる支援と課題

47NEWS / 2025年1月19日 9時0分

交通事故で亡くなった坂本穂香ちゃんは家族旅行を控え、弟が迷子にならないように二人のリュックサックをひもでつないでいた

 一緒に出かけたコンビニからの帰り道で、娘は交通事故に遭った。神奈川県相模原市の会社員坂本浩平(さかもと・こうへい)さん(42)は2023年4月、小学3年生だった穂香(ほのか)ちゃん(当時8歳)をトラック事故で失った。その後、坂本さん夫婦は肉体的にも精神的にも疲弊し、生活は崩れ去った。そんな中、地元自治体が被害者支援制度を設けていることを知り、利用することに。家事支援やカウンセリングなど「近くにある、頼れる環境」に救われたという。
 事件や事故の被害者、その遺族らの権利を保護することをうたった犯罪被害者基本法の成立から20年がたった。この間、各地で経済的サポートや相談窓口の充実といった内容の条例を作り、被害者支援に取り組む自治体が広がっているが、地域差は大きい。住む場所によって利用できる支援に差が出つつあるのが現状だ。(共同通信=梅本航成)

▽崩れた日常


事故現場。穂香ちゃんは写真奥の横断歩道を自転車で左から右に渡っている際、写真左からやって来て奥の方向に曲がったトラックにひかれた=2024年8月、相模原市

 2023年4月の日曜日。浩平さんは、穂香ちゃんと長男(6)を連れ、自転車で家から1・7キロほどの距離にあるコンビニへ出かけた。子どもたちの好きなレモンティーとグミを買い、家に帰る途中の横断歩道だった。「お姉ちゃん!」。長男の叫び声で浩平さんが振り返ると、穂香ちゃんが左折してきたトラックにひかれていた。穂香ちゃんはヘルメットを着けていたが、頭がタイヤの下敷きになり死亡した。


事故で亡くなった穂香ちゃん

 事故後、浩平さんたちの暮らしは一変する。葬儀の準備に始まり、警察からの事情聴取、裁判手続きに追われる日々が続いた。肉体的にも精神的にも疲労した。娘が死亡した凄惨(せいさん)な現場を見たことで心的外傷後ストレス障害(PTSD)も発症した。車を運転している時でも、ラジオから家族との思い出の曲が流れてくると、パニック状態で発作を起こしてしまうようになった。

▽生きづらさ


遺影を見つめる浩平さん=12月19日、相模原市

 浩平さんの妻もPTSDに苦しめられた。調理の際には、憎さから肉を包丁で刺し続けて刃が折れたこともあった。包丁を握ることができなくなり、息子にはコンビニ弁当を出すのが精いっぱいだった。精神が安定せず、続けていた仕事も退職。感情を整理するためにと弁護士の助言で書き始めた日記帳は、半年で300ページまでになった。「息子がいるのだから、もっと頑張らないといけないと思うけど、頑張れない」「何をしても、今まで通りの日常が難しい」。終わりの見えない日々がつづられている。

 浩平さんは「被害者の生きづらさ」を感じるようになった。娘を亡くした悲しみに加え、日々の生活が崩れ、さらに経済的にも大きな負担を強いられるようになったからだ。毎日を生きることさえつらく感じるようになった。掃除ができず部屋はごみで散乱し、妻との言い争いも増えた。

▽誰からも愛されていた娘


交通事故で亡くなった坂本穂香ちゃんの遺影を持つ父の浩平さん=2024年12月、相模原市

 どこに行っても人気者だったという穂香ちゃん。ピアノと英語の習い事を掛け持ちし、「毎日を全力で生きていた」。長期休みの際には、予定表が全て埋まることを楽しみにしていた。「みんな大好き」が口癖で、将来は保育士になりたいと話していた。
 事故の数週間前にはひな祭りのお楽しみ会を自宅で開催した。そのために作ったリボンは今も自宅に飾られている。「ほんとうにかわいくて、太陽みたいな子だった」

 浩平さんたちは事故の4カ月後に、長野へ家族旅行をする予定だった。計画を立てるのが好きだった穂香ちゃんは、長男と一緒にリュックサックに荷物を詰め、旅行の準備を進めていた。長男が迷子にならないよう、姉弟のリュックサックはひもで結ばれていた。事故の後、浩平さんがその中身を確認すると、一緒に旅行する予定だった伯母に宛てた手紙が出てきた。

▽自治体の支援

 事故から2カ月ほどたったころ、浩平さんらは周囲に促され、相模原市と神奈川県の支援制度を利用することにした。市の制度は2023年に整備されたばかりで、週1回3時間の家事代行サービスを使って掃除や洗濯を受け持ってもらい、家族3人30食分の配食も受けることができた。
 市と県でそれぞれ専門家による無料カウンセリングもあり、今も夫婦で毎月受けている。「それまで自分を責めていたけれど、話を聞いてもらえて救われた気持ちになった」といい、生活支援も「近くに頼れる環境があり助けられた」と振り返る。

▽広がる支援制度、各地で格差も


 犯罪被害者基本法は2004年12月に成立し、事件や事故に巻き込まれた被害者や遺族らの権利保護を国や地方自治体の責務と明記した。これを受けて犯罪被害者への支援を定めた条例などは、2024年4月に岩手県で施行されたのを最後に、すべての都道府県で定められた。市区町村レベルでも、警察庁によると2023年4月時点では政令指定都市を含む619市区町村だったのが、その1年後の2024年4月には863市区町村に広がった。全自治体のおよそ5割に相当する。しかし、秋田や静岡、京都、長崎など12府県では市区町村での条例制定が100%だったのに対し、19都道府県では30%未満にとどまっている。


取材に応じる武内大徳弁護士=2024年9月、横浜市

 1999年から日本弁護士連合会で犯罪被害者支援に取り組む武内大徳弁護士は「犯罪に遭った被害者と、弁護士・医師などの専門家をできるだけ早くつないでもらうことができるようになった」と、条例が各地で制定された効果を指摘する。一方で地域格差が生じていることについては「苦しんでいる被害者を取りこぼさないためにも、全ての地域に支援条例の制定を求めたい」と訴える。

▽偶然


パンフレットで見つけた穂香ちゃんの写真=2024年12月19日、相模原市

 浩平さん家族は事故の数カ月後、息子の七五三の写真を撮るため、近所の写真館に出かけた。すると、その写真館のパンフレットが新調されており、穂香ちゃんが7歳のときに撮った写真が使われていた。穂香ちゃんとの日々を思い出す毎日や、悲しみに変わりはない。ただ、少しだけ、こう思えるようにもなった。「ほのちゃんのために、恥ずかしくないように生きたい」

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