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七つの地場産業が結集、10回目の工房開放イベントに4万8千人 福井、若者移住、地域の誇り復活【地域再生大賞・受賞団体の今】

47NEWS / 2025年1月29日 9時0分

RENEWの運営を支える若いスタッフたち=福井県鯖江市

 漆器、和紙、打刃物、たんす、焼き物、眼鏡、繊維と、半径10キロ圏内に七つの伝統工芸や地場産業がひしめく福井県鯖江市、越前市、越前町。年に一度、各工房を一斉に開放し、消費者に見学してもらうイベント「RENEW(リニュー)」が10回目を迎えた。2024年は3日間で延べ4万8千人が訪れた。普段見られない多彩なものづくりの現場を体感し、職人と対話しながら、気に入った商品を買えることで人気を集めている。
 需要低迷への危機感から有志数人が始め、年々規模を拡大。「開かれた」産地へと脱皮を果たし、35のファクトリーショップが新たにオープンし、100人以上の若者が移住してきた。企業間取引が中心だった職人たちにとって消費者との直接の触れ合いは大きな刺激となっており、地域や業種の垣根を越えた連携も活発だ。(共同通信=藤田康文)

 ▽職人自ら説明


ろくろとかんなを使って木地を製作する近澤蒔さん=2024年11月、福井県鯖江市

 ろくろが回る「ブーン」という重低音と、かんなが木を削る甲高い音が響く。「シンプルなおわんの木地を完成させるのにも、6種類のカンナが必要。目をつぶって指先で表面をなでてチェックしながら、できるだけ丁寧に仕上げていきます」と木地師の近澤蒔さん(33)。訪れた人は真剣な表情で見入っていた。
 2024年11月、福井県鯖江市。RENEWに参加する越前漆器の製造販売「漆琳堂」の工房見学だ。木地を作った後に下地を整え、漆を塗っていく繊細かつ複雑な工程について、塗師の山西夏美さん(28)が説明した。

 ▽社員が10人増えた


工房見学に訪れた人たちに漆器の製作工程を説明する山西夏美さん=福井県鯖江市

 福井市出身の近澤さんは4年間、研修施設でろくろ技術を学んだ。山西さんは大阪出身で大学院を出た後、職人を目指し、この地に移った。
 江戸時代創業の同社は元々、家族4人だけだった。この9年間で新たに若い10人が加わった。使う側のニーズに直接触れ、カラフルな器や食洗機対応の器といった新商品の開発に乗り出した。自転車や眼鏡フレームに漆を塗るといったコラボ企画も増えた。

 ▽新たな挑戦を促す


紙すき体験に訪れた人に説明する「五十嵐製紙」の五十嵐匡美さん=福井県越前市

 紫式部ゆかりの福井県越前市を中心に1500年の歴史を持つ越前和紙。「五十嵐製紙」はNHK大河ドラマ「光る君へ」に職人が出演した老舗で、家族連れらが紙すきや模様付けを体験した。
 同社の谷田和音さん(26)は「お客さまが目を輝かせてお話を聞いて『すごい』って言ってくださる。今まで仕事をしていて良かった」と話す。RENEWを通じた出会いは、枯れかけて廃棄される花を和紙の原料に混ぜ、紫に近い色を表現するといった新たな挑戦のきっかけになっている。

 ▽若者と産地をつなぐ


眼鏡の材料を使ったアクセサリーづくりのワークショップ=福井県鯖江市

 今回のRENEWには118社が参加した。延べ来場者4万8千人、期間中の売上額3700万円とともに過去最多。各社は技術やデザイン力をアピールし、眼鏡やアクセサリー、スプーンの製作、陶芸などさまざまな体験ができるワークショップに趣向を凝らした。
 規模もさることながら、最大の特徴は、ものづくりに関心のある若者と産地をつなぐ仕掛けだ。職人やデザイナーたちによるトークイベントが繰り広げられ、訪れた人はパンフレットを見れば、どの工房で求人があるのかが一目で分かる。
 包丁製造販売の「龍泉刃物」(福井県越前市)社長の増谷泰治さんは「密集する伝統産業の全国発信につながっている。よく切れる包丁やステーキナイフを見て、作ってみたいと思ってもらいたい」と期待を語る。

 ▽継いでと言えない

 RENEWは、福井県鯖江市の漆器産地で始まった。地区のまとめ役で眼鏡枠製造業の谷口康彦さん、デザイナーの新山直広さん(39)が中心となり、補助金に頼らずに立ち上げた。
 全国的に伝統産業の需要や担い手が激減する中で、職人たちは誇りを失い、まちが衰退していくことへの危機感がきっかけだった。新山さんは大阪出身で美術大を出た後に移住した。リーマン・ショック後に多くの漆職人から「自分たちの代で廃業したい」「こんな売り上げでは子どもに継いでくれと言えない」という声を聞いた。

 ▽福井を盛り上げる


イベントの案内所となった「うるしの里会館」に集まった多くの人々=福井県鯖江市

 第1回は2015年に開かれ、1200人が訪れた。中山間地域に若者があふれ、公共施設の駐車場はいっぱいになった。最初は半信半疑だった職人たちの意識を変えた。17年には生活雑貨の企画販売「中川政七商店」(奈良市)と連携し、来場者は延べ4万2千人に急増した。
 規模が拡大する中で運営事務局は22年、一般社団法人「SOE」として法人化された。1千万円規模の開催経費は、出店料や協賛、行政からの委託費で賄う。
 イベントを支えるのは「あかまる隊」と呼ばれる多くの若いボランティアだ。福井市でITエンジニアとして働く男性(23)は「周りには県外に出て行ってしまう人も多いが、伝統産業など他の地域に負けない強みがある。福井を盛り上げたい」と話す。

 ▽ものづくりのテーマパーク


イベントを無事終えて記念撮影に応じるスタッフら=福井県鯖江市

 地域に多くのファクトリーショップが誕生していることについて、眼鏡材料を取り扱う商社「キッソオ」(福井県鯖江市)代表取締役の吉川精一さんは手応えを語る。「1社だけだと小さなコンテンツだが、集まることによって、この地域は見て、学んで、楽しめる、ものづくりのテーマパークになった。今後は新たな産業観光に取り組みたい」
 最近はこの地域でも、訪日外国人の姿が目立つ。観光地を見るだけでなく、実体験に価値を見いだす人が増えている。年間を通して観光客を受け入れようと、工芸宿や飲食店の開業に向けた準備が進んでいる。

 ▽子どもたちの誇りに


左から「SOE」の内田徹さん、平田藍莉さん、新山直広さん=福井県鯖江市

 RENEWの事務局長、平田藍莉さん(26)は東京出身で大学院時代に地域デザインに関心があった。「この地域に移ってくる人の住まいづくりなどにも関わっている。まちの一員として過ごしていることが楽しくて仕方がない」と話す。
 「この9年で地域は劇的に変わった」。RENEWの立ち上げを主導した新山さんは振り返る。「毎日のように、どこかの会社に県外からデザイナーが打ち合わせに来るようになった。地域内外で、業界を超えて生まれたコラボ商品は数限りない」。さらなる盛り上がりに向け「最近は大企業などで副業を認める動きが出ており、マーケティング関係の人などに、この地域に入ってきてもらいたい」と期待する。
 冒頭に紹介した漆琳堂社長で、SOE代表理事の内田徹さん(48)は「地元の小学生が工房を見学し、高校生がイベントを手伝ってくれる」と目を細める。子どもたちが地域のなりわいに興味や誇りを持ってくれることが、何よりうれしい。
   ×   ×
 47の地方紙とNHK、共同通信が各地の地域づくりを応援する「地域再生大賞」は2024年度に第15回の節目を迎えた。「RENEW実行委員会(現・一般社団法人「SOE」)」は20年度(第11回)の東海・北陸ブロック賞に輝いた。

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