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1995年、妊娠した21歳の私は子宮を摘出された 難病の女性、旧優生保護法で

47NEWS / 2025年1月28日 9時0分

1995年、21歳の時に子宮摘出手術を受けた経験について話す西沢昭恵さん(仮名)=2025年1月、東京都内

 「ああ、君は子どもを産んじゃいけないんだよ」。1995年、東京都内に住む西沢昭恵さん(51)=仮名=は訪れた産婦人科で男性医師からそう言われた。当時、西沢さんは21歳。交際していた男性との間で予期せず妊娠していた。
 紹介先の病院で西沢さんが受けたのは、単なる中絶手術ではない。子宮まで摘出された。なぜか。西沢さんには遺伝性の難病があるからだ。障害や遺伝性の疾患がある人に強制的に不妊手術をする旧優生保護法の規定が廃止されたのは、1996年。「あと1年違っていたら、子宮まで取られることはなかった」。不妊手術された人に補償金を支払う法律が1月17日に施行された今、西沢さんにはほかの当事者や世の中に伝えたいことがある。(共同通信=市川亨)

 ▽「ノー」と言える雰囲気ではなかった


強制不妊手術の被害者に対する補償金の案内リーフレットを見る西沢昭恵さん(仮名)=2025年1月、東京都内

 東京で生まれ育った西沢さんには「神経線維腫症1型」(レックリングハウゼン病)という病気がある。国の指定難病で、国内の患者数は推定約4万人。西沢さんは親からの遺伝ではなく突発性だが、両親のどちらかがこの病気の場合、50%の確率で子に遺伝する。

 皮膚のしみや神経の線維腫が主な症状で、患者の約半数には学習障害があるとされる。西沢さんも注意欠如多動症(ADHD)や複数の症状があるが、日常生活は自立して送っている。
 
 妊娠が分かったのは、短大を卒業して家業を手伝っていた1995年の春から夏のことだった。同い年の男性と短大在学中から交際していて、生理が遅れたことから、産婦人科を受診。
 
 妊娠数週間と判明したが、医師から遺伝性難病のため出産できないと告げられ、子宮摘出手術を受けるよう大学病院への紹介状を渡された。
 
 西沢さんはそのときのことをこう振り返る。
 
 「あまりにも当然のように言われたので、『そうなんだ…』と思って、『はい、分かりました』と言うしかなかった。『ノー』と言える雰囲気ではなかった。当時はインターネットがまだ普及していない頃で、自分で調べてみるのも難しかった」
 都内の大学病院で手術を受け、数日間入院したが、男性や親には妊娠や手術のことは黙っていた。交際はその後、自然消滅。「別れた理由は妊娠や手術とは関係なかったが、子どもを産めないことが申し訳ない気持ちもあった」と西沢さん。その後は男性と交際したことはない。

 ▽子宮摘出は以前でも違法


旧優生保護法下の強制不妊手術を巡る訴訟の口頭弁論で、仙台地裁に向かう原告側弁護団と支援者ら=2018年6月

 旧優生保護法は1948年、「不良な子孫の出生を防止する」という目的で議員立法により制定された。1996年に母体保護法に改正されるまで知的障害や精神障害、遺伝性疾患などがある約2万5千人が強制的に不妊手術を受けさせられた。法律の対象の障害や疾患ではないのに手術を強いられた人もいた。

 不妊手術の方法は精管や卵管を切断したり結んだりする方法に限ると定められていた。西沢さんが受けた子宮摘出手術は、旧優生保護法下でも違法だったが、1995年になっても行われていたことになる。1996年以降に不妊手術を受けさせられたと訴えている人もいる。

 被害は長年放置され、国会も行政もメディアも救済に動かなかったが、被害を訴え続けた70代の女性が2018年、国に損害賠償を求めて仙台地裁に提訴。各地に訴訟が広がった。昨年7月には最高裁が旧優生保護法は憲法違反とし、国に賠償を命じる判決を出した。訴訟は国が慰謝料を支払う形ですべて和解が成立した。

 ▽1500万円の補償金が受け取れる


旧優生保護法を憲法違反とし国の賠償責任を認めた最高裁判決を受け、原告らと面会する岸田首相(右手前)=2024年7月、首相官邸

 国会では2019年、被害者に320万円を支払う一時金支給法が議員立法で成立したが、不妊手術を強いられた約2万5千人のうち、支給を認定された人は1154人(昨年11月末時点)にとどまる。

 政府は昨年7月、最高裁の判決を受け、岸田文雄首相(当時)が原告らと面会して謝罪。昨年10月には、一時金とは別に被害者に1500万円を支払う補償法が議員立法で成立した。補償法では、配偶者にも500万円、旧法で中絶手術を強いられた人にも一時金200万円が支給される。

 西沢さんは2019年成立の法律で320万円を既に受け取っているが、申請すれば新たに1500万円を受け取れる。「旅行が趣味なので、ペルーとか南米に行ってみたい」と話す。不妊手術で受けた心身の傷が消えることはないが、今後の人生を少しでも謳歌しようと思う。

 ▽他の人の何倍も楽しいと思える


「好きな人との子どもを産めないなんてひどいことが二度と起きてはいけない」と話した西沢昭恵さん(仮名)=2025年1月、東京都内

 西沢さんに「今の時代だったら、子どもを産もうと思いますか」と聞いてみた。すると、複雑な胸の内を明かした。

 小学校時代は病気やADHDが理由でいじめられたという。子どももいじめられないか、自分より重度の症状かもしれない。そんな不安がある。

 「もし子どもを産み、同じ病気だったら、『病気がある可能性が高いと分かっていながら、なぜ自分を産んだのか』と聞かれると思う」と西沢さん。

 「でも、そのときは『つらかったら、一緒に悩もう』と言うかな。病気だからといって不幸になるとは限らない。私はつらいこともあったけど、病気があるからこそ、他の人より何倍も『楽しい』と思えることがある。生まれてこなかったら、そう思うこともできない」

 今の時代、障害や難病があるからといって強制的に不妊手術を受けさせるということは、ほぼないだろう。だが、西沢さんは「またいつ逆戻りしてもおかしくない」と危惧する。

 北海道の障害者向けグループホームでは結婚や同棲を望むカップルに対し、不妊処置を事実上の条件にしていたことが2022年に報道で発覚。西沢さんも、これまで暮らしたグループホームでスタッフの差別的言動を目の当たりにしたことがある。

 「強制不妊のようなひどいことが二度と行われないよう、私たちが防波堤になって後世に引き継がなきゃいけない。病気や障害があっても子どもを産むことを諦める必要はない。国はサポートしてほしい」

 ▽声を上げられない人に情報届けて


旧優生保護法で強制不妊手術を受けた人に対する補償金の案内リーフレット(こども家庭庁のサイトより)

 西沢さんは「補償金のことも広く知らせてほしい」と訴えた。実は西沢さん自身も、自分が補償金を受け取れるのかどうかよく分かっておらず、記者に尋ねてきた。

 こども家庭庁は、既に一時金を受け取っている人には補償金のことを個別に通知するよう、都道府県に文書で要請。専用のウェブサイトをつくったほか、都道府県ごとの相談窓口を案内している。希望すれば、無料で弁護士のサポートも受けられる。

 記者が案内のリーフレットを渡すと、西沢さんは「相談窓口に行ってみます」と話した。「でも、私はこうして話ができるからいいけど、被害に気付いていない人や、声を上げられない人がたくさんいると思う。そういう人たちに情報を届けてほしい」。切実な表情でそう語った。

 ▽取材後記
 記者は西沢さんと同世代。1995年は大学4年生だった。30年前といっても当然、社会は現代化されていたし、「つい最近」という感覚だ。自分とほぼ同い年の女性があの時代に子宮を摘出されていたというのは、衝撃だった。
 お金で解決できる問題ではない。それでも、当事者には補償金を受け取って、これからの人生を少しでも幸せに生きてほしい。その権利は間違いなくあるはずだ。

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