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生産激減でバレンタイン直撃?日本の輸入の7割、西アフリカ・ガーナで起きている異変 破壊されたカカオ農地・・・生活の糧を手放す農家の事情と、変わるチョコレートの世界地図

47NEWS / 2025年2月10日 9時0分

畑になったカカオの実=2024年6月、ガーナ西部モセアソ(共同)

 チョコレートの原料となるカカオ豆の世界有数の生産国である西アフリカ・ガーナで異変が起きている。生産が盛んな西部モセアソを訪れると、うっそうと茂る熱帯林を背にショベルカーがうなりを上げて畑を掘り返していた。隣国のコートジボワールに次いで世界シェア2位を誇ってきたガーナだが、ピーク時に比べると生産量はほぼ半減した。農家たちはなぜ生活の糧としてきたカカオの木を手放したのか。


 生産量の減少は世界的な価格上昇をもたらし、2024年の国際価格は2023年の約4倍に高騰。約1万3千キロ離れた日本はカカオ輸入の7割強をガーナに依存してきており、人気チョコ商品の中には1年に2回値上げされたものもある。バレンタイン商戦が本格化する中、長年世界のチョコ市場を支えているガーナで起きた異変の実態を探った。(共同通信ナイロビ支局長 森脇江介)

※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。

 ▽気候変動に病害…でもそれだけではなかった


白い果肉に覆われたカカオの種子=2024年6月、ガーナ西部モセアソ(共同)

 アフリカ西岸で大西洋に面するガーナは人口約3400万人。植民地時代に南米原産で熱帯地方に生育するカカオが持ち込まれ、小規模農家を中心に現金収入を得る一大産業となった。農民たちの間では「カカオの木を植えれば子どもの教育費を賄うことができる」とされた反面、児童労働による栽培もたびたび問題視されてきた。
 ガーナにおける生産減は複数の要因で生じている。気候変動の影響によるとみられる天候不順や病害のまん延に加え、木の高齢化で1本当たりの収穫量が落ちたことも足かせとなってきた。そしてもう一つ、カカオ畑の下に眠る潤沢な希少鉱物が農地の破壊を招いている。

 ▽泥だらけの少年たちが血眼で探すもの


ガーナ西部モセアソ近郊で金を違法採掘する若者。奥はカカオ畑=2024年6月(共同)

 2024年6月、首都アクラから西に車で約400キロの距離にあるモセアソを目指した。海沿いの幹線道路から内陸に入ると、熱帯林の合間に次々とカカオ畑が現れる。時に未舗装路をゆられながら13時間。到着した頃にはあたりは真っ暗になっていた。

 翌日、地元の農家の畑を訪れた。カカオ豆はカカオの木の果実に含まれる種子で、発酵した豆を乾燥させてローストしたものからチョコができる。発酵前の種子を包む白い果肉を口に含むと、チョコとは似ても似つかない熱帯の果物のような甘い味がした。
 ふと顔を見上げると、畑の向こうで泥だらけの若者たちが一心不乱に土を掘り返している。「金を掘っているのさ」。案内してくれた地元農家のマシュー・ヌタさん(68)が教えてくれた。かつて畑だった場所が、採掘で次々に掘り返されているという。別の採掘現場でも重機が稼働し、灰色に濁った水に膝まで漬かった少年が血眼になって鉱石を選別していた。

 ▽謎の中国人男性、横行する違法採掘


ガーナ西部にある金取引業者の店舗=2024年6月(共同)

 ガーナは西アフリカ有数の金鉱脈が広がる地域でもある。採掘には政府の許可が必要だが、インフレや国際情勢の不安定化などを背景に金の価格が高騰する中、違法採掘が横行している。街中には取引業者が軒を連ね、採掘した金の出所を確認することもなく買い取ってくれるという。
 ガーナ政府は長年農民たちからカカオを買い上げて輸出してきたが、買い取り価格に不満を持つ農家は一時でも得られる多額の現金を目当てに相次いで土地を手放した。モセアソで23ヘクタールの農地を所有するアンソニー・アコさん(70)も2016年、家の建築資金のために一部農地の採掘権をどこからともなく現れた中国人男性に10万セディ(約100万円)で売却した。


取材に応じるカカオ農家のアンソニー・アコさん=2024年6月、ガーナ西部モセアソ(中野智明氏撮影・共同)

 男性らは素性を明らかにすることもなく、採掘を終えると穴だらけの農地を放置して去った。中国人が去った現場では製錬に使う水銀で汚染された水が土壌に浸透し「周辺では生産量が10分の1になった」とアコさん。違法採掘業者は摘発から逃れるために警察を買収しているといい、被害を訴えられず「売却を後悔している」と肩を落とす。

 ▽「カカオより金の方がもうかる」


採掘された金(手前)と、天日干しにされているカカオの種子=2024年6月、ガーナ西部モセアソ近郊(共同)

 だが金の採掘に夢中な若い世代は、どこ吹く風だ。「弊害はあるが金の方がもうかる」とジャン・トーマスさん(38)は臆面もない。モセアソ周辺で採掘されたという金約11グラムを業者に持ち込むと、1万セディほどの値が付いた。数人で作業すると運が良ければ1日で見つかる量だが、その報酬は平均的な農家がカカオ豆の生産で1年間に得る額の約3割に相当する大金だ。


ガーナ西部モセアソ近郊のホテルに集まった地元の若者=6月(共同)

 金の採掘で多額の現金を手にした若者を当て込み、町の近くには農村部に不釣り合いなリゾートホテルが建てられた。週末には大音量で音楽を流し、プールで男女がはしゃぎ声を上げている。カクテルを片手に踊る男性は「みんな違法採掘をやっている。カカオ豆の収入だけでは、こんな楽しみ方はできないよ」と笑った。
 農家のアコさんは「若者は学校そっちのけで採掘に熱中している」と嘆く。ただ貧しい境遇から脱しようと泥にまみれる彼らを「怒る気にもなれない」と複雑な胸中をのぞかせた。国家経済を揺るがす事態に直面したガーナ政府は2024年、カカオ豆1袋約65キロの買い取り価格を1・5倍に引き上げた。現在は3千セディほどに設定されているが、早期の供給回復につながるかどうかは見通せない。

 ▽ガーナ離れも?変わるカカオの世界地図


金採掘で荒れ果てた畑。後方はカカオの木々=2024年6月、ガーナ西部モセアソ(共同)

 汚染、破壊された農地を元に戻すには土壌の洗浄などに多額の費用と時間がかかる。カカオの苗を植えても育つまでに4年ほどかかるため、収穫減はすぐには回復しない。日本では国名がチョコの商品ブランドにまでなっているガーナは、世界市場での存在感後退に直面している。


百貨店のバレンタイン催事会場に並ぶスイーツ=2025年1月

 影響は日本のバレンタイン商戦にも及ぶ。記者の知人女性は毎年「自分へのご褒美」で高級チョコを購入するのが楽しみというが、「円安の影響もあって今年は好みの商品を買えるかどうか分からない」と心配そうだった。日本の菓子業界はガーナと緯度が近い東南アジアや南米を念頭に調達先の多様化を模索する。だが新興国での需要増加や国際市場への投機資金の流入もあり、価格高騰が早期に解消されるかどうかは不透明だ。

 取材を終えた帰路の空港で、手元にあった現地通貨をはたいてガーナ産の板チョコを買った。農地の破壊を嘆いていたアコさんの言葉がふと頭をよぎる。「金採掘が横行したそもそもの原因はカカオの価格が低く抑えられてきたことだ」。チョコを気軽に楽しめなくなるとすれば残念だが、先進国の消費者が安価な商品を享受するためにアフリカの農家が払ってきた犠牲が心に重くのしかかる。甘いはずのチョコを口に含むと、少し素朴で、ほろ苦い味がした。
× × ×
 森脇江介 1986年生まれ、鹿児島県出身。10年にわたる大学生活を経て2015年に共同通信入社。秋田支局、千葉支局、社会部、神戸支局を経て2024年3月からナイロビ支局長。チョコレートは苦めのタイプが好き。

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