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10年で懲戒処分12回の美術教師…それでも「私は立たない、歌わない」 日の丸・君が代の今【戦後80年連載・向き合う負の歴史(16)】

47NEWS / 2025年12月23日 10時0分

田中聡史さん=8月、京都市のギャラリー

 田中聡史さん(56)は2000年、東京都立養護学校教員(現・特別支援学校)の図工・美術科で採用された。当時31歳。それ以前は会社員だった。
 現在まで教員として美術を教えているが、実はその間に懲戒処分を合計12回も受けている。理由はいずれも同じ。入学式や卒業式の際、国旗掲揚・国歌斉唱時に起立せず、座っていたためだ。
  「日の丸・君が代」を巡っては、東京都教育委員会が「起立斉唱」を求め、従わない教職員たちを処分し続けている。その数、481件。納得がいかない教職員側は裁判などで争ったが、その結果、教員人生の大半を「被処分者」として過ごすことになった。
 そこまでして不起立を貫く理由は何なのか。それ以前に、今の時代、組織にいながら自分の信念を曲げない生き方は、できるものなのか。田中さんは穏やかで、決して激しく闘争するような人には見えない。話を聞くと、戦前から綿々と続く、個人の自由を圧殺する管理社会の姿が見えてきた。 (共同通信=角南圭祐)


記者会見を開く原告団と弁護団=7月31日

 ▽東京都教育委員会の通達
 はじめに「日の丸・君が代」問題の経緯を整理しておきたい。
日の丸・君が代が国旗・国歌として使われ始めたのは、明治時代から。法的な根拠はなく、慣例だった。戦後の1958年の学習指導要領ではこう定められている。
「国旗を掲揚し、君が代を斉唱させることが望ましい」
 国旗国歌法が成立したのは1999年。当時の野中広務官房長官は法律制定時に「個人に強制しない」との見解を示している。
 状況が大きく変わったのは2003年。石原慎太郎都知事の時代だ。東京都教育委員会は都立学校に通達を出した。発出日にちなみ「10・23通達」と呼ばれる、全国でも厳しい内容だ。次の3点のポイントが含まれていた。
①国旗は式典会場の舞台壇上正面に掲揚
②司会者が『国歌斉唱』と発声し起立を促す
③教職員が職務命令に従わない場合は責任を問われる
 この通達が出されて以降、起立しない教職員が次々と懲戒処分を受け始めた。


国会内の集会でマイクを握る澤藤統一郎弁護士=7月22日

 ▽滅私奉公を強いたシンボル
 実はこの問題で、日本政府は国際労働機関(ILO)・国連教育科学文化機関(ユネスコ)委員会や、国連の自由権規約委員会から、4回も勧告を受けている。理由は、起立して歌わせることの強制が自由権規約18条(思想、良心及び宗教の自由)に違反しているためだ。
 起立を断る教職員の思いを、処分取り消しを求める教職員たちの弁護団長・澤藤統一郎弁護士はこう説明する。
 「日の丸・君が代は、歴史的な負の遺産を背負ったシンボル。滅私奉公を強いた象徴だ。戦後、民主主義国家に変わったのに、国旗国歌は変わらず。それに敬意を払えと教育現場で命令するのか。これは、憲法裁判であり、教育裁判だ」(7月の国会内集会)
 戦時中、日の丸・君が代は軍国主義や植民地主義、皇国史観の象徴でもあった。1945年の敗戦を機に国の仕組みや憲法が変わったのに、シンボルがそのままであることに疑問を抱いてもおかしくはなく、そう考える人たちにとって、強制はたまったものではない。


東京地裁に仲間たちと入廷する田中聡史さん(中央)=2025年7月31日

 ▽「通達は違反」の判決が出たものの
 田中さんが教員になったのは、通達の3年前。通達が出て、従わないと処分される状況を見てきた。
  「多くの教員が、強制はおかしいと戦々恐々としていました。私も不起立まではできず、立つけど歌わないという時期が続きました」
 教育委員会の姿勢に対し、田中さんら教職員たちが求めたのは司法の判断だった。
 そして2006年、「難波判決」と呼ばれる画期的な勝訴を勝ち取る。
 この裁判では、都立学校の教職員401人が東京都と東京都教育委員会を相手に、式で起立斉唱する義務がないことの確認を求めた。
 東京地裁判決(難波孝一裁判長)はこう判断した。
 「教職員の意に反し、懲戒処分してまで起立斉唱させることは憲法が定める思想良心の自由を侵害する行き過ぎた措置だ。職務命令も違法」
 さらにこんな指摘もしている。「強制するのではなく、自然のうちに国民に定着させるのが国旗国歌法の趣旨であり、学習指導要領の理念」
 だがこの判決は、後に東京高裁で取り消された。


裁判の報告集会でスピーチする田中聡史さん=7月、東京都千代田区

 ▽座れなかった日、初めて座った日
 田中さんは悩みを深めた。2007年3月の卒業式の予行演習で、国歌斉唱の際に座ることができず、自己嫌悪に陥った。そして、腹を決める。
 「侵略のシンボルに向かって歌えという命令は、あまりに暴力的だ。次からは、どんなことがあっても座ると決心した。決めてしまうと、誰にどう見られようと自分はそういう人間なんだと、ある意味すっきりした」
 これまで学生運動や市民運動といったものには消極的だった。ただ、いつも差別には敏感でいた。
 「同級生に、在日コリアンや被差別部落出身がいた。植民地支配と差別とは密接に結びついている。天皇を中心とした国という世界観を表す歌・旗は、平和や平等を重んじる教育の理念とは共存できない。起立斉唱は、平和に生きる権利を否定し、民族差別を肯定する行為になる。国の加害の歴史に加担したくない」
 2007年4月の入学式で、初めて座った。やがて、処分を受けることになる。


裁判の報告集会でスピーチする田中さん=7月31日、東京都千代田区

 ▽妨害したわけではないのに…
 難波判決が取り消された結果、処分を受ける教職員が増えていった。
 処分取り消しを求める裁判では、教職員への処分は「戒告は妥当。それ以上重い減給は行き過ぎで、違法」という線引きが定着していく。
 田中さんの場合、しばらくは処分を受けなかったが、2011年の入学式を皮切りに、不起立と被処分が繰り返されてきた。
 田中さんは納得がいかない。
 「式の進行を妨害したわけではない。静かに座っているだけなのに。児童生徒や他の教職員に勧めることもない」
 田中さん以外に座る教員はいないが、それを問題視するわけではない。「他の人が立ったり歌ったりするのをは止めようがない」。考え方は人それぞれだと思っている。
 ここ数年は、式に関わらない小学部2、3年の担当を任され続けている。中学部の美術担当を希望しているが通らず、「式に出席しない学年」を担当する異例の人事が続く。報復だと受け止めている。


東京都教育委員会が入る東京都庁の庁舎=新宿区

 ▽教育委員会の言い分は
 東京都教育委員会はなぜ懲戒を出し続けるのか。取材を申し込むと、東京教育庁指導部、総務部、人事部から4人の職員が1室に集まってくれた。
 ―2003年に10・23通達を出した背景は?
 「指導の結果、2000年度の卒業式で、全ての都立学校で国旗掲揚、国歌斉唱が実施された。しかし国旗が参列者から見えない位置にあったり、教員が起立しなかったり、課題があった。このため通達を出した」
 ―反対意見もあるのでは。
 「さまざまな意見があるのは承知しているが、具体的に1例を挙げることはできない」
 ―懲戒処分を出す根拠は。
 「地方公務員法に基づき、職務命令違反が理由だ。信用失墜行為に当たる」
 ―不起立教員を、式に出なくてよい学年に配置し続けるなどの人事をしているのではないか。
 「校内の配置は校長が決める。私たちから何かを言うことはない」
 ―係争中のものは何件か。
 「地裁、高裁、最高裁をそれぞれ1件と数えると、26件の裁判があり、都側勝訴12件、一部勝訴12件、敗訴2件だ。高裁で係争中のものが1件」
 ―今後も裁判と処分を続けるのか。
 「続けることをわれわれが求めているわけではない。あくまで学習指導要領に基づいて式が適正に実施されることが一番」
 ―内心の自由が侵されている教員がいるのでは。
 「公式にお答えする立場にない。違憲性はないとされていると認識している」


 ▽「児童の内心の自由侵害」
 一方で、沖縄では東京と異なる動きが出ている。
今年9月、沖縄県石垣市議会は、市内の小中学生が「国歌を歌えるか」を調査するよう決議した。しかし異論が続出し、石垣市教育委員会は11月、児童らの内心の自由を侵害する恐れがあるなどとして、調査を実施しない方針を決めた。ただその後、与党議員らが独自に、児童生徒にアンケートを実施していたことが明らかになった。
 日の丸・君が代を押しつける動きと、それにあらがう動きは今も続いている。田中さんは、教育現場の規律の厳しさを憂う。
 「軍隊を動かすように教員を、学校を動かそうとしている。従順を美徳とする感性はおかしい」


「コンニャクの飾り切り」をモチーフにした木の作品と田中聡史さん=8月、京都市のギャラリー

 ▽「胸を張って生きている」
 入学式や卒業式で国歌斉唱時に起立しなかった教職員に対し、東京都教育委員会が出した減給や戒告の処分は、延べ481件に上る。
 「良心に従って生きていたい」という教職員たちの信念は、職務命令との板挟みとなっている。そのストレスは、どれほどのものだろうか。
 今年の夏休み。田中さんは地元の京都市で、趣味の造形の合同展覧会を開いた。私がギャラリーに足を運ぶと、展示されていたのは「コンニャクの飾り切り」をモチーフにした木の作品。意表を突かれた。
 田中さんは笑って言う。「社会的な意味のあるものを作りたいとは思うんですが…」
 作品を前に、ずっと聞きたかった質問をした。「つらくないですか」
 すると穏やかな表情で答えてくれた。「裁判をやっている仲間や弁護団がいるので、そこまでストレスや重荷はない。むしろ裁判をやっていることで、堂々と胸を張って生きていられる」

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