「虐待を通報したら、クビにされました」障害者施設スタッフの告発の行方は…裁判で逆転「大勝利」 似たような目に遭ったほかの人たちはどうなった?
47NEWS / 2026年2月14日 10時30分
東京都内に住む栗田良美さん(仮名)は2019年、障害者の作業所で支援員として働き始めた。ほどなくして、他の職員たちが利用者に暴力を振るったり暴言を浴びせたりするのを見聞きした。
虐待していたのは一般の職員だけではない。運営主体の社会福祉法人の男性役員(当時)は、知的障害のある男性利用者たちが言うことを聞かないと「いいかげんにしろよ」などと言い、股間をつかむ行為を繰り返していた。
「法人の幹部たちに何度も虐待を伝えましたが、見て見ぬふりでした」
市役所にも通報したが、担当職員は受け付けてくれない。それどころか、栗田さんが通報したことを法人に伝えていたとみられる。
思いあまった栗田さんは、ある利用者が顔にけがをした写真を他の利用者の家族に見せ、「虐待が起きている」と伝えた。すると、この社会福祉法人は栗田さんを懲戒解雇した。「利用者の顔写真を無断で見せたことはプライバシー侵害に当たる」という理由だった。
このような目に遭っているのは栗田さんだけではない。障害者への虐待を行政に通報した施設職員が懲戒処分を受けたり、会社から損害賠償を求められたりするケースがここ数年、相次いでいる。彼ら彼女らの「告発」の行方はどうなったのだろうか。(共同通信=市川亨)
社会福祉法人「ときわ会」が本部を置く「あさやけ作業所」=2023年9月、東京都小平市
▽和解で480万円を勝ち取った
懲戒解雇された栗田さんは、雇用主だった東京都小平市の社会福祉法人「ときわ会」を相手に2024年、裁判を起こした。東京地裁立川支部で「解雇処分は無効だ」と訴え、こう主張した。
「解雇は虐待通報への報復で、公益通報者保護法に違反する」
一方、法人はこう反論した。
「(栗田さんが)行政に虐待を通報したかどうかは知る立場にない。解雇は通報とは無関係だ」
訴訟はその後、裁判所の提案を双方が受け入れて和解する。
主な内容は次の2点。
①栗田さんの解雇を撤回する
②ときわ会は栗田さんに解決金480万円を支払う
栗田さんは「実質的な勝訴」と評価した。
「解雇は間違いだったと認めた形で、大勝利だと思っています。ときわ会は施設を利用者が安心できる場所にしてほしい」
栗田良美さん(仮名)が裁判を闘った東京地裁立川支部=2023年11月、東京都立川市
入職から約6年間闘ってきた栗田さんにとって、ここまで簡単な道のりではなかった。仕事を失ったため経済的に苦しくなり、裁判費用の支払いを猶予してもらえる公的な制度を利用。何とかやりくりしながら証拠集めをした。精神的にも大きな負担を強いられた。
虐待については、小平市など関係4市が2022年から23年にかけて、職員約10人による加害を認定した。さらに、ときわ会は障害福祉の公的な報酬を約2千万円過大に受け取っていたとして、東京都から是正指導も受けた。
ときわ会は取材に「和解についてはコメントできない」と答えた。
大兼政友介さん。裁判終了後、ホームページを立ち上げ、同じような立場になった人の相談に乗っている=2025年12月
▽減給は無効に、名誉毀損も認められたが…
裁判で主張が一定認められても、金銭的にはマイナスになってしまった人もいる。
茨城県つくばみらい市の障害者グループホームで働いていた大兼政(おおかねまさ)友介さん(47)。2021年、精神障害のある女性利用者に対する男性職員の性的虐待を行政に通報した。
通報を受け、茨城県は虐待と認定。しかし、大兼政さんは雇用主の社会福祉法人「ゆっこら」(同県龍ケ崎市)とトラブルに。「遅刻を隠した」などの理由で減給処分を受け、退職した。
大兼政さんも2023年、法人を相手に減給処分の無効確認や損害賠償を求めて提訴した。控訴審まで争った結果、東京高裁は25年7月、減給処分を無効と認め、法人に慰謝料など8万円の支払いを命じる判決を出した。判決はその後、確定している。
確定判決では、当時の法人理事長が大兼政さんにこんな発言をしていたことが認定された。
「通報義務だけを錦の御旗にして、あちこちに電話をかけまくっている。守秘義務違反で、問題をさらけ出している」
この発言について、判決は守秘義務違反を否定。名誉毀損に当たると認定した。一方で、「減給処分は通報の報復だ」という大兼政さんの主張は認められなかった。
大兼政さんによると、裁判には約150万円かかったという。
「裁判で闘うには、精神的にも時間的にもすごくエネルギーを使った。これでは『口をつぐんだほうがいい』となってしまい、虐待の被害者が守られなくなってしまう。行政はもっと厳しく対応してほしい」
社会福祉法人側は取材にこう答えた。「元職員(大兼政さん)には遅刻のごまかし以外にもいろいろな問題行動があった。裁判ではこちらの主張の多くが認められたと考えている」
働いていた障害者施設を解雇された朝倉隆介さん=2025年12月、大阪府
▽「大変な目に遭ったが、後悔はしていない」
現在、裁判が続いている人もいる。大阪府堺市の重症心身障害者(児)支援センター「ベルデさかい」で働いていた朝倉隆介さん(50)ら看護師3人だ。
センターは市立施設。ただ、運営しているのは指定管理(委託)を受けた広島市の社会福祉法人「三篠(みささ)会」だ。
3人は2019年、職員による入所者への虐待を市に通報。堺市は複数の虐待を認定した上、背景にはこの施設の「風土」があると指摘した。
その後、3人は別の問題についても内部告発した。すると、三篠会は3人に4~6カ月間の自宅待機を命じた後、朝倉さんを解雇。残り2人の女性看護師を配置転換した。
3人は2024年、「解雇や配置転換は通報への報復だ」として、三篠会に地位の確認や慰謝料などを求める訴訟を大阪地裁に起こした。
三篠会側はこう反論している。「(解雇などは)通報とは一切関係なく、業務の円滑な運営を阻害したり、不適切な発言があったりしたためだ」。取材には「係争中のためコメントは控える」と答えた。
朝倉さんたちはこう話す。
「虐待を上司に報告したが、取り合ってもらえなかった。見て見ぬふりはできないと思って通報した。大変な目に遭ったが、後悔はしていません」
日本リメイクから損害賠償請求の訴訟を起こされた元取締役の青木智義さん=2025年9月、埼玉県熊谷市
▽「公益通報」で県が行政指導したが…
勤務していた会社から損害賠償を求められたのは、埼玉県の青木智義さん(51)だ。社会福祉士の青木さんは2024年、障害者グループホームを10カ所以上運営する「日本リメイク」(さいたま市)という会社に取締役として転職した。
青木さんによると、しばらくして、ホーム入居者から食費などを過大徴収していることや、公的な報酬の不正請求に気付いたが、その対応を巡り会社側と衝突。24年末、退職前に埼玉県へ「公益通報」として内部告発した。
埼玉県は翌25年、調査に入り①過大徴収分を入居者に返還すること②人員配置が基準を満たしていないのに受け取った加算報酬を市町村に返還すること―などを会社に指導している。
会社側は青木さんが会計資料を無断で持ち出したほか、従業員に退職を促したと主張。事業を計画通り進められなくなって損害を受けたとして25年4月、約4130万円の賠償を求める訴訟をさいたま地裁に起こした。裁判は今も続いている。
日本リメイクが運営する障害者向けグループホームの一つ=2025年9月、埼玉県熊谷市
▽「声を上げた人が守られるようにして」
公益通報者保護法にはこんな条文がある。
「通報で損害を受けたことを理由に、通報者に賠償を請求することはできない」
この点について、会社側は裁判でこう主張している。
「公益通報の形式を利用して会社に損害を与えるのが目的のため、公益通報に該当しない」
取材にはこう回答した。
「正当な通報に対する報復や萎縮効果は生じるべきでないと考えます」
一方、青木さんは「公益通報に対する報復だ」と反論。裁判にかかる弁護士費用約700万円の支払いを求めて会社を反訴している。
青木さんは取材にこう話した。
「現在の法律では報復訴訟に対する罰則がなく、通報するリスクが大きすぎる。『こんなことなら、通報しなければよかった』と思ってしまう。不正に対し声を上げた人が守られるようにしてほしい」
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